「……つーか、俺は玉紀っちに言いたいことがあって来たんだべ。」
「へえ。ただ世間話しに来たってんなら殴り飛ばそうと思ってた」
 思い出したように葉隠は假谷に切り出した。假谷がチクリと刺しても、じゃあ絶対に痛い思いせんですむべ! と、自信満々に話を続けた。
 葉隠は現在、彼の同期生や学園長と希望ヶ峰学園内で生活をしていること。
 未来に希望を繋ぐため、彼らと危険な状態にある外部とを完全に隔離させる“シェルター化計画”が間もなく実行されること。
 そして――
「ということで……玉紀っちもアテがないなら、シェルターに入らん?」
 葉隠は、假谷をそこに引き込もうと来たのだった。


 普通の人間だったら、即行で飛びつくだろうか。喜んで、彼に感謝するだろうか。
 葉隠を信頼してないわけではないが、そう都合よく事が運ぶのだろうか。
 ……假谷は何となくだが、これも含めて、葉隠が自分の理想通りになると決めつけて来たような気がしてならなかった。
「……そんなことの為に、ここに来ちゃったの」
「すげー大切な話だべ! 俺だけシェルターに入ったら、この先オメーと会えるかもマジでわからねーんだぞ!!」
「葉隠。今日、学園の外に出るって誰かに言ってきた?」
「はっ? 小さな子供じゃあるまいし、特に言ってねーべ」

 やや間を持って假谷が返すと葉隠は声を荒らげたが、気に留めない。
 次いで尋ねた質問の答えを聞くと、假谷はおもむろに立ち上がった。壁に飾られた自分のコレクションのうちの一つを取り外して、葉隠の前へと差し出す。
「……うん。この新入りチャンあげっから。自衛してお戻り」
「はああ!? 一緒に来ねーのか、玉紀っち!?」
「うん。だからこれを私と思って」
「そんなおもちゃなんていらねーべ! あれか、忘れ形見にしろってか!?」
「や、それがオモチャじゃないんだなーモノホンなんだなー」
「ふざけてる場合じゃねーべ! ウソついて体良く追い払うつもりだろうが騙されねーぞ!」

 葉隠に勢い良く叩かれたローテーブルが、湯呑みや假谷の渡したものでゴトゴトと音を立てる。それらを抑えながら、彼女は言い聞かせるように話し掛けた。
「まあ聞け。これはM360J、通称SAKURAだぞ? まだほとんど出回ってない最新の、日本警察特注・制式拳銃だぞ? そんな実物を……拝めるなんて、スーパーラッキーなんだぞ!? それを私が……この私が、手に入れて間もないのに、くれてやるって言ってるんだ!! わかるだろ!!」

 最初と最後の語気は、まるで正反対。みるみる豹変していく假谷の姿に、怒っていたはずの葉隠は呆気にとられていた。
 假谷と目の前に置かれた拳銃、自分を睨む顔とマットブラックの銃身に視線を行ったり来たり。二往復もすれば、彼女の発言が嘘ではないのだと直感的にわかってしまう。
「え、…………マジで、マジなんか……?」
「昨日、アスファルトと熱いハグをしてたポリ公のを拝借してきたから、間違いないわな!」
「へんじがないのをいい事にくすねて来たんか……!」
 假谷が堂々と言い放つと、葉隠は思わず右手指を口にやっていた。假谷の趣味が高じた行いに、おののくしかなかった。


 假谷はガンマニアだった。拳銃を中心とした銃器のレプリカを蒐集し、部屋の壁一面に飾ることを何よりの喜びとする女だった。
 普通の日本であれば、実銃を触れる機会など無いに等しい。彼女にとっては、この状況はある意味またとない機会でもあったのだ。
 実銃と知った葉隠は、こわごわといった様子で目の前のそれを人差し指で突付いた。おもちゃと決め込んでいた時とは違い、人を殺せる武器なのだと思うと、にわかに重厚感を帯びたものに見えてくるのだから人間の目とは現金なものだった。

「や、でも、そしたらオメーは丸腰じゃ……」
「サバゲーも出来ないトーシローに使いやすい最新式を譲るだけだし。私は別にイイコ持ってるから」
「……んん?」
「このコレクション数よ? モデルガンとエアガンしか無いと思ったら大間違いよ? マニア舐めんなァ!」
 假谷はまったく問題ないという様子を崩さなかった。つまり、実銃は葉隠に渡したものだけではないと言うのだ。

 自慢気に胸を反らすその姿に、葉隠は呆れ半分にごちる。
「おいおい……平和だったら銃刀法違反じゃねーか」
「んー……お互い、危ない橋を渡って生きてきたようだなあ? 葉隠の場合は……恐喝だったかなー?」
「ぐ……この話題はここまでにするべ……」
 假谷が意味ありげに視線を投げると、葉隠はあっさりと白旗を上げた。平和だった頃なら、葉隠のほうが“追われるようなこと”をしていた自覚はあるのだった。



「それでは、サバゲー同好会でホーク・アイと謳われていた私が、心得を伝授してやる」
「大層な通称持ってたんだな……って、完全に俺に持たせるつもりなんか」
 假谷は揚々と葉隠に語り始めた。ご多分に漏れず、彼女もまた趣味の話題で饒舌になる一人だった。
「基本的にはお守り扱いでいい。ただ、有事には躊躇わず使う心構えをしておくこと。もし撃って、当たらなくても慌てない。それより次の動きが重要だ。……葉隠ならどうする?」
「へ? …………俺だったら、全力で逃げるくらいしか」
「そう。今回の目的は無事で拠点に戻ることなんだから、それでいい。敢えてあさっての方向に撃って、連中の注意を発砲先に向けさせて動くのも面白いかもしれない」


「つーか、教わるより一緒に行ったほうが早いべ……そんでシェルターに――」
「無理な話を言うのは、やめだ。……葉隠こそ、本当は分かっているんだろう?」
 假谷は言葉を遮った。嬉々として銃器について話していた顔から目つきを変えて、真っ直ぐに葉隠の目を見つめる。
 生徒以外がシェルターに入ることを許されたら、他の生徒らも誰かしら連れて来たがるだろう。葉隠のように外に出れば、人探し以前に命を落とす危険もある。無事に連れ戻ったとしても、人数が増えれば計画への影響は必至。假谷が行ってすぐにシェルター化させてしまえばそのリスクは最小限だが、誰かを連れて避難していと思っていた生徒が例外を認められた人間に不満を抱きかねない。
 葉隠が懸念事項をわかった上で来ていると、假谷は感付いていた。他の生徒たちに黙ってここに来ていることが、何よりの証明だった。

「……無茶でも何でも、俺は玉紀っちを連れ出したいべ! これが最後のチャンスなんだ……!」
 気圧されたように見えた葉隠だったが、素直に黙りはしなかった。
 必死の思いでここまで来たからには、假谷に言われたとて簡単には食い下がらない。彼女の両肩を掴んで揺すり、最初に部屋のドアを叩いて叫んでいたように、絞るような声で訴えた。
 假谷は、葉隠が危険を冒してまで来た理由をもう一度考えていた。……勘のいい彼女より優る、先を見通してしまう力が、彼にはあった。

「……何か、見えたのか?」
「ああ、見えたべ。占ったべ。完全に外と隔離させるって聞いたその後、すぐさまな! いいか玉紀っち、ここで別れたら俺らは二度と出会えない。すれ違っても、気付かず終わっちまうんだ。」
 葉隠曰く、彼の占いは3割の確率で当たる。超高校級と称されるほどの占い師でも、当たらない確率のほうが高い。
 普通に考えれば、近付いたら必ずどちらかが気付いて声を掛ける。葉隠の見たようにはなるはずがなかった。
 それでも、過去にどんな荒唐無稽な内容でも当ててきた事実と、この占い結果が当たってほしくない気持ちが、葉隠をここまでさせていた。


 だが、葉隠が何を言おうと假谷は否定するしかなかった。
「それはないでしょ。葉隠みたいな幅取る髪してたら、どうしたって目が行く。私が葉隠を呼ぶよ。それとも未来の葉隠はイメチェンしてたか?」
「いんや……。もう……アレだ、こうなったら意地でもこの髪型貫くべ」
 物分りの良い大人のように振る舞って、時に茶化して、葉隠の行動も意向も拒みきる。酷いことをしていると、假谷も自覚していた。

 假谷の肩を掴んでいた葉隠の両手が、ずるずると落ちていった。
 説得を諦めるしかないと悟ったか、葉隠は言葉を止めてうつむいた。小さく聞こえた溜め息に、假谷の胸が詰まる。
「…………こんな惨状でも、いつかは沈静化する。そしたらシェルターから出てきて、またここに来ればいい。再会記念に祝い酒でも酌み交わそう」
 葉隠は答えない。
 本心では強引に引っ張ってでも一緒に行きたいのだろうが、それを実際に行えば危険を増やすことになる。
 消化しきれない気持ちに折り合いをつけるには、時間も余裕も足りなかった。


「……一人で帰すようなことをして、ごめんな。」
「この期に及んで片道警護してくれとは、さすがに言えんべ」
「優しいね」
「守りたかった奴を盾にはできねーって」
「……ありがとう」
 假谷は葉隠の頭に手を伸ばした。てっぺんにポンポンと触れて、撫でる。
 何度触っても慣れない、ごわつく手触りに何ともいえない顔になると、ちょうど葉隠が目を合わせた。
 互いに苦笑をこぼして、天を仰ぐ。点かない電灯が二人を見ていた。

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