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リーザスの女神(上)

 
あらすじ:
 
 トロデーンの近衛兵だったユリアスは、故国といってもよいトロデーンを滅ぼしたドルマゲスを討つため、旅立つ。ドルマゲスの魔力で姿を変えられたトロデ王とミーティアを連れて、トラペッタの街に向かう途中、ひょんなことから、山賊のヤンガスと仲間になる。トラペッタに住む、師匠・ライラスを尋ねるつもりだったユリアスだが、同じ街の占い師・ルイロネの占いで、ライラスがドルマゲスに殺されたことを知る。そして、ドルマゲスがリーザス地方に向かったことも。故国と恩師。ユリアスは二重の敵となったドルマゲスへの義憤を胸に、リーザス村へ向かう。
 
 
 
 
 
「こ…これは…」
 トロデの驚愕も無理はなかった。ここは、トラペッタ東南の関所…のはずであったが、関所の門は瓦礫の山と化していた。この関所は、川を渡す石橋の渡り口に建てられたもので、門を破壊された今、石橋の通行を妨げるものは何もなく、橋の下を流れる川の水音が、それをあざ笑うかのように響いていた。
「こ…これをやったのはドルマゲスか…? 何という強大な力じゃ…。わしらはこんな力を持った奴を……い…いや…弱気になってはならん!」
 トロデの怯えも無理はなかった。
(関所の番兵がいない…死体がないところを見ると…殺されて橋の上から…)
 ユリアスは橋の下を流れる川へと目を向ける。番兵たちがいないのは、ドルマゲスに殺されたからでなく、逃げ出したからだと、彼はそう思いたかった。
「ドルマゲスの野郎、関所破りたぁえげつないことしやがる…兄貴! アッシは今確信したでガス!」
 ヤンガスが声を張り上げる。この重苦しい空気をふっとばそうとしているようだ。
「兄貴の敵はアッシの敵でガス!!」
 
 
 
 関所から向こう側は一本道だった。そのまま時間もたつのを忘れて進んでいくと、左手に木の塀で囲まれた小さな村が見えた。
「ほう、ここはリーザス村じゃな…」
(リーザス…)
 ユリアスの中で、なぜか不思議な響きのする名だった。
(ここは、あの関所から一直線上にある場所だ。ひょっとしたら…)
 ユリアス達は、リーザス村に立ち寄ることにした。関所から一直線上にあるこの村の付近を、ドルマゲスが通過した可能性が高いからだ。
 
 
 
 リーザス村は、トラペッタとは対照的な、静かで穏やかな雰囲気を感じさせる村だった。ユリアスとヤンガスは、そう感じながら村の門をくぐった。するとどうだろう。向かいから、小さな二人の子供が走ってくる。一人はツノのカブトをかぶった、腕白そうな男の子だったが、もう一人は、なぜかナベを頭にかぶっている、少しとぼけた顔をしている男の子だ。二人とも手に何か持っている。カブトの子は短い木刀だったが、ナベの子の持っている棒切れは、どうみても調理用の延べ棒だった。
「やい、おまえら! こんなときにこの村にくるなんて、さてはどろぼうのなかまだな! サーベルト兄ちゃんのカタキだ! カクゴしろ!!」
 カブトの坊やがまくしたてるようにしゃべってくる。
(・・・何だ? 一体?)
 ユリアスは、別段表情を崩さなかった。カブトの坊やは、「敵」の無表情にムッとした表情を見せる。
「いざ! じんじょうにしょうぶ!!」
 カブトの坊やは木刀を上段に構えてユリアスに突進し、思い切りよく振り下ろした。
 
 ブン
 
 木刀はユリアスに当たるかのように見えた。しかし、カブトの坊やの手元には、木刀が手応えなく空を切る感触しか伝わってこなかった。ユリアスが最小限度の動作で紙一重の間でかわしたからだ。
「ワワワ・・・」
 カブトの坊やは空振った勢いで、転んだ・・・様に見えたが、いつの間にかユリアスがカブトの坊やを左手で支えていた。
「木刀とはいえ、やたらと人に向けるんじゃない」
 兵士という職業柄、剣の怖さを身にしみて知っているユリアスである。カブトの坊やの暴挙を、少し厳しい口調で諭した。
「う…うるさい! どろぼーがえらそーなこと…」
「こりゃ! お前たち!!」
 それは、老婆の怒鳴り声だった。カブトの坊やもナベの坊やも、あからさまにびくっとする。
 
 ポカ!ポカ!
 
 ツノとナベの順に老婆はげんこつをお見舞いする。
「いてぇ!」
「ふぇーん!」
 ツノの坊やは痛がっただけだが、ナベの坊やは泣き出してしまった。
「このおっちょこちょいどもが! 早とちりするんじゃないよ! このお方たちは旅の方だよ! 失礼をするんじゃないよ! ほれ、ポルク、マルク! ゼシカお嬢様の言いつけはどうしたんだい?」
「あ! いけね! マルク! はやくもどるぞ!」
「あいー」
 どうやら、ツノカブトの坊やがポルク、ナベの坊やがマルクという名のようだ。二人はどこかに走り去っていった。
「すいませんのう、旅の方」
 老婆はゆったりとした口調でユリアスとヤンガスに謝罪する。
「小さい子供がしたことでげすから、気にしなくていいでガスよ、ばぁちゃん」
 ヤンガスが気さくに受け答えする。
「あの、お婆さん。僕達、あの子達に盗賊と思われたようなのですが・・この村、盗賊に入られたのですか?」
 ユリアスは老婆に尋ねる。
「・・・いや、そういうわけではないのですがのう・・・」
 この老婆から、リーザス村のことを聞けた。この村は、アルバート家という代々不思議な力を持つ名族が住む村で、この村の人々は、アルバート家の人間を慕って移り住んだ人たちの子孫だという。3年前、アルバート家の当主だったランドールが病死し、まだ16歳だった長男・サーベルトが跡を継いでいたが、先日、村の東にあるリーザス像の塔で何者かに殺されたのだという。村の人々は悲しみにくれ、サーベルトを殺した犯人を憎んでいる。先程ポルクとマルクという子供がユリアスにいきなり殴りかかったのも、その犯人と勘違いしたからのようだ。
 
 
 
「あ、ばあさん」
 老婆を見て、少し小太りの中年の女と、若いシスターが近づいてきた。
「見かけない人連れてるけど、旅の人に村の道案内かい?」
「まぁ、そんなところじゃのう」
 おばさんとシスターはユリアスとヤンガスのほうを見る。ユリアスは一礼する。
「この村にご不幸があったようで…」
「そうなんだよ、もう世も末だよ。サーベルト坊ちゃんが殺されちまうなんて」
 おばさんは、もうたまらないといった感じで話をはじめる。
「サーベルト坊ちゃんは家柄とかで威張ったりせず、誰にでも優しい子だったんだよ。村に戦う力のある男がいないから、自分から進んで用心棒になってこの村を守ってくれてたんだよ」
 すると、今度はシスターが口を開く。
「私は、残されたお母様のアローザ様と、妹のゼシカお嬢様がお気の毒でなりませんわ…。お二人ともお屋敷でふさぎこんでしまわれて…。特にゼシカお嬢様はショックでしょう。サーベルト様にとてもなついておられましたから…」
 二人とも、サーベルトの死を心底悲しんでいることは、ユリアスもヤンガスも痛いほど感じ取れた。殺されたサーベルトが、村の人間からどれ程慕われていたかがわかる。
「しかし、そのサーベルトさんを殺した者は、誰もわからないのですか?」
「はい…ただ、サーベルト様は並外れた剣の使い手で、魔法の力もお持ちでした。そのサーベルト様を殺すなど、並の人間にできることではないのですが…」
「お屋敷に行けば、何かわかるかもしれないよ」
「お屋敷?」
「ほら、あの小高い岡の上の・・・」
 おばさんが指す先に、この村で一番立派な建物があった。
「あれがアルバート家のお屋敷だよ」
 
 
 
 ユリアスはシスター達に礼を言うと、小高い丘の上の屋敷・アルバート家へと向かう。
「兄貴、何でまたあの屋敷に?」
「まだ僕の推測の域を出ないことだけど、ひょっとしたら…」
「ね、ねぇ、あなた方、アルバート家に用があるのですか?」
突然、若い男が話を中断するタイミングで、ユリアス達に話しかけてきた。
「はい、そうですけど…」
「よかった。では屋敷の中の様子を見てきてもらえませんか?」
「?」
「今、ゼシカお嬢様のフィアンセと名乗る、いかにもスケベそうな男が屋敷の中へ入っていったんです。信じられない、あんな奴がお嬢様のフィアンセなんて…あなた方にその男がお嬢様に変なマネをしないか確かめてきて欲しいんです!」
 なんとも情けない頼み事だとヤンガスは思い、それを表情に出していた。ユリアスは、あなたの話はわかりました ― とだけ言った。
 
 
 
「当家に何か御用ですか?」
 屋敷の玄関で二人は番兵に質問された。どうやら特別な用がない人間を拒んでいる様子だ。
「僕はトラペッタのマスターライラスの弟子でユリアスと申す者です。此度、アルバート家のサーベルトさんが殺されたことについて、お話を伺いたいのですが…」
 番兵は困惑気味の顔をして、何か言おうとした。このとき、屋敷のメイドが一人、近くにいた。ユリアスより少し年上くらいに見える娘だったが、このメイドが、ユリアスが自分をマスターライラスの弟子と名乗ったのを聞くと、何かびっくりしたような顔をした。
(え? あのマスターライラスのお弟子さん?)
 メイドは、ユリアスに何か言おうとした番兵の袖をひいて、よしなさいと合図する。番兵がメイドに怪訝そうな表情を見せるが、メイドはそれにはかまわず、ユリアスに頭を下げた。
「トラペッタのライラス老師の門下の方ですね。失礼を致しました」
 突然現れた若いメイドに、いきなり頭を下げられて、ユリアスは内心当惑した。彼は、自分がこの大陸で名を知られているライラスの弟子だという事実を伝えれば、怪しまれることはないという程度に思って、そう名乗ったのだが。
「主に貴方の用件をお伝えいたしますので、しばらくお待ちいただけませんでしょうか?」
「わかりました」
 メイドは、玄関正面の階段を上っていった。しばらく待っていると、メイドが戻ってきた。
「お待たせしました。主がお客様との面会に応じます。こちらへどうぞ」
 メイドの案内で、二人は屋敷の奥へと入っていく。屋敷内は、無駄な装飾がなく、品のよい造りになっている。二階へと登り、奥の広間へ通される。ヤンガスは、こういう品のよい雰囲気が苦手なのか、妙にそわそわしていた。広間の奥のテーブル席に、一人の貴婦人が座っていた。亜麻色の髪を後頭部でまとめて結い、両耳に青いイヤリングをつけている、品のある女性である。目元に厳しさを漂わせるこの貴婦人が、この屋敷の主のようだ。
「奥様、お客様をお連れしました」
 メイドが女主人に告げると、この女人はメイドの労をわずかな言葉でねぎらい、立ち上がり、二人のほうへ寄ってきた。
「お話は伺っております。私はアローザ。今のこの屋敷の主です」
 顔つきと同様に、口調にも品があるが、凛としたものがある。ヤンガスにはどうも苦手そうな人だった。その彼女がユリアスの顔を見たとき、何かに驚いたように、わずかだが表情を崩した。ユリアスは、あえてそれに気づかなかったようにふるまい、バンダナを外して礼をする。
「ご不幸がある最中にお邪魔する無礼を、まずはお許し下さい」
 一言謝したあと、ユリアスは自分の名を名乗り、同行しているヤンガスの紹介もする。その口調に澱みはなく、礼儀作法もそつがなく、相当に洗練されている。わずかの時間の中で、アローザは、目の前の幼顔の少年から、それらを感じ取り、ユリアスの礼儀をわきまえた物腰に、少し感心した。アローザは二人にいすに座るように勧め、二人が腰掛けると、自分も座った。
「かの高名なライラス老師のお弟子さんとのことでしたが…」
 アローザは話を切り出した。
「私の息子、サーベルトを殺した者について知りたいとのことですが、これはアルバート家とリーザス村の問題です」
 要するに、関わりは無用ということである。アローザにとっては、息子の死に関することを口にすることも苦痛なのだろう。彼女の目には憔悴の色が見える。ユリアスはそれを感じ取っていた。
「確かにおっしゃる通りではあります。しかし、その件は僕たちにも深く関わることかもしれないのです」
 ユリアスは自分たちの事情を説明する。
「実は僕の師・ライラスは先日、ある男に殺されました」
「!? …まさか…あのライラス老師に限って…」
 今まで、落ち着いた口調を崩さなかったアローザが、それを崩した。アローザの言葉から察すると、直接の面識があるのかはわからないが、少なくともライラスに敬意は持っている様子が伺えた。それゆえに、そのライラスの弟子である自分との面談に応じてくれたのかとユリアスは思った。
「僕は師の敵であるその男を追跡しているのです。その男は老師を殺害した後、トラペッタ・リーザス間の関所を破ってこの辺りを通ったと思うのですが、足取りがつかめません。関所から直線上にあるこの村で、何か手がかりが得られないかと立ち寄ったのですが、ここで、サーベルトさんが殺害されたことを知りました」
「ユリアスさん、つまりあなたはライラス老師とサーベルトを殺害した犯人は同一人物かもしれないとおっしゃりたいのですね」
「確証はありませんが…」
「…そういうことでしたか…。ですが、どちらにしろ、お力添えはできそうにありません。サーベルトは東の塔の頂上で…誰も犯人を見ていないのです…。我が家の者達がサーベルトの帰りが遅いことを案じて東の塔に行ったときには…」
 最初はユリアスと目を合わせて話していたアローザは、自分の息子の死を語るときには、うつむいてしまっていた。声もわずかだが、涙声になっている。
「娘のゼシカはサーベルトの敵を討つといって聞かず、私が反対すると、あの子は自分の部屋に閉じこもってしまい、入り口に村の子供を見張りにつけてしまう始末。どういうつもりなのか…」
 この辺りから、アローザの話は、ユリアスの問いに対する返答から、何か心の中に溜まったことを吐露しているような感じになっていく。この貴婦人には似合わない気がするが、流石に20歳にも満たない自分の息子に先立たれたことは、あまりにも悲惨な現実なのだろう。残った娘のゼシカの不可解な行動に対する不満や、死んだ自分の息子のことを涙声で語る姿は、ユリアスにはあまりに痛々しかった。なぜ、今会ったばかりの自分に、ここまで心の中を語るのかと不思議に思わぬではなかったが。
「御辛い事をお聞きして申し訳ありませんでした。では僕たちはこれで・・・」
 いたたまれなくなったユリアスは、これ以上この場にいてはいけない気がして、この場を辞することにする。アローザに一言告げて一礼すると、アローザもそれに応える。そして、会談中、一言も発しなかったヤンガスと共にその席を後にする。
「兄貴、アッシはいたたまれないでガスよ・・・あのお袋さん、かわいそうでげすよ・・・」
「うん・・・」
 二人とも、胸にやりきれない思いを生じさせていた。
 
 
 
「あれれ〜キミたちはどこのヒトー?」
 この重苦しい空気の屋敷内で、まったく場違いな軽い声が二人の耳に届いた。その男は、派手な貴族風の衣装を身に着けている。眉も目も垂れ下がり、男だというのにおかっぱのヘアースタイルをした、一目見ただけで軽薄さを十分に感じさせる男だった。ヤンガスはあからさまにこの男に対する軽蔑を表情に出したが、男はそれに気付いた様子もない。
「あなたは?」
 ユリアスも、この男に対する軽蔑は持ったが、それは心のうちに抑え、口調と表情は普段どおりで応対する。
「ボクか〜い? ボクはさる大国の大臣の息子にしてゼシカのフィア〜ンセであるかの有名なラグザットさぁ〜」
 自惚れがたっぷり詰まったラグザットと名乗る男の自己紹介に対するユリアスの反応は、無言と無表情だった。
「今日は兄を殺されたゼシカを慰めようとはるばる来たんだけどー」
(さっさと立ち去れよ…)
「ゼシカは口どころか目も合わせてくれず、部屋に閉じこもってしまったんだよー。おまけに部屋の入り口に立ってる子供たちに邪魔される始末さー」
 全く周りの人への配慮がかけらもない、無神経な男である。家族を失って悲しむ人がいる場で、こんな態度をとるとは。ユリアスは、この男の声を聞いているだけで不愉快だった。ただ、先程のアローザの話と、この軽薄者の話が、一致する点が一つだけあることに気付いたユリアスは、一言だけ尋ねた。
「子供たち?」
「ほーら、あそこさぁー」
 軽薄男の指す方向に、部屋のドアの前に立つ二人の男の子の姿を見た。
「あの子達は…」
 ツノのカブトとナベの子供たち。見間違うハズがなかった。ユリアスは子供たちの方に歩いていく。子供たちもユリアスの姿を見つける。
「あ! おまえは!」
 反応したのはツノカブトの男の子・ポルクのほうだった。
「君たち、この屋敷の子供だったの?」
「それ、ちがうぞー」
 今度の反応は、ナベボウヤ・マルクだった。
「そうか、でもこの屋敷の子じゃないのに、なぜここにいるの?」
「オレたちは、ゼシカねえちゃんのいいつけでここにたってるだけだい!」
「一体どんな悪戯したんだい? ドアの前で立たされるなんて」
「ば、バカにするなおまえ! いたずらしたからじゃないやい! ゼシカねえちゃんがだれにもあいたくないから、わたしのへやにだれもいれないでっていうから…」
 しかし、ユリアスはムキになってわめくポルクを見ていなかった。部屋のドアを見ていた。
「お、おまえ、ねえちゃんのへやにはいってくきか? ゆるさないからな、そんなの!」
「この部屋、誰もいないよ」
「へ?」
 ユリアスの全く予測していなかった返答に、思わず奇声をあげてしまうポルク。
「おまえ、おれたちをばかにしてんのか!? ねえちゃんはたしかにこのへやにはいっていったんだぞ! ウソつくな!」
「この部屋から、人の気配がしないんだ」
「?? ま、またへんなことを…じゃおまえ、ゼシカねえちゃんがこのなかにいないってちかえるか!?」
「見に行ったほうが早いよ」
「ポルクー、こいつのいうとおりだとおもうぞー」
 ナベのマルクはユリアスの意見に賛同する。どこかとぼけた感じがあるが、このマルクは、ポルクと違い、落ち着いて考えてから行動するタイプのようだ。
「わかった。おまえ、もしねえちゃんがいたら、ただじゃおかないからな!」
 そう言うと、ポルクは部屋に入っていく。
「ゼシカねえちゃーん…あれ?」
 ポルクの声がしばらく途切れた。そして、今度は駆け足の音が近づいてくる。
「たいへんだ! マルク! こいつのいうとおりだった!」
 ポルクは明らかに慌てている。そして、右手に何かを持っている。
「それは?」
 ユリアスが尋ねると、ポルクは妙に素直にそれを渡した。手紙だった。
 
 
 
   この手紙を誰が読んでいるのかわからないけど、もしこの手紙を読んで
  いるのなら、これはわたしの遺書と思ってください。
   お母さん、わたし、サーベルト兄さんの仇を討つため、リーザス像の塔に
  行きます。そうしないと、わたしは、この悲しみをどうすることもできないの。
  こんな娘でごめんなさい。それと、ポルクとマルク。ウソをついてあなたたちを
  利用して、本当にごめんね。
 
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ゼシカ
 
 
 
「無謀な…」
 自分も仇を追う身であるユリアスには、ゼシカの気持ちは理解できる。しかし…。
「ポルク! 何を騒いでいるのです!」
 さらに悪いことに、アローザが騒ぎを聞きつけて来てしまった。
「ゲ、ア、アローザおばさん・・・」
 ポルクは、何か観念してしまったような声を上げた。
「? ユリアスさん、貴方達まで・・・いったい何をしていたのです」
 ユリアスは知らせるべきか迷ったが、いつまでも隠せることではないという結論に達した。
「…これを・・・」
 ユリアスはゼシカの手紙を、アローザに手渡した。アローザは受け取った手紙に目を通す。読み進むにつれ、この貴婦人の凛とした顔が、見る見るうちに明らかな動揺へと変わっていく。読み終えたアローザは、力の抜けた手から手紙を落とし、崩れるようにひざを床について座り込んでしまった。
「ゼ・・・ゼシカ・・・」
 その目は、焦点が合っていなかった。
「お・・・奥様!!」
「おばさん!」
 アローザに付き添っていたメイドと、ポルクとマルクがアローザを案じて騒ぎ出した。
「・・・とにかく、そのゼシカというお嬢さんを連れ戻すべきだな・・・」
 その中では、一番冷静だったユリアスが口にした一言に、座り込んでしまったアローザが真っ先に反応した。意識してかしないでか、両手でユリアスの右手をつかんだ。
「ゼシカを・・・ゼシカを連れ戻して・・・」
 その声は、自分の娘をただただ案ずる母親のものだった。つい先程あったばかりのユリアスに、そんな重要なことを頼むとは、冷静さを欠いていることは明らかだった。思わずそうしてしまうほど、アローザの動揺は大きいということなのか。その想いを痛切に感じたユリアスは、座り込んでいるアローザと同じ目線になるように方ひざをつき、自分の右手をつかんでいる彼女の両手に、左手をそっとそえて、わかりましたと一言だけ告げた。
「ヤンガス、東の塔だ」
「承知したでガス!」
 ユリアスとヤンガスは、その場を去ろうとした。
「ち、ちょっとまて、おまえら!」
 二人を止めたのはポルクだった。
「おれがついてってやるよ」
 意外な申し出だった。
「村の外はモンスターと出くわすぞ」
「あのとうは、むらのにんげんじゃないとはいれないひみつがあるんだ。おまえらだけじゃはいれないぞ」
「・・・そうか、わかった」
 その一言でポルクの同行に承諾を与えたユリアス。三人はその場を駆け出し、屋敷から出ても走るのをやめなかった。途中、先程ユリアスに屋敷の様子を見てきてくれと頼んだ男が、ユリアスを見て何か言ったが、ユリアスは気付かずに走り去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
つづく
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あとがき:
 
 三部構成作一作目です。次がようやくユリアスがゼシカと出会う場面になります。主人公×ゼシカ派にとって最初の名シーンとなる、あの出会いが。
 ちなみに、原作ではアルバート家の屋敷で最初の活躍をするはずだったトーポ君。本作では名前すら出てきません(笑)。ユリアス君に活躍の場を奪われてしまいました。だってどう考えても、あのシーンでねずみのトーポが周りの人間たちの会話を理解してゼシカの手紙をくわえて持ってくるなんて…。普通この時点で怪しまれますよ、グル…あ、ネタばれになる(笑)。ヤンガスは頭のいいねずみだと一言で済ませてしまいましたけど。
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