モルヒネ


-1-



ミリアリアが思い詰めていたあの時、ディアッカが施した行為が本当に彼女にとってよかった事なのかはわからない。
その時はその方法しか他に思いつかなかっただけだ。
彼女は受け入れ、経過良好、自分を取り戻したかに見える。
いつもならそれで終わりになるはずだった。あとくされない関係しか 彼は望まない。
そのつもりが。
彼女を抱いて、今まで持つ事がなかった不思議な感情がディアッカの中に生まれた。

ミリアリアといるとナンだか温かい気持になる。
それが今までバカにしていた恋という感情なのか、ディアッカにはよくわからない。

ディアッカは恋愛感情といったものをもったことがない。
本気で女性を好きになった事がなかったのだ。
抱いてしまえば興味が薄れるのが常で、女と関係を持つことは多々あったが、たいがい切り捨てるように終わらせていた。女は面倒。
どちらかといえば男同士でいた方が気楽で楽しい。

子供の出来にくいプラントの若い世代では婚姻統制がひかれるも、体外受精が当たり前な為、表面上男女で婚姻していても、実生活では別にこだわる必要はない。
様は子供が出来ればよいので、同性愛は一般的で暗黙されていた。
どちらかというと同性同士の方が精神愛は強く、軍に至っては男比率が圧倒的に多いのだから、自然と彼のまわりには男同士のカップルが多かった。

ディアッカにも特別に思う男がいた。恋人ではないが、長い時間を共有していた大切な相手だった。互いに信頼しあって戦闘に高揚した神経を鎮めあうように身体を重ねたこともある。
その相手と先の戦闘で銃を向け合うことになりさすがのディアッカも動揺した。
特別だと思う彼に「騙されている」と言われて、戻る事を一瞬でも考えなかったわけではなかったが、
彼は戻る選択を選ばなかった。

ナチュラルを殲滅させようとする軍の考えに相容れないだけでなく、彼女のそばにいたいと思ったのだ。

だが、AAに戻ってみたものの追悔にくれて不安に押しつぶされそうになった。
慟哭を受け止めてくれたのはミリアリアだった。
何も縋るものがない場所で彼女が彼を受け止めた。

それはもしかしたら物珍しさなのかもしれない。
初めて見た動くモノを慕う刷り込みのように、ナチュラルの中で初めて敬意をもった人間に対しての。
それとも目の前の現実をあらためて直視した絶望に近い未来をごまかしたかっただけか。

そうだとしても、ミリアリアのそばにいたいという気持だけがなぜか彼の心の中で光を灯すのだ。
彼の中ではじめて生まれた女性に対する慕情。夢見がちな奴らが陶酔するのを吐き気さえ覚えて軽蔑していたのに、 自分がその身になってみれば心が満たされていく。
それが1時的なものだと思うも、ディアッカはその感情を単純に楽しんでいた。



(身体がだるい。)

結局ミリアリアは休みを申し出た。

明らかに熱をだしているのがわかる様態だったので、周りが余計心配するのが目に見えていたという理由がひとつ。

デブリ帯での補給が決まり、今すぐ戦闘に入る心配は今の所なくなった事で、仕事は山ほどあったのだが無理を押す必要がなかったという理由がひとつ。

そして一番の理由は、彼が、彼女を休ませたがっているからだった。

「どんな手段を使ってもお前を休ませるからな」
一種それは脅しに近く、その「どんな手段を使っても」が2人の関係を明らかにさせてしまいそうな危惧をはらみ、強情な彼女も折れた。

ミリアリアはディアッカと関係をもってしまったことを周りに知られたくなかった。恋人を失ったばかりの自分が他の男と関係をもったことを人に知られるのは後ろめたい。トールに申し訳ない気がしたのだ。

艦内はほんの少し落ち着きを見せてはいたが、先の戦闘でケガ人が多数でたので、医務室は大混雑だった。ミリアリアは診察されずに薬だけをもらい部屋に戻れた事に安堵した。
もし、診察されていたら昨夜自分の身に起こった事が少なくとも医師にはわかってしまう。枯れてしまった声。身体中にのこる情事の跡。熱を出すほど疲労させられた理由。
それは恐らく艦長へと報告に繋がり、いつか艦内の噂になってしまう。 どんな言い訳があろうと、そういった事実だけは色々とヒレをつけて広まっていく。
それでなくとも、まるで恋人のようにミリアリアを心配して付き添うディアッカを周りが好奇の目で見ていたので、ミリアリアはわざとつっけんどんにしていた。
ミリアリアの身体を心配していたわるようについてくれていたのに、元はといえば彼のせいだといえばそうなのだが、ミリアリアの性格からしたら、厚意を袖にすることはヒドイ事だった。

それでも、トールを知っている人達にやはり知られる事が嫌だったのだ。
AAのクルーは皆トールとミリアリアとの事を知っている。だから人前ではディアッカをムゲにするように冷たくあしらった。
なのに、ディアッカは一向に気にした風もなくまるで当たり前かのようにミリアリアを看護した。

ミリアリアは困惑した。

張り詰めた様子のディアッカを心配して、ミリアリアは自分の身体を彼に与えた。どうしようもなく辛い心の状態であった時、そういった行為が救いになる事を先日ミリアリアは身をもってディアッカによって体験したからだ。

男が欲望のまま女を抱くことをミリアリアは見くびっていた。

ディアッカの体力にミリアリアはついていけず、情けなく発熱までするほど消耗してしまった。

それでも事後に毒の抜けたディアッカを見てミリアリアは自分が少しでも彼の慰めになったのならそれでいいと思った。
自分を救ってくれた男が苦しんでいるのを見ていられなかった。だから少しでも楽になるのであればとあの時、身を差し出した。

自分の時もそうだ。「楽にしてやる」と言ってくれたその言葉にただ、縋った。
真っ暗な闇の中で先の見えない押しつぶされそうな不安から逃れる為に。
好きでもない男と寝るなんて普段のミリアリアだったら絶対にありえないのだけど、道徳観とか、そんな事を考える余裕はなかった。
そんな正気の状態ではなかったのだ。
きっと彼も同じだと思う。
感情を持たず肌を重ねた。疵を癒す為に。それ以上の事は考えず。

(だけど。これ以上はいけない。)

後ろめたさはミリアリアの身体の変化も起因した。
トールとではあんなに苦手だった行為がディアッカだと平気だったのだ。どうにでもなれと彼に身体を預けて、本当に真っ白になった。
本や伝え聞いた知識の多分イクという意識の高揚を経験した。
昨夜に至っては散々追い詰められて気まで失ったのだ。
そうしてディアッカに触れられる事にまったく抵抗がなくなっていることにミリアリアは気がついた。
下肢が鉛のように重くて身動きがとれないのをディアッカは当たり前のようにミリアリアに触れて抱きかかえる。
それに嫌悪もわかず、ホッと安心するのだ。身体に感じる温かさに安らぎを感じるのだ。

ミリアリアは自分に問う。
自分が好きなのはトールだ。ディアッカを男として好きかと聞かれれば
NOと言える。
自分に触れて欲しいのはトールだけだったはず。なのに、ディアッカに触れられても、トールに感じた以上の安心が得られてしまう。

肌を合わせたせいなのか。

どうにも説明のできない安寧をディアッカがもたらす事に ミリアリアは戸惑っていた。



ディアッカはそんなミリアリアの当惑を気づいていた。

女は快楽の遊び相手でしかなかったディアッカにとって、こんなに踏み込んで世話を焼いてる様など異常だ。
ずいぶんひどい抱き方をして、償う気持もあったが、それ以上にミリアリアのそばにいたいと思ったのだ。
ミリアリアがそれを良しと思っていないのは周りに人がいる時に 彼女らしくない過剰な突き放す言動でわかっていた。
普段の彼なら、あとくされなくていいと何事もなかったようにさっさと切り捨てるところだ。

ミリアリアにはそうしたくない。
ただ、そばにいたい。触れていたい。
果てしなく募る不思議な感情。

人前で見せていた彼女の迷惑げな様子はポーズなのだとわかっていた。
2人きりの時にそれは消えてしまう。それどころかディアッカに全てをまかせきるように許されている気がした。
勘は外れたことがない。
ディアッカはミリアリアが何も言わないのをいいことに自分の気がすむようにそばにいて甲斐甲斐しく世話を焼いた。


自室でベットで横になっている所にディアッカが食事を持ってきた。
「少しでもいいから、食えよ。」
ミリアリアが困ったようにディアッカを見るのを無視して、枕やブラケットを重ねて背もたれをつくり、ミリアリアを抱き起こし大切なものを立てかけるようにそっと扱う。
ミリアリアは小さく息を吐いた。 触れられて安心してしまう事に罪悪感はせりあがる。

「ディアッカ、あの」
声のトーンが少しあらたまっているのに気づき、ディアッカは黙ってミリアリアの隣に腰掛けた。
「あの、もう、いいから。」
何が?と見る紫の目と目を合わさずいいにくそうに彼女は続けた。
「あの、昨日の事はしょうがなかったと思うの。仲間だった相手を落としてつらかったと思うし。その前の時、ああなって、私、楽になったし。だから、それでそうしたけど。」
はっきり言うのが恥かしくて遠まわしに言いまわすがそれでも顔が赤くなる。ディアッカはそれを少し楽しげに眺めながらミリアリアの次の言葉を待つ。
「だ、から、あの…したこと、忘れて。何もなかったことにしよう。」

ディアッカはすぐ横に座っていたのでさりげなくそっとミリアリアの頬を撫でた。ミリアリアはピクっと反応するが遮りはしない。
ディアッカは小さく笑った。本気で嫌がっているわけではない。確信して優しく聞いた。
「どうして?」

ミリアリアの言葉の裏はなんとなく察しがつく。
恋人を失ったばかりの女がすぐ男と関係をもつ事を不埒と考える時代遅れの過去の道徳みたいなものだ。
彼女が健気に護ろうとしている恋人への操など彼にしたら陳腐な考えだ。
そんな事をいう女など今までの彼ならくだらない、つまらない女と冷めてしまうはずなのに。
自分が誰かに、それも女に、こんなに執着する事があるなんて。

力づくで唇を塞いでしまえばきっとミリアリアは拒まない。
崩れかけた心を立て直すには時間がいる。縋るものが欲しいはずだ。一度触れた温かさを身体は覚えている。あとは、それを拒む壁を崩すだけでいい。
女をその気にさせる言葉など、いくらでも言える。だが陥れるような事はしたくなかった。
強要はしたくない。自分から受け入れて欲しい。
それもミリアリアに対してだけ沸く感情。

ディアッカは言葉を捜した。ミリアリアが拒まないように、自分の咎に苦しまずに自分を受け入れるようにするにはどうすれば一番いいのかを。

「ミリアリアは死んだ恋人が好きなのに、俺とこうなった。」
彼女はぴくっと震える。ディアッカは続けた。
「それが後ろめたい?なかった事にしたい?」
ミリアリアはコクンとうなづく。

素直で可愛い。ディアッカはミリアリアの正直な様子にも気持が募る。
その素直さにへたな小細工はふさわしくない。
ディアッカも心のうちをうちあける。

「俺も好きな奴いた。」
ミリアリアははっとしてディアッカを見る。
「そいつとL4で会って銃を向け合った。…すごくつらくてここに戻ってもやりきれなかった。」
微熱ゆえの潤みとは違う揺れる瞳。青い色が温かく見えるのは思い過ごしではない。慈愛にみちたその心に彼は惹かれたのだ。

「つらくて、でもお前抱いて、ふっきれた。あんなひどい抱き方しちゃったけど。温かくて嫌な事忘れられた。」

ディアッカはミリアリアの肩をそっと抱き寄せた。
ミリアリアの小さな身体からじんわりと熱が伝わる。もう片方の手で頬を包み込み逃れられないようにディアッカは海の色を捕らえた。
「お前が皆に知られるのが嫌ならそうする。だから俺を拒まないでくれよ。」

ミリアリアは動けない。吸い込まれそうな紫に思わず目を瞑った。
「ミリアリアといるとあったかくていやなこと、忘れられる。今、俺がこうして正気でいられるのはお前がいるからなんだ。こうやっていてくれるだけでいい。」
唇に柔らかく触れる人の温度。
「ミリアリアが。
お前が俺を好きじゃなくてもいい。拒まないでくれればそれでいいんだ。」

――いいのだろうか。
ミリアリアはぼんやりと思う。それほど引き寄せられた腕の中は心地よかった。

触れて離れ、また触れる。感触を確かめるようにディアッカはミリアリアの唇に自分を触れさせた。
ふわっと空気だけが動く。離れると寂しく、またすぐ触れられて安堵する。目を瞑ったままじっと彼の温度を意識でおいかけた。
常識を重んじる心が突き放せと命令するのだけれど腕に力が入らない。

ミリアリアの唇を湿った熱い舌がゆっくりとなぞる。
何度も柔らかい唇肉に挟まれて愛撫を受けるように吸われた。
微熱で浮かされた状態での極上のキスは思考を奪うに充分で
ミリアリアは呆けていく。
なされるがまま施しが止むのを待つしかなかった。

ディアッカはミリアリアの身体から力が抜けていくのを腕にかかる重みで感じ取っていた。

心が高揚する。ミリアリアは自分を受け入れてくれる。
気が急いて激しくしてしまいそうな口付けを諌めてゆっくりと深く。
そうして充分に堪能して唇を離す。
ミリアリアが閉じていた目を開けた。
ディアッカに向けられた濡れた青は迷いの色が浮かんではいるが勝利は目前にみえた。
彼はさらに追い込みをかける。
「俺は面倒な関係になりたい訳じゃない。ただ、こうやっていればお互い楽になれるだろう?」
耳に入る艶のある声に彼女は魔法をかけられたようにじっと聞いていた。
彼は髪を手で梳いた。
唇をもう一度近づける。

彼は助長していた。
ほんの少しだけ、ナチュラルを馬鹿にしていたゲームで女を落としていた頃のように、調子にのっていたのかもしれない。

つい

口が滑った。
「俺をトールの代わりにすればいい。」


強張る身体。
唇が触れる前にミリアリアの震える手が遮る。

「だめ…」

青の瞳が強い光を取り戻し、揺れていた。

ディアッカは自分が失態をかしたことに気づいた。

「そんなこと、やっぱりだめ。」
ミリアリアは渾身の力をいれてディアッカの身体を押した。

いともたやすくぬくもりは失われる。それでも
トールの代わりはいない。
トールを重ねることなどできない。してはいけない。
自分が許さない。

「ミ…」「でてって。」
名前を呼ぶ前に遮るように冷たい声の拒絶。

ミリアリアはブラケットをかぶりベットに付した。ブラケット越しに耳を塞いでいるのがわかる。
それでも修復したくて手を伸ばす。

彼のあの温かい手が肩に触れそうなのが気配でわかる。ミリアリアは切り捨てるように叫んだ。
「触らないで!でてって!」
ディアッカは伸ばした手をひく。
もう何も聞かないとその姿が言っていた。

ディアッカは深く息を吐いた。多分、もう何をいっても駄目だと感じた。
ディアッカはあきらめて黙って部屋を出る。
扉が閉まる寸前にちらりと彼女の方をもう一度見ると
ミリアリアをブラケットをカブったまま少し震えているように見えた。
存在する空間が断ち切られる。
閉まりきったドアに手をあてディアッカはもう一度深く息を吐いた。
そうして身体を半回転させて壁にもたれ天井を仰ぐ。

――失敗した。
心を閉ざす呪文を自ら唱えてしまったことをディアッカは悔やむ。
(そうはいってもどうしようもない。)
いつものように気持を切り替えて今後のことを考えようと首を振り歩き出す。

ディアッカの特技のはずだった。
感情にとらわれず、合理的に、自分にとって一番都合がよくて最適な 方法を考える。

物珍しい感情に酔っていただけなのだ。彼女は拒んだ。もうこだわる価値はない。ウソ臭い恋愛ごっこは性に合わない。
このまま何事もなかったように振舞うのは簡単。
これから…

考え流そうとして数歩、彼は足を止めた。
喉の奥からせりあがるような、初めて味わう苦い感情に胸がきしんだ。

(これから…どうしたいんだ?俺は)

軍に対する懸念も、宇宙に上がる時に決めた戦争回避を願う心も。
ミリアリアがいたから動かされた。

ディアッカはあらためて気づいた。
彼女の元以外自分が行きたい場所がないことに。
どこにも。プラントにも。イザークの元に戻りたいとさえも思わない。
ミリアリアのそばにいられればそれでよかったのだ。


途方にくれた。







(H16.12.16)



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