モルヒネ


-2-



(情けないよな。)

ディアッカはミリアリアの部屋の前にたっていた。
結局彼は割り当てられた自室に戻っても何も考え付かず
彼女の部屋の前にまた舞い戻ってしまった。
ミリアリアの為につくった海の映像の機械を手にもって。
この機械を届けにきたと口実をつくってミリアリアに会いにきた。
軍にいた頃さんざん女を泣かせて捨てて、自他共認める非道をやりつくしていたのが嘘のような情けなさっぷりに自己嫌悪に陥る。
拒否されたのにつきまとうなど最低な行為なのに彼女の事が気になって仕方がない。

下士官居住区の廊下でそれでなくとも外観目立つ姿を見られたらたちまち噂になってしまうだろう。
ディアッカはそれを理由に彼女の部屋に入る事を決断し、幸いにもその無様な葛藤を人に見られずにすんだ。

部屋に入って、ディアッカはベットに近づく。
寝息が聞こえミリアリアが眠っているのがわかりほっとした。
起きていてまた拒否されたらと考えていた自分の、らしくない弱気に溜息がでた。

ディアッカは音をたてないよう反対側のベットに腰掛けて彼女の寝姿を見守るように眺めた。
食事は手付かずのまま。それでも薬が効いて熱が下がっているのか寝息は安らかに思えた。病気に無縁のコーディネーターでも熱のダルさは何度か経験はある。少しは楽になっているのかと思うと自分の事ではないのに安堵する。

いつでも切り捨てられると高をくくっていた。たかが女1人にこうまで 左右されることがあろうとは。
未練がましく気をひこうとこんな機械をダシに寝姿を眺めている。
そんな自分を認めたくないプライドが早く見切ってしまえと言い聞かせる。
なのに、身体がいうことをきかない。

ミリアリアは胎児のようにまるまって眠っていた。
先ほど部屋で最後に見たとおりのままブラケットを頭までかぶっているので顔は見れないが、ブラケットごしに膝をかかえて小さくなっている。

夢をみているのだろうか。恋人を思って自分を抱きしめて。
そう考えて胸の奥がまたツンとした。

ディアッカは不恰好な機械のスイッチを入れる。
材料や映像資料があればもう少しマシなものになるのだが、今の状況ではこれが精一杯だった。
あの時、少しでも気が紛れればいいと作ったこのホログラフィを見て彼女は表情を和らげた。
はかない夢から現実に戻った時、慰めになるだろうか。

機械を床において画像をつけたまま部屋の明かりを落とす。
ホログラフィの海の色が部屋をほんの少しだけ暖かくみせた。
無機質な蛍光灯の色よりまだいいだろう。

また溜息をついた。
(ずいぶんと感傷的になってる。)

ディアッカは冷徹な部分をかき集めて心を奮い立たす。
(いつまでも無駄な事だ。)
自分に言い聞かす。

拒まれた。それが全てだ。気にする事ではない。
今までこんなことがなかった訳ではない。あっさりと切り替えられたじゃないか。

ディアッカはようやく立ち上がった。ミリアリアが目を覚ますまでそばにいたいとも思うが、また拒まれるのは避けたい。
未練がましい行為をこれ以上続けるのは無様すぎる。
本当は今度拒否されたら立ち直れそうにないと思っている部分を彼は打ち消した。

(俺に限ってそんな事を思う筈がない。)

そう叱咤しても切り捨てられない感情がまたこみ上げてくる。

(ああ!もう!)
堂々巡りな考えが無駄な葛藤だと気がついてディアッカはもう一度深い溜息をつく。

(合理的で知的なコーディネーターの考えることじゃないな。)

ディアッカは部屋をでた。



部屋に戻る気がせずネコの手も借りたいほど人手不足のAA艦内でよりにもよって格納庫にやってきて失敗したとディアッカは後悔した。
何かやっていないとどんどんと落ち込み続けそうで、手伝おうかと言ったが最後、整備班のまとめ役である曹長はディアッカによくぞ言ってくれたと膨大な量の仕事をおしつけてきた。
コーディネーターで赤服の彼にしたら内容は大して難しいことはなかったのだが、さすがにこれだけの量をこなすとなると頭脳と肉体を駆使しなければならなくて、結果的には気を紛らわすには最適な選択ではあった。

それでもふと彼女のことが思い浮かぶ。溜息をついてしまう。
それを見計らうように整備士がかわるがわるに声をかけてきた。

(えらい勘違い)
皆、昨日起こったザフトの艦隊を撃ち沈めたことを暗に労わってきた。
まさか女のことで気にやんでるなど誰も思わないのだろう。
うっとうしいと思う反面皆のお人よしぶりにディアッカは苦笑した。

ザフトでも同じようにいたわる言葉をかけられることはあった。
エリートで、赤服。他の奴らとは違うと高慢な考えから本当に心配してかけられる声も聞き流していた。慰労も賛辞も配慮もどれも同じ雑音だった。
ずいぶんとゾンザイにしてきた気がする。人の厚意というものを。

AAにきてディアッカの意識はずいぶん変わった。
元捕虜であるディアッカに警戒をもつものはAAにはいなかった。
コーディネーターに偏見をもった者はオーブ解放戦の事前説明時に抜けていたのでAAのクルーにコーディネーターを特別視する者は残っていないとはいえ、この間まで執拗に落とそうと追いかけてきた敵であるディアッカをこうも簡単に認め受け入れるのは少し安易すぎる。
お人よしがたまたま集まっているだけなのか。

多分違う。
同じように戦争に疑念を持つ者同士特有の共感が見えない力で伝わったからだ。
自分はその力が少しだけ強い。当たり前だ。コーディネートされている。

どんな遺伝子が作用するのかも知られていない、定義も曖昧でそれがどんな力なのかもよくわからない。ただディアッカの一族に代々受け継がれてきたのだという。例えれば感情の共振とでも呼べばいいのだろうか。
人の情動を読み、他人に共感を強いる事ができる。
それは多かれ少なかれ誰でも持っている力ともいえる。
カリスマと呼ばれる指導者には必ず備わっている力だ。

なのにその遺伝情報を彼の家は機密にし、その血の濃い者を後継者として据えてきた。


ディアッカは失敗作だった。
過去に暗躍してきた指導者を輩出する一族の中で直系な血筋でありながら唯一不出来なコーディネーターだと言われてきた。力を持たない落ちこぼれに居場所などない。
だから こうして一族に関係のない軍で、のし上がろうとしてきたのだ。 自分の存在を確かめるために。

(軍での実績も横道それてパーになっちまったけどね)

それほどAAの選択に共感し、賛同したのだ。
今までその力を忌まわしい遺伝子操作だと思っていた。人の情動を敏感に感じ取るなど負の感情しか生まない不要な感覚だと。
だがそう捨てたものではないかもしれない。
この選択を選んだ彼らに邪な悪意は感じない。
そして失敗作な自分の力は弱いかもしれないが他意はないと他人に伝えることができた。だからこそ、こうやって違和感なく馴染めるのだ。

「オーイ、坊主!」
感慨ふけるところに無骨な男の声が遮る。
ディアッカは声の方をチラッと見て目を戻す。止まっていた手を動かした。膨大な量を押し付けてきた曹長はディアッカに近づいてきて処理してる作業を覗き込む。

これ以上仕事を増やされるのもたまらない。
何も言わずに作業を続けてると意外にもねぎらう言葉をかけられた。
「わりぃなぁ、助かったよ。そろそろあがっていいぞ。徹夜になっちまう。」

ディアッカはついつい悪態をつく。
「坊主よばわりでこき使うおっさんから押し付けられた仕事がまだ終わんないんだよ。」
「気分転換になったろーよ。先は長いんだ、切り上げて寝とけよ。」
曹長はニヤリと笑いながら声のトーンを少し潜めて言った。
「それであの娘、熱下がったのか?」

ディアッカはぐっとつまった。
「心配なんだろ。様子見に行ってやんな。」
曹長はディアッカの背中をバンっとたたく。
「ってぇなぁ。別に心配なんかしてねーよ」
「強がるなって。さっきから溜息ついては上の空じゃ仕事も効率あがんねえだろよ」
「量はこなしてるよ。文句ないだろ。」
「そりゃありがたいが。」
肩を竦めて曹長はいいながらディアッカのいつものふてぶてしさが鈍いのに気づく。
「なんだぁ。ナンカ言われたのか?切り替えしがいまいちだなぁ」

ディアッカは黙った。確かに1言言われれば倍に返していたのに今は言われるばかりだ。何かあったのかと曹長じゃなくても気がつくだろう。
伊達にディアッカより長く生きてる訳ではない。曹長は原因を見抜いた上でアドバイスを始めた。
「ああいう娘にはよ。真っ正面から正直にぶつかる方が受け入れてくれるもんなんだよ。」
「え?」
肩ひきよせて小声で悪巧みを吹き込むように囁く。
「優しい子だからな。人の好意はムゲにできないだろうよ。ぶつかって気を惹いたらあとはお前次第だな。」
「何が言いたいわけ?」
ディアッカの威嚇めいた睨みを気にせず曹長は楽しそうに続けた。
「死んだ彼氏は素直で甘え上手だったぜ。文句言いながらあの娘楽しそうに世話焼いてたよ。
お前みたいにスカした完璧繕う男はタイプじゃないだろうな。今みたいに溜息ばっかついてる所見せたら世話焼き心くすぐるんじゃないか?」

ディアッカは不精ヒゲをはやした曹長の顔をチラリと横目で見た。
溜息の原因はミリアリアの事だが、そうだと肯定した訳ではない。「なんでそう思うんだよ」
「見てりゃわかるんだよ。ひねくれ坊主、格好つけて口説いて失敗したんだろ。ガキらしくやってみな」

ニンマリと曹長はウインクする。
ディアッカは力が抜けた。 このおよそ女関係に無縁と思われる男にこうもズバリと言い当てられ、あげくに助言されようとは。
相当の経験を自負するディアッカも年季の入った人生の先輩からしたらまるでひよっこ扱いだ。
プラントでは立派に成人扱いされる17歳はナチュラルではまだまだ子供扱いなのだ。

だがあったかい。心配してくれてるのがわかる。とがっていたのが馬鹿馬鹿しくなる程親身に接してくれる。

(このオヤジ、だてにまとめ役やってないな)
ディアッカが完璧繕うタイプだとお見通し。
脱力してはぁーと大きく溜息をついた。本日何度めの溜息やら。思わず苦笑う。

曹長はディアッカの肩をぽんぽんと叩きながら言った。
「まあ。大事にしてやってくれよ。お前見た目より真剣みたいだからな。」

よけいなお世話だとばかりに
「おせっかい」と吐き捨てると
憎まれ口にも怯まず少しまじめな顔で曹長は続けた。

「俺達はあいつら乗ってきた時から見てきたからな。短い間の付き合いだったけど。死んだ彼氏は生きてたらお前なんか敵わない位イイ奴だったぜ。ま、死んじまったもんはどうしたって戻ってこないさ。あの娘には泣いてるより笑った顔の方が似合うだろう?親心みたいなもんだ。」

ミリアリアの悲嘆を心配しているのがわかってディアッカは俯いた。そのミリアリアを傷つけたと知ったらぶん殴られそうだ。
「じゃあおせっかい焼きは退散するからお前も切り上げて休めよ」
曹長はもう一度ディアッカの肩を叩くと来た方向へと戻っていく。

「よう」
ん?と振り向いた曹長にディアッカは少し気恥ずかしげにお礼を言った。
「参考にさせてもらうよ。サンキュ。あんたにアドバイスもらうとは思わなかったけどな。」

「生意気いうな。ホントに少し休んどけよ。ガキが夜更かしすると背伸びねぇぞ」
「これ以上伸びたらコクピット狭いよ。」
「違いねえ」
人生の先輩は笑いながら手をひらりとあげた。

ディアッカはちょっと笑った。馬鹿にしてたナチュラルのオヤジにしちゃ人をよく見てる。
ひねくれ坊主でガキらしくしろときた。
確かにエリート意識で敵を落とした数だけ評価されて高飛車だった。護ってやってる気になっていた。
落ちない女はいないと自惚れていたのを拒否されたから、女を追いかけるなんて格好悪い。と、くだらない見栄をプライドだと勘違いしていたのかもしれない。

見下していたナチュラルの捕虜になり人道的な扱いが最初は馬鹿にされていると屈辱にまで思ったりもした。
ひねくれた物の受け止め方しかできなかったのがある日を境に変わった。ミリアリアに会ってからだ。

マジメで世話好きで困ってる相手を見たらほっておけないお人よしのミリアリア。
純粋に人を想うミリアリアの心に惹かれた。


死んで欲しくなくて乗り込んだこの艦で自分は何を望んでいたのか。
初めて敬意を抱いた女に、ミリアリアに何を求めていたんだろう。
ミリアリアは今まで付き合ってきた遊び女とは違う感情をディアッカにもたらした。

彼女に必要とされたい。

そう、必要とされたいんだ。

必要とされてそばにいたい。
拒否されてもなんでもなりふり構わずぶつかってみようか。

初めて抱く、持て余す青い想いにディアッカは苦笑した。

――多分これが恋愛感情っていうんだろうな。





(H16.12.18)



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