Choice -選択-


-1-

「だから、アンタもういいって。釈放」
そういってパイロットスーツを放り投げられた。

晴天の霹靂とはこの事だ。
敵であるザフト兵をこうも簡単に釈放するなんて
どう考えてもおかしすぎる。
(敵を自艦内で解放して、データー盗んで爆破してったらどうすんの。)
自分を甘く見ての事なのか、それともこいつら考えが甘すぎるのか。

「ちょっ、ちょっと待てよ!どういう事だよ、それは!」
牢は開けっ放し。
俺はパイロットスーツを抱えてあわてて彼女を追いかける。

彼女は振り返りもせずスタスタと早足で歩きながら答える
「だから言ったでしょ地球軍が攻撃してくるからAAは戦うの!
 それにアンタ乗っけといたってしょうがないじゃない。だから降りて。」
俺は事態が飲み込めないまま聞き返す。
「いや、だからーなんでお前らが地球軍と戦うの!」
「オーヴが地球軍の味方しないからよ。」
「はあ〜?なんだそりゃ!」
立ち止まって俺はあきれる。
「ナチュラルってやっぱバカ〜?」
「悪かったわね!」
さすがに彼女もカチンときたのか振り向いて言い返す。
「攻撃が始まったら大混乱よ!悪いけどあとは自分で何とかしてね。」
そう言うとまた歩き出す。
「っていわれたってよぉ〜あっおい!バスターは?」
「あれは元々こちらの物よ。モルゲンレーテが持っていったわ」
「げえっ!」
大げさに悪態つくと彼女は足を止めてちょっと肩をすくめ、少し笑ったように見えた。
そして振り向いてすまなそうに言った。
「こんな事になっちゃってごめんね。」

また胸が締め付けられる。

(こんな時に敵相手になんでお前が謝るのさ)

そして思わず彼女の腕を掴んで聞いていた。
「…お前も戦うのかよ…」
彼女はさも当たり前と言うように
「私はA.AのCIC担当よ!」
掴んだ腕を振り払い、強い意志を込めた青い瞳で俺を射抜いた。

「それに…オーヴは私の国なんだから…」

俺はその瞳の強さに捕らわれたように動けずにいた。
彼女は俺の困惑した顔を苦笑混じりに見て
「じゃ、気をつけてね。EXITはあっちだから」
そう言い放ち、指で後ろの方をさすとまた足早に歩き始めた。
強い意志を身に纏いもう振り向く事はない。
俺はその後ろ姿を見送るしかなかった。


投降して隙みて逃げ出してやろうという考えは消えなかったが
それよりも彼女との会話を失うのを惜しんだ。

彼女に対する奇妙な親近感が自分の中で日増しに大きくなっていった。

あえて大人しく従う捕虜を演じ、そうして周りの状況をそっと偵察していた。
手薄な留置所はやすやすと抜け出せ、何も気がつかれない。
彼女からこの船は人手不足と聞いていたがこうも抜け穴だらけに拍子抜けした。
そして自分達を散々手こずらせた[足つき]のズサンな内情にあきれた。
それは地球軍本部にも言える事だった。

[足つき]は地球連合軍本部アラスカに到着後、捕虜を移送尋問する事もなく待機したままだった。
あれだけの戦闘をこなしたクルーに対して、さして慰労の待遇もされてないようだ。
こんな扱いはZAFTにはない。
戦闘の士気にかかわるからクルーやパイロットに対してもっと配慮があって良いようなものだ。
俺は[足つき]の乗員に少なからず同情を覚えた。
戦う価値もない軍の為に命を落としていく彼ら。
そんな相手に自分の同僚が命を落としたのかと思うと腹ただしいのを通り越して情けなくなる。

その[足つき]がまた戦闘に向かい地球軍から離脱したとわかった時は心の中で口笛を吹いた。
しかし事態は一変する。


地球軍がオーヴを攻撃するのはマスドライバーが目的だと思われる。
たまたま[足つき]が逃げ込んだ先が戦闘になるのだ。
脱走艦だから今更地球軍に戻る訳いかないのはわかる。

オーヴが自分の国だから守る為に戦うと言った彼女。

地球軍に敵対する事を選んだ[足つき]アークエンジェル。

部外者だからと捕虜をさっさと解放する人の良いナチュラル。

だが、
自分は釈放されてしまったのだ。
これからどうするか頭を切り替えて考えなければならない。
俺は以前軍にいた時のように、冷静な判断をしようと雑念を追い払うように首を振った。

新型のMSが先の戦闘からAAを助け出したのは知っていた。
乗っているのは生還したストライクのパイロットだったコーディネーターだ。
(フリーダムはOSロック解除に時間がかかるだろう。)
短時間に奪取は無理だと判断した。
次に浮かぶのは自分が乗っていたバスター。
バスターを持っていった工場の場所を把握していた。
(バスターを運ぶにはグゥル並みの高速運搬機体がなければ無理だ。
カーペンタリアまで撃ち落とされないような奴はなさそうだし…)
カーペンタリア基地はここから近い。
(バスターは諦めてとりあえず自分だけ戻るか?)
モルゲンレーテ製のMAならこの手薄な警備で簡単に奪取できそうだ。

ただ、ZAFTに戻る事だけを考えてればよかった。
ついそれだけではおもしろくないから他に手土産…と考えて思考がとまった。



[足つき]…アークエンジェル…

その名前を想い浮かべて迷いが生じた。
[A.A]には散々煮え湯を飲まされた。データをとって爆破して戻れば軍のお偉方は喜ぶだろう。
今ならどさくさにまぎれて出来ない事はない。
失敗したとしてもMA使って脱出すればいい。
これでもZAFTの赤を着ていたんだ。
イザークの顔の傷、ニコルの命。敵討ち兼ねてやれない事はない。
軍にいたままの俺だったら躊躇なく行動に移していたろう。

(だけど…)

(迷うなんて俺らしくない)
必要ならば銃を撃って略奪してきた。
ヘリオポリスでの[G]奪取もそうだ。
迷う必要はない…筈だった。


それなのに俺は何もする気がなくなっていた。 海の見える高台で出航する[A.A]を見送る。
これから奴らが戦闘する相手は今まで自分が所属していた軍だ。

捕虜になって知ってしまった自分と変わらないナチュラル。
コーディネーターのくせに友達がいるからとAAを守っていた少年。
俺達が襲ったヘリオポリスで巻き込まれて軍に従い最愛の恋人を亡くし
尚コーディネーターを憎めないと言う彼女。

迷っているうちに戦闘は始まる。
圧倒的な物量の地球軍にどうみても押されているオーヴ軍
(落ちるのは時間の問題だ…)

彼女の言葉が、姿が、頭から離れない。

「オーヴは私の国なんだから」

目の前で見慣れていた光景が繰り広げられる。
バスターで地球軍の戦艦を、モビルアーマーをいくつも落とした。
火を上げて爆発していく敵の数を競ってゲームのように楽しんでいた自分。
戦う事で自分の存在意義を確かめていた。
敵艦だったあいつらを、あいつを気にかける必要なんかない。

激しくなる火線に白い艦が飲み込まれていく。
爆風に包まれる彼女の幻影が空に浮かんだ。

「えぇい!くそ!」

気がついたら工場に向かって俺は走っていた。







(H15.9.23)(H16.10.21再UP用に改稿)

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