Choice -選択--2- 信号弾が打ち上げられて連合軍は一時撤退していく。 緊張状態を抜けて我にかえると、ディアッカは自身のあまりにらしくない行動に苦笑した。 高台でAAが攻撃されるの見て無我夢中でバスターを動かし戦ってしまった。 コックピットハッチをあけ彼は陽の落ちる海を見る。引き上げてくるオーブの艦隊の中にある白い艦に複雑な思いをはせた。 ミリアリアは生きて帰ってきた。 憎むべきAAを助けてしまった自分。 何故そうまでして死なせたくないと思ったのか。 答えは何となくわかっている。 だがそれを認めたく、ない。 ふとみれば戦闘に突然入ってきたフリーダムに似た赤い機体が一緒に降りてくる。 吸い寄せられるように人々が集まってきた。 ディアッカは赤い機体から自分と同じ赤いパイロットスーツが降りてきて目を疑った。 (アスラン!何故ここに?) 目のいいコーディネーターの彼が同じ隊の上司を見間違うはずがなかった。 「彼は敵じゃない!」 歩みあう2人を見てザフト兵に銃を向けるオーヴの兵士達にキラが制する。 2人は向き合い言葉をいくつか交わす。それを見てオーヴの士官が駆け寄って2人に抱きついた。 意外な方向に事が進展していて彼は面食らっていた。 基地内にMSを戻す事になり皆が散らばりだしても立ちすくんだままの彼に年上のパイロットが話しかけて来る。 その顔に見覚えがあった。 捕虜になって最初に尋問してきたAAの仕官の1人だ。 「お前もくるんだろ?」 当然のように声をかけれられて ディアッカは逃げ出すチャンスを失ったことに気づいた。 しかたなくMSにのりこみオーヴのMS格納庫へバスターを移動させる。 今更バスターを奪取してもカーペンタリアに戻る手立てはない。 それよりもアスランの事が気になった。 バスターを格納するとオーヴの整備兵がおずおずと近寄って声をかける。 「ぉ…お疲れ様…」 ザフトのパイロットスーツがいやがおうなく彼に必要以上な目を向けさせる。 目立たぬよう先ほどまで着ていた配給された服に着替えた。 (アスランがどうしてここにいるかを確かめなければ) 広い格納庫にフリーダムと赤い機体が並んでいた。 その足元にアスランとフリーダムのパイロットが座っている。 様子を伺うように少し離れた周りにAAのクルーやオーヴ関係者が見守っていた。 その中に外はねの茶色の髪が見えた。 彼女は1人隠れるようにアスラン達を見ている。 途端にディアッカはアスランよりミリアリアの思い詰めた表情の方が気になった。 ディアッカはそっと近づく。 キラとアスランが話しをしている声を彼女は息を詰めるように聞いている。 ディアッカは彼女の恋人が乗っていた機体をイージスが撃破した事を彼女自身から聞いていた。 拘禁室にいた頃にミリアリアがディアッカに話したのだ。 イージスに乗っていた敵パイロットがキラの幼馴染なのだと聞いた時、 アスランのストライクに対する不可解な行動一切の謎が解けた。 冷静沈着なザラ隊長の苦悩を思うと少し同情めいた感情がわいたが、 それよりもそんな事を自分に打ち明ける彼女に返す言葉がなくディアッカは困った。 その時、ミリアリアは一通り話すと気が済んだように「聞いてくれてありがとう」と、 仮にも敵であるディアッカに言ったのだ。 変な女だと思った。殺そうとナイフを向けた相手をすぐその後、身を挺して庇った。 怪我を心配してわざわざ様子を見にきたり、 律儀に食事や拘置室の衛生状態まで気を配り世話を焼かれた。 担当なのかと思ったが、話しているうちにそれは違う事がわかった。 敵であるナチュラルの女が、痛みを抱えながらも殺そうとまでした相手を気遣う。恋人を殺したコーディネーターの仲間なのに。 ディアッカは戸惑う。自分の周りにそんな奴はいなかった。 憎しみは消えないものだ。それが一番大事なものを失ったのなら余計 許す事など考えられない。 理想や奇麗事を並べる奴に限って奥底に必ず計算が働いていると思っていた。 彼のまわりはそんな奴らばかりだったのだ。 人道的な常識を説くなど偽善で気持悪いだけだ。 そんな奴に興味などなかった。投降する前の自分なら気にもとめないだろう。 人を思いやるなど、余裕のある人間の自己満足な慈善活動ぐらいにしか思わない。 なのに彼女は違った。 どうみても余裕などないだろうに一時殺そうとまで思った敵軍の捕虜兵士にまで心配る。 同じ人ととして扱う。 あろうことか恋人を殺したコーディネーターを恨むことができないとまで言う。 ディアッカにとってナチュラルは下等な旧人種であり、新種を恐れる動物のようなものでしかない。 ナチュラルは自分が思うような最低の人種であってほしかった。 でなければ今まで自分が信じた全てが崩れていく。 ミリアリアの存在がディアッカを迷わせる。 彼女の行動が今までの自分の価値観を覆す。 言葉を交わせば交わすほど彼女に興味がわいた。 拘禁されている間、逃げ出さなかったのは彼女と取り交わす会話の時間を失いたくなかったせいだ。 危険を冒してでもナチュラルを救おうなど今までの自分なら考えられない。 もうかかわらない方がいいと頭の中で警鐘が鳴る。 これ以上彼女のそばにいない方がいい。 見下していたナチュラルに興味をもつなんて。 だが身体が、心が、言う事をきかない。 アスランとキラの話はお互いの友人を打ち落としたことを明確にした。 ミリアリアは俯く。 恋人を葬った男が目の前にいる。 ミリアリアは顔は見えないが俯いたまま身体が震えている。 明るい茶色の髪の隙間から光る何かが見えた。そのまま駆け出す。 ディアッカは思わず「おい!」と引き止めた。 意外にも彼女は立ち止まる。「何よ!」 いつものディアッカならもっと気の利いた皮肉やら言葉やらすんなりとでる筈だった。 なのに彼女にはうまくいかない。 「トールって奴…殺したの…あいつ…」 言って自分でしまったと思った。が遅い。 彼女は激しく叫ぶ 「だから何?あの人を殺したらトールは帰ってくるの?違うでしょ?!」 ディアッカは何も言えない。その言葉はミリアリアがミリアリア自身に言い聞かせているように思えた。 「だったらそんなこと言わないで」 走りさる後姿をそのままに出来なくてディアッカは追いかける。 格納庫裏の焼け残った木につっぷしてミリアリアは声を殺して泣いていた。 ディアッカはそれを少し離れたところで見守る。他の女にするように抱きしめてやることが憚われて見ていることしかできない。 ミリアリアが恋人を殺した相手を目の前にしてどういう反応をするか、見てみたいと彼は思っていた。 ナチュラルもコーディネーターも同じ人間だと言う彼女が、自分を殺そうとまでした憎しみが、そう簡単に消化できるものだろうか。 ナチュラルとコーディネーターが混在するオーブの人間だからなのか。コーディネーターに特別偏見をもたない彼女の奥底にもっとドロついた感情があるのではないか。 ナチュラルがコーディネーターと変わりないとディアッカは認めたくない。自分のおこなってきた事が否定されるようで我慢できなかった。 だが、猜疑のフィルターをかけて見ても、彼女に偽る様子はない。 だから、アスランを前にした彼女がどうするか知りたかった。 予想はしていた。多分そうするだろうと。 その予想通りにミリアリアは恋人を殺したカタキを目の前にしてその憎しみを1人で乗り越えようとしている。 全て受け入れてそれを許そうと。 すごい女。 ディアッカはもう認めるしかなかった。下等だと思ったナチュラルを自分はすごいと思っている。 相容れないと思ったナチュラルは自分と同じ、いやそれ以上の意思の強さと優しさを持つ。 罪を許そうとするナチュラルがいる。 間違いを認め改める事ができるのなら平和な未来は開かれる。穏健派のクライン議長に賛同していた父親がディアッカに諭すように言っていた。人の歴史は間違えながら、それを教訓として悔い改める事ができたからこそ進化をとげてきたのではないのか。 だがザラ国防委員長は違う。そんな立派な思想は下等なナチュラルにはない。だから武力で制圧してもいいのだと。 ディアッカもそう思っていた。 虫けら同然の旧人類は絶えるべきだ。 危険な思潮にいつの間にか自分も染まり、信じていた。 命を尊ぶ事。 それは高い知性とモラルで構成されるプラントであっても人として教えられてきた事だ。 軍に入り、いつの間にかナチュラルに当てはめることがないよう嫌悪を植えつけられていた。 根底にある大事な事を目隠しされた。 ナチュラルもコーディネーターと同じ命を持つ人類なのに。 非人間的な行為である戦争はいつの間にか正当化されて無作為に命を奪ってきた。敵であるナチュラルは同じ種ではないかのように言われてきたからだ。 だが、敬意をこめて見守る少女にディアッカはナチュラルに対する嫌悪感を一掃された。もう軍に戻って前と同じように躊躇いなくトリガーを引く事はできない。 (これからどうすればいい?) ディアッカは再び迷う。 死なせたくないとバスターを動かした。次は多分無事ではすまない。 戦争という理不尽な理由の為にこの平和な国はもうすぐ消えてしまう。 そうだ。オーブはもうすぐ落ちる。 この戦いの勝敗は目に見えていた。負けるとわかっている戦いに命を懸ける価値があるのだろうか。 どの位そうしていたのか、みればミリアリアが涙を拭ってこちらをじっと見ていた。 「何よ」 泣き顔をみられて気恥ずかしいのか、ディアッカを睨む顔も少し拗ねたように見える。泣き顔が可愛いと思った。他の女になら照れもなく言えるのに。 「いや…」 ディアッカにしたらこんなにシドロモドロな受け答えをするのは生まれてはじめてだった。 こんな時普通女が言われて喜ぶような言葉がなぜか彼女には言えない。慰めの言葉も励ましの言葉も上っ面だけだと見透かされそうで。 ディアッカは動転してアスランがどういう奴かなんてどうでもイイ事を話してしまっている。 (ああ俺どうしたいんだよ) 少し情けない気分で話が途切れた所でミリアリアがクスっと笑ってつぶやいた。 「え?」 「わかった、って言ったの!あんたってホントにコーディネーター?」 少し小バカにしたように言うミリアリアに今度はディアッカが拗ねたように膨れた。 「悪かったな」 ミリアリアはつんとした顔でディアッカの横をすり抜け小さな声で 「ありがと」 と微笑んで言った。 ディアッカの胸の辺りがまたぎゅうっと締め付けられる。と同時にまた衝動的に腕を掴む。彼女に死んで欲しくない。 「何よ」 笑顔が消えて訝しげにミリアリアはディアッカを見上げる。 「お前、このまま、ここで戦うのかよ?」 「そうよ!悪い?」 「だって。さっきの戦闘でお前もわかっただろう?オーブが落ちるのは時間の問題だ。このままだとお前…死んじまう」 ディアッカが言い終わらないうちにミリアリアはあの時と同じように腕を払った。 「そんなの、分からない。奇跡が起こるかもしれないじゃない。 私は、出来る事があるなら手伝いたいの。アンタみたいにMSに乗る事なんかできないけど。 この国を護る為に少しでも力になりたいの。」 そういいきると背を向け小走りに駆け出す。がすぐ立ち止まって振り返った。 「さっきAAを助けてくれてありがとう。もう、充分だから。早く逃げなさいよね。」 少し心配したように言いながら今度こそ格納庫へと走っていった。 ディアッカはたちつくす。 人に執着をもつことのなかったディアッカが初めて感じた胸の痛みだった。 ――オーブは私の国なんだから 強い意志で戦う事を選んだ彼女の言葉がよみがえる。彼女に迷いはない。 戦わなければ護れないものもある。 彼女は希望を捨てず戦う道を選ぶ。 そこまで考えて口の片端をあげてディアッカは苦笑した。 冷静に現実をみればどう考えても勝算はない。なのに彼女がいえば本当に奇跡が起きるかもしれないと考えている。ありえない。だけどこのまま彼女のそばにいたいと思う。 ミリアリアをみすみす死なせたくない。 自分を誤った思想から人として取るべき道へと導いたナチュラルを、死なせたくない。 認めたくなかった答えをディアッカはあえて口にした。 「ナチュラルを尊敬するなんて、どうかしてる。」 進む道は決まった。 (H16.10.21) <文目次へ戻る> <NEXT> |