Hurt -疵-side-M

-1-

宇宙にあがってから彼女の様子はおかしかった。
見た目にはいつもどおりに仕事をテキパキとこなす。
だがよくよく観察すると総毛立つような冷たい殺意を感じた。
表面は氷のように冷たく硬い殻を被り、だがその殻は薄く力を加えれば砕けるようなもろさ。

整備の合間をぬって食堂で彼女が食事をとったか確認した。
思った通り彼女は食堂には来ていない。
宇宙にあがって進路が決まってからはクルーは交代で休憩を取ってる筈なのに彼女の姿は見かけない。
ディアッカはバスターのモニターから彼女へ回線を開いてみる。
「何?」彼女は無表情に用件を聞く。
「お前…大丈夫か?」「何が?」感情のこもらない即答。
「その…」
気迫に押されて口ごもると
「用がないなら回線開かないで」冷たく言い放つと一方的に回線を切ってしまう。
心配しているのにあまりの態度にさすがにディアッカも腹がたつ。
しかし今の彼女はとても他人を思いやれる所ではないのだろう。
ナイフで襲ってきた、怒りと悲しみにくれた彼女を思い返して彼はため息をつく。
恋人を殺した張本人を前にして平気でいられる女などいないだろう。

とにかく向かいあって話せる状況をつくろうと小道具を作る事にした。
(女はプレゼントに弱い。)
ナチュラルの彼女の場合それが通じるか不安があったが
とにかく取り付く島のない彼女の目をこちらに向けるのが先だと思った。

ディアッカはこれでも女性の扱いは得意だった。
プラントでは常に女性に囲まれていた。
家柄もよく、幼い頃から祖父や両親のパーティに借り出されていたので
自然と品のよい卆ない身のこなしを身につけていた。
女受けする容姿と知らず知らずに発する色気に
吸い寄せられるように女達は自分から近づいてきたのだ。
それを当たり前の事のように、感情はもたず女達と遊んでいた。

だが、こと彼女に関しては調子がでない
女に関しては経験豊富を自負していた自分が嘘のようだ。
別に彼女をどうこうする気持ちはなかった。
純粋に常軌を脱した彼女の状態を心配しての事だった。
まわりからタラシと呼ばれる事もしばしばあったディアッカにしてはめずらしい事だった。

ただAAに残る事を選んだ強い彼女が戻ってくればそれでいいと思っていた。

バスターの調整が終わり、あとはメカニックにまかせて彼は‘小道具”作りに専念した。
この非常時に不謹慎だったがいきなり乗員になった元捕虜に仕事があるわけではない。
アスランとキラは‘くさなぎ”から戻らず手は空いていた。

ナイトシフトに変わって彼女のシフトを確認すると既に休みになっていた。
艦内の地図は捕虜の時把握していた。彼女の部屋もわかっている。
とりあえず食堂で彼女用に携帯食をもらって捜してみる。
部屋にはいない。あと行きそうな所を検討つけて捜す。
モニターに移った冷たい無表情な顔が思い浮かべ不安にかられる。
艦後部の展望デッキに見慣れた茶色い髪を見つけた時彼は ほっとした。
ミリアリアは壁にもたれぼんやりと宇宙を見ていた。
艦後部デッキは無重力に近くふわふわと彼女は漂う。

「おい」
声をかけると彼女はちらっと彼を見てまた視線を宇宙にもどした。
「お前飯食ってないんだって?ほら、この位食っとけよ。」
携帯食をみせて横に並ぶ
「いらない」
感情のない声で答える。
「やっぱアスラン気になるか?」
いきなり本題を切り出してみた。
「別に…」気のない返事で彼女は答えた。
怒りに震える返事を予想していた彼はまたもや彼女に裏切られる。
「じゃあなんでそんな顔すんだよ」
彼女は答えない。
体を横に折り曲げて彼女と宇宙を遮るようにディアッカは彼女の視界に自分をおいた。
彼女は遮られた視界を切捨て蹴りだしてデッキから出ようとした。
「あっちょ、ちょっと待てよ」
あわてて彼女の進む先に手をかざし行く手を阻む。
「心配してるんだぜ、おかしいよお前」
「放っといて。」尚も冷たく言い放つ。
「なぁ、つらい事ためない方がいいぜ?」
「つらい事なんかないわよ。」
眉を顰め無表情だった彼女に少し色が戻る。
それが怒りの色だとしても無反応よりはいいとディアッカは思った。
だがそこまでだった。彼女は深く息を吐くとまたデッキから出て行こうとした。
「おい!」反射的に腕を掴み引き止める。
「何?」無感情に彼女は彼をみあげる。
「ぁっだから…」
腕を振り払おうとした彼女の体が急に傾く。
「あ、おい!」
血の気を失って彼女はゆっくりと宙に浮く。
ディアッカは肩を抱きとめそのまま腕の中に収めた。
「どうした?具合悪いのか?」
「…眩暈…平気だから。」
彼の体を引き離そうとするが力が入らず思うようにいかない。
「しばらくこうしてろ。」
ディアッカはミリアリアを軽く引き寄せて彼女の頭を自分の肩に乗せた。
ミリアリアは仕方なくされるがままにじっとしてる。
圧迫しないよう背中をささえてディアッカは苦笑した。
(なんか…猫抱いてる気分)
自分が彼女に特別な何かを感じて、ここにいる事は知っていた。
それが何かは自分でもよくわかっていなかった。
だがこうやって彼女を腕の中に収めてみると
言いようもない幸福感が自分を包む。
プラントで女達を遊び抱くのとは違った心地よい甘い感情。
ミリアリアが眩暈が治まるのを待って、彼は呟いた。
「ぁあそうだ。見せたいものがあったんだ。」

「もう平気…離して…」
ディアッカはミリアリアを抱きかかえる腕を素直に緩めた。
顔色を覗き込むと先ほどの蒼白から少し赤みが戻っている。
「見せたいものがあるんだ。」
やさしくミリアリアに言うと彼女はちょっと訝しげに彼を見た。
だが一度腕に抱いたせいでディアッカはペースを取り戻した。
「まあ、おいでよ」
有無を言わせない柔らかで強引なエスコートにミリアリアは黙って促された。
居住区までくるとミリアリアは不安そうに聞いた。
「どこ行くの?」
「こっち」
そこは士官用の居住区だった。
その中の一つのドアの前に来るとパスワードを入れてロックをはずしドアを開く。

「どうぞ。」
「?」
士官用の部屋は細長い個室だ。中に入ると簡易デスクが置いてある書斎があり、
奥に自分達下士官とあまりかわらない大きさのベットが置いてある。

「誰の部屋?」
「俺の」
ディアッカはパイロットだから1人用個室が与えられるのは不思議じゃない。
だが先日まで拘置室にいたのだから違和感を感じる。だが今の彼女にはどうでもいいことだった。

霞がかかったような思考でミリアリアはぼんやり立っていると
「これ」
ディアッカがガラス板のライトのような置物を差し出した。
「何?」
彼はそれを床において部屋の照明を落とす。
すると逆ピラミッド型のガラス板が青白く淡い光を放ち
囲まれた空間のすぐ上に立体映像が浮かび上がった。

それはなつかしいオーヴを想いだす海中の映像。
小さな泡が不規則に立ち上がり時折熱帯魚が横切った。

「…これ…」
「AAのライブラリで見つけた映像なんだけどオーヴの海みたいだろ?」
力が抜けたように膝をついてミリアリアは映像に目を凝らす。
「これ作ったの?」
「ありあわせの材料だからみてくれは悪いけど、少しは気が紛れるかなって思ってさ。」
ミリアリアはディアッカの照れくさそうな顔をみた。

「つらいなら吐き出さないと自分が壊れるぞ」
彼の言葉が霞んだ思考に染み入るように聞こえた。

どうしようもない喪失感に押しつぶされそうな自分を見つけて追いかけてきてくれた彼。
凍りついていた気持ちが少し解けて言葉が零れる。
「つらい事なんかないわ」
ミリアリアは俯いた。

「トールは戦争に殺されたの。あの人はトールを知ってて殺したわけじゃない。
 あの人を殺してもトールは帰ってこないのよ。」
そういいながらも震える唇を黙って彼は見ていた。
「でも…オーヴが地球軍に落ちて…私達は戦争を終わらせる為に宇宙にあがって
 トールを殺したあの人は私達と同じ艦に乗って…トールはいないのに…
 わかってるけど…」

ディアッカはミリアリアを見つめた。 彼女を捕らえて離さない呪縛は彼女自身だ。
恋人を殺めた相手が悪くないと知っていても、それでも憎む自分が許せないのだ。
涙が出ないのはマズイ状態だと彼は思った。
心に錘を溜め込みすぎて精神を崩壊させる者はこのご時世珍しくない。

彼女がかわいそうで何とかしてやりたいと思った。
「忘れちゃえよ。頭からっぽにしてさ。」
ディアッカの言葉にミリアリアは顔をあげて彼の顔を見つめた。
「考えても答えなんかでないんだ。忘れちゃえよ。」

心を開放する方法をディアッカは1つだけ知っていた。
例えそれが嫌われる事になっても今の彼女を見るよりはマシだと思った。

ディアッカはミリアリアの肩をそっと抱いた。
「俺が楽にしてやる。何にも考えるなよ。」
彼女の身体がこわばるのがわかった。
だがもうとまらない。

ディアッカは怖がらせないように髪にそっとキスをした。
軽く触れるように唇を彼女の額に瞼に頬に落とし

最後に唇にそっとくちづけた。

彼女の瞳が揺れたようにみえたが

青い海を思わせるその瞳はゆっくり閉じられた。



(H15.9.23)
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