Hurt -疵-side-D

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ZAFTのナスカ級戦艦を撃破し進路を拓いた[AA][くさなぎ][エターナル]は
追撃を振り切り体制を立て直すために次の補給先をめざしていた。


激しい戦闘だった為どの艦も装甲の修繕に徹夜作業だ。
少佐が乗っていたストライクは半壊。少佐自身も怪我を負い医療室で安静を言い渡されている。
MSバスターの装甲は多少の破損は認められるものの無事着艦をはたし
ミリアリアは密かに安堵の息をもらした。
しかしモニターに映る彼の表情は出撃前と違い重く悲しみを含んだようにみえる。
ミリアリアは今までと違う雰囲気の彼に戸惑った。
着艦確認を取り、何か声をかけようとする彼女を切り捨てるかのようにモニターは切られた。

仕事は山ほどあったがミリアリアはディアッカの様子が気になり、仕事が手につかない。
ようやく抜け出すと彼女は彼を捜した。
格納庫は整備班が繁忙を極め神経を尖らせて罵声が飛び交っていた。
だがその中に彼はいない。

「あいつなら顔色が真っ青だったから少し休憩にいかせたんだ。
 自軍を沈めちまったんだからな、さすがにあいつも堪えたろうよ。」
バスターの整備で付き合う内に短いながら彼の気のおける同僚となった曹長は気の毒そうに言った。

(そうだ、あの艦はAAをいつも追いかけてきた艦だった。)
ブリッジにいたミリアリアはいつもその艦を苦々しく思っていた。
地球に下りて彼が捕虜になって忘れていたが、
同じように[AA]を追いかけて攻撃してきたバスターに乗る彼が知らない筈がない。

だがそれだけではないような気がした。

人を小ばかにしたような物言いで 軽くていい加減な雰囲気を持つ彼だが、
時折冷静で冷徹な兵士の顔を見せた。
  『死んでいく同僚に捕らわれてたら戦争なんてやっていけない』
自分とかわらない年齢なのにZAFTでの彼は立派な成人だ。
訓練された本物のZAFT軍の兵士
フラガ少佐のように戦闘に私情をはさむのが危険だと知っているのだ。

なら何故 先ほどの彼はあんなに苦しそうな顔をしていたのだろう。

ミリアリアはディアッカの部屋に行く途中にある食堂をのぞいた。
皆がそれぞれの仕事に忙しいこの状態で誰も居る筈がないと思ったが
その気配を感じたのだ。
1人だけぽつんと座る赤いオーヴの作業着が目にはいる。

(いた…)
何かを思い悩むように見える彼に彼女はそっと近づいた。
「ディアッカ…」
声をかけるとそこでようやく彼は彼女に気が付いた。

「あぁ」いたのか、と言わんばかりの気のなさに彼女は言葉をつなぐ事ができない。
何者も受け入れない雰囲気が彼に漂っている気がしてミリアリアは彼の横に立ちどまる。
「あの…」声は宙に消える。
断ち切ったのは彼だった。
「…もう戻らなきゃ…」そう言って自分を切り替えるように彼は席を立った。
「ディアッカ…」
「…わりぃ。1人にしといて。」そう言うと彼は食堂から出て行った。
彼女は彼に拒絶されたように感じ、それはいいようのない寂しさを彼女に与えた。


オーヴ支援先からの補給がデブリ帯のコロニー跡ときまりようやく艦内が落ち着きをみせたのは
戦闘空域から抜け出して半日近く立ってからだった。
[AA]は自動操縦に切り替わりようやくナイトシフトに切り替えられた。
ブリッジも交代で休むことになる。
ミリアリアは先に休憩となった。

シフトがずれこんだせいで仮眠をとる程度の時間だ。
それでも身体を休める時間が取れたことに感謝した。
緊張した戦闘は心も身体も疲弊させていく。

食堂で軽く食事をとり残された食事トレイを見る。
「あの、他の人はもう皆食べに来た?」
厨房の係り員に誰とは言わず聞いてみた。
「あぁ整備班は簡単な弁当にして持ってったよ。徹夜になるからって言ってた。」
(彼も一緒にいるのだろうか…)

ミリアリアはシャワーをあびてようやく一息ついた。
ベットに横になって目を閉じる。
が先ほどの彼の表情が頭から離れず眠る事ができない。
様子を見に行きたいとも思うが
先の食堂での突き放した彼の態度に少なからずショックを受けていたので躊躇っていた。
(また拒絶されたら…)そう思うと彼女は底知れない不安感に襲われる。
ディアッカと身体を合わせてから自分の中に生まれた説明のできない感情を
ミリアリアはもてあましていた。


オーヴで地球軍と交戦となった時
恋人を殺した張本人が目の前に現われ、だんだんと呪う様な殺意が彼女を蝕んでいった。
加えてオーヴが崩壊して、どうしようもない喪失感に心の均衡は崩れ
宇宙に上がるまでどうやって仕事をしたのかミリアリアは覚えていない。

神経の糸は既に焼ききれて仕事をしてる間だけ外界を感知していたように思う。
宇宙に出て、ふと気を緩めると酷い吐き気と眩暈で立っていられなかった。
休憩の度に部屋に戻り薬を飲んでは吐いての繰り返しだった。

苦しくて自ら命を投げてしまおうかと思いつめていたのを救ってくれたのが彼だった。

恋人でもない相手に抱かれ傷を舐めてもらった。
それは彼女の道徳観から外れた行為だった。
しかし均衡を崩した心がそれで癒されたのは事実だ。

抱かれた夜何も考えられず眠りにおちた。
目が覚めた時、リセットスイッチを押して心を取り戻したようにふっきれた自分がいた。

ディアッカはその後も今までと変わりなく、とぼけて皮肉めいた口調で彼女に接していた。
身体を許したからといってミリアリアも態度を変えなかった。


今日の戦闘で彼は変わった。
彼はあきらかに彼女を拒否したのだ。
それが何故なのかは彼女は知らなくてもよかった。
ただ何かに苦しんでるという事が彼女を切なくさせた。
彼を苦しめるものから解いてあげたかった。

自分が救ってもらったように
出来ることなら彼を助けてあげたい。
避けられたとしても何かせずにいられなかった。
意を決意して
彼女は起き上がり彼を捜しにでた。


徹夜の整備班と一緒に修理をしていると思っていた彼女はその中に彼がいないのを確認すると
ディアッカの部屋にやってきた。
ドアを前にきてミリアリアは大きく息を吸った。
教えてもらっていたパスをいれロックをはずした。
軽いエアの音がして中に入ると真っ暗な筈の部屋にほんのり青白い明かりがついていた。
ディアッカが作ったあの立体映像装置の明かりだ。

「何しにきた?」
いつもと違う声音に違う人の部屋にきてしまったかと思った。

薄明かりの元よくよく見てみればディアッカが半裸でタオルをかけたままベットに座っていた。
シャワーをあびてそのままの格好といった彼は食堂でみせた冷たい顔をした男のままだった。
「…あ…の…」
彼女は無表情な彼に怯んだが唇を噛み閉めて彼に向き直った。
「…様子が変だったから心配して きてみたの。」
正直に今の気持ちを伝えた。

彼は彼女を見た。
こんな冷たい目で射抜かれるのは、はじめてだ。
昔読んだ氷の女神に心を凍らされた少年の話をふいに思い出した。

「…戻れ…」「…ぇっ?」
低く艶のある声は冷たく彼女を突き放す。

「何するかわかんないよ…俺」
突き刺すように自分を射抜く彼は敵であった兵士の顔をしている。

だが彼女は彼の力になりたかった。
「…いいよ…ディアッカが楽になれるなら」
彼は彼女に近づく。
覚悟はしたものの異様な妖気を発している気がして思わずあとづさった。

「後悔…するよ…」
ドアに阻まれて彼女は彼ににじり寄られる。

褐色の大きな右手が彼女の細い首をそっと掴んだ。
凍るように冷たい感触が彼女の喉から背筋に突き抜ける。

彼女は決意を固めるように目を瞑る。
「…私がつらい時助けてくれたから…今度は私が助けてあげたい…」
少しづつ締め上げるように手に力がこもる
首を絞められている事に恐怖はなかった。
それよりもここで受け入れられず突き放される方が彼女は怖かった。

力を入れた手が緩み彼女は詰まった息を荒く吐き出した。

「…後悔するなよ…」
彼の深い声に彼女は打ち震えた。

(後悔なんて しない)

彼女は背にしたドアにロックをかけた。



(H15.9.25)


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