浸蝕

-2-


結局彼女はまた泊りの用意をして彼の部屋に行くことになった。
添い寝だけと念を押したものの密着して寝る事になるので
彼女はしょうがなくシャワールームで汗を流す。
下着につける用品だけでは心配なので体内に埋め込み吸い取る機能のものを使う。
異物感があまり好きではないがしょうがない。
(それにこれだったら断る理由になるし)
この状態で襲われる事はないだろうと思っても万が一にも しそうな彼だったので
ミリアリアは予防線を張る意味でそれを使用した。

調子の悪い時のシャワーは余計に体力を消耗する。
けだるい体に鞭うって彼の部屋についた時には鈍い痛みと倦怠感で倒れそうだった。
「ミリアリア遅ーい」
部屋に入るとディアッカは何やらノートに打ち込んでいた。
ミリアリアは反論する気力もなくベットに雪崩こみ横になる。
その様子にさすがのディアッカも振り向いて気遣わしげに聞く。
「大丈夫か?」「あんたが来いって言ったんでしょ。」
調子の悪さをそのまま声にだして彼女は枕につっぷした。
「えーそうだけど。そんなにつらいものなの?アレって。」
「今が一番つらい時なの。」
「プラントでそんなにつらそうな奴あまり見たことないなー」
(なんでアンタが生理中の女の気持ちを知ってるのよ)とつっこみたかったが
気力がついていかなかった。
「人によってつらさが違うの。」

こういう時コーディネーターだから、ナチュラルだからと言わない彼女の事を彼は好ましく思う。
ディアッカはベットに座ってミリアリアの腰をさすった。

「痛いの痛いのとんでけーっ」
ぷっと彼女は吹き出してしまった。
「おかしい?」意外そうに彼が聞く。
「子供の頃お母さんにやってもらった。どこにでもある習慣なのねー」
「俺は世話係りのねえちゃんにやってもらったよ」
彼が自分の家の事を話すのははじめてだったので彼女は興味を示す。
「世話係り?お手伝いさんってこと?」 「お手伝いさんてのは他にいるよ。
 世話係りは主に俺の健康管理とか教育とかみるやつ」
彼女はそれを聞いてびっくりした。
そんなに使用人がいる家などオーヴでは貴族かよほどの金持ちだ。
「どんな家よ…ディアッカんちってお金持ち?」

「俺は父方のじーさんちで育ったんだ。両親は別居してたからね。
 じーさんは…まあ金持ちだったよ。」
「だったよ?」過去形なのでミリアリアはその部分を繰り返した。
「俺がアカデミー入ったあと死んじまった。今から2年くらい前かな」
「そう…」
悪い事を聞いたとすまなそうに言うミリアリアはまた枕につっぷする。
ディアッカは横になって彼女の腰を労わる様にさすりながら話す。
「ナチュラルは自然交配で自然分娩なんでしょ?」
まるで実験生物の話をするかのような口ぶりに彼女は怪訝な顔をして見た。
構わず彼は続ける。
「俺のじーさんはナチュラルに回帰するべきだって言ってた。」
「回帰?」「そう、このままいってもプラントに未来はないってね」
彼女は彼に昨日聞いたプラントの出生率低下の話を思い出した。
「ナチュラルとの調和をめざしてナチュラルの自然のままの遺伝子を取り入れて。
 つまりナチュラルと交われってことなんだけどさ。周りの反発がすごいからこっそり活動してた。」
彼は一呼吸おく。
「で、多分殺されたんだ。」
さらっと言う彼は特に悲しみも何も浮かべていない。まるで小説か映画の話をするようだった。
「プラントではナチュラルとの交配合は純粋なコーディネーターをいずれ絶滅に追い込む事になるから
 禁忌視されてる。だから消された。
 じーさんは、より優秀な子孫を望んで遺伝子操作した初期の年代なくせに
 ナチュラル回帰とは矛盾してるよな。」
言い方の軽さに聞き流してしまいそうだが、言っている事は深刻な話題だ。
ミリアリアは言葉がでなかった。
「俺の両親は2人ともプラントでは役職についてるし、その考え方には昔から反対してた。
 俺もそう思ってた。迫害されてプラントを創ったコーディネーターがナチュラルに戻るなんて…ってね。」
いつも小ばかにした、ふざけた調子の彼がめずらしく真剣な顔をして言う。
「でも、ここにきて ナチュラルはコーディネーターとかわらない人間だってのがわかった。
 地球を、ナチュラルを滅ぼしても プラントの未来が開けるわけじゃない。」
ディアッカの菫色の瞳が揺れたように見える。
「同じ人間同士殺しあうなんておかしいよな…」

それはミリアリアが以前呟いた言葉と同じ。
まだディアッカが捕虜として拘禁されていた時
トールが何故戦争の犠牲にされてしまったのかと
いたたまれない想いで紡いだ言葉だった。

ミリアリアはディアッカに身体を寄せ、腕を背中にまわした。
悲しい気分をなだめるようにトントンと背中を叩いた。

「早く終わるといいね、戦争」ミリアリアは心からそう思った。

2人はしばらく静かに寄り添った。

悲しい気分を吹き飛ばすように
明るい声でディアッカは話題を変えた。

「『クサナギ』でストライク型のMS作ってるって知ってる?」
「え?そうなの?」
「誰が乗るのか?」
「誰?」と聞いて顔が浮かんだ。あのオーブのお姫様。
「じゃじゃ馬姫」「やっぱり…でもキサカさんやキラは反対するんじゃないの?」
「キラとアスランには内緒にしてあるらしいよ。反対されるからって」
「アスランさんも?」

キラと双子らしいという事はもう公然の秘密で皆に知れ渡っている。
キラが何故L4で人工子宮から生まれたかなどの経緯はわかっていないが。

だがアスランが反対するのは何故だろう。彼女の疑問を読むように彼は続けて言った。
「アスランはカガリと仲いいらしいよ。もちろんいろんな意味で」ニヤリと彼は意味含め笑う。
「アスラン嫌いの仲間がいたんだけど そいつに教えてやりたいよ」
くっくっくと笑いをかみ殺す。よほど楽しい事なのだろう。

「ふーん、それでディアッカが技術協力で呼ばれたの?」
「くっく…そうOSはキラがおっさん、じゃなくてフラガが
 ストライク乗る時修正したものをベースにしてるらしいけど、実際乗るとなるとね。
 M1と違ってストライクは起動性能がいいからね。その辺の修正が俺に回ってきたわけ。」

「ホントはキラとアスランがやるのが一番いいと思うんだけどカガリがあいつらに反対されるからって  
俺を指名してきたんだってさ。
 明日ジャンク屋も来るから補充パーツと備品、あとバスターの装甲改修とか色々。
 だから2、3日『クサナギ』泊り込みになるだろな。」
「なんだ2、3日なの?さっきの言い方だと2、3週間なのかと思った。」
「俺にとっては2、3日でも長いよー。ミリアリアに会えないのは。」
しゃらっと恥ずかしい事をよく言えるもんだ、と赤くなる顔を隠してミリアリアは枕にまた顔を埋める。

ディアッカはしばらく枕に埋まる赤くなったミリアリアをながめて
「あっそうだ。」思いだしたように言い出した。
「『クサナギ』にいる女と俺がSEXしたらミリアリアはイヤだと思う?」
「!?」ミリアリアはその言葉にまたも絶句する。
彼の顔を見て思いっきり眉を顰めた。

その顔をみてディアッカは変な質問の言い訳をする。
「プラントでもそういうのイヤだって気にする女はいるから一応聞いとこうと思って。」

言ってる意味が混乱してわからなくなったのでミリアリアはゆっくり整理して考えた。
(つまり ディアッカはクサナギで女の子とSEXする。それがイヤかと聞いている。)
彼女としては正直それはイヤだと思う。だが彼と自分はつきあってる訳ではない。
自分が彼を束縛する権利はないのだ。

彼女は言葉を選んで慎重に話した。
「ディアッカが他の女の子とSEXしても、それは自由だから私に止める権利はないわ。
 でも、他の女の子とSEXしたら私はディアッカと…もう…出来ないと思う。」
あえて自分がイヤなのだという事は省いた。それは言ってはいけない気がした。

「…ふーん、じゃあやっぱやめとこ」
「やめとこって…?」
「『クサナギ』のクルーで俺にアプローチかけてくる女がいるんだ。
 多分明日行って俺が受けいれればそういう関係にもなると思う。」
ミリアリアはよく回線をつないで欲しいと依頼してくる自分より少し年上の美人の女子作業員を思い出す。

「でも、それでミリアリアを抱く事ができなくなるなら我慢する。」
「我慢って何よ。」
「そりゃ据え膳食わねばって地球の東洋の言葉があるんだけどね。俺のモットーは来る者拒まずだからね。
 でもミリアリアとのSEXが一番だからなー」

「何それ」何か自分が軽く扱われているようで彼女は憮然と言った。
彼は深く考えることもなく答える。
「んーなんでだろ。よくわかんないけど、なんか一番大事だって思うんだ。ミリアリアの事が。」

聞いて、しまったと彼女は思った。踏み込んで聞けばそれは墓穴を掘る事になると頭の中で警鐘がなる。
彼女は血が頭に急騰するのがわかった。今の自分は耳まで真っ赤だろう。

赤い彼女を見て彼はおもしろそうに言う。
「別にその位に思っててもいいでしょ?」
彼が耳朶に甘噛みすると枕につっぷした状態で彼女はくぐもった声で言った。
「そういうこと言わないで…困る」彼女の返答に察したのか彼はやさしく髪にキスをする。
「それでミリアリアに俺の事一番に想ってくれって言うわけじゃないよ。
 ミリアリアがトールを好きなの知ってるし。俺はこうしていられればそれでいいんだ。」

彼は彼女の身体に腕をまわし優しく抱きしめた。
そうして彼女の赤い顔が自分の方にむくと額に頬にキスを落とす。
「だからこうやって続いてる。」

へんな男だ と彼女は思った。彼の恋愛価値観は自分と違う。
もし自分が彼の立場だったらきっと相手の全てを欲しいと思うだろう
そう考えて彼女は全てを要求されては困るという自分が恥ずかしくなった。
(自分はこんな都合のいい状態に甘えてて私の方がずるい)
彼は彼女の葛藤を知ってか知らずかやさしく触れるだけのキスを繰り返す。

「まあミリアリアがトール以外の男の事好きになって
 そいつとSEXするようになったらちょっと嫌だけどね。」
(そんな事ありえないよ)
彼女は彼の抱擁に身を委ねる。
優しく全てを受け止めてくれるこの腕を自ら手放すとは思えなかった。







end.

(H15.9.30)

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