Afterward -その後-


-11-


闇に宝石を散りばめた灯かりがどんどん遠くに小さくなっていく。
長いシャフトを最高速で上っていくエレベーターが故障してしまえばいいと
ディアッカは切に願った。
傍らに身体を預けるミリアリアがいる。

眩暈をおこした彼女はしばらくして体をおこし
もう一度ちゃんと見たいとユニウス7のブースに行った。
今度はゆっくり目をそらさず。行った事を心に刻み付けるかのように。
彼は先ほどまで彼女を心配していた自分が恥ずかしくなった。
支える手を必要とせず彼女はしっかり目の前の事実と立ち向かう。

――強い。
その強さに惹かれた。ひ弱で脆い筈のナチュラルの女。
本当はずっとずっと強くてやさしい。

ディアッカでさえ長い時間そこにいるのはいたたまれなくなる場所に
彼女は自らの罪を償うかのようにずっといた。
「そろそろ行こう」
彼の言葉に頷き外にでて海の見えるベンチに座って寄り添った。
日が暮れるまで、海をみていた。

(ずっとこのままいたい)

夕闇に別れを告げるように目を瞑って彼女は言った。
「申請してきた時間に帰らないと。」

彼は色々な理由をつけて引き伸ばした。

AAの皆にお土産でも買っていこう。
そうだオーヴのミリアリアの家族にも友達にもお土産買わなきゃ。
夕食につきあって。
荷物とりに戻らなきゃ。
拗ねたように甘えて言えば、溜息をつき困った顔をしながら
つきあってくれる。
だけどそれも尽きて。

エレベーターは彼の願いを受け入れず
もうすぐ最上階に着くことを知らせるランプが点滅した。



申請した時間は当の昔に過ぎて
深夜に近いドッキングベイに『アークエンジェル』と『クサナギ』が並んでいる。
明日になれば2艦は軍事ステーションに移動し最終補給を受ける。
地球へ出発する日はもう迫っていた。

たくさんの荷物を置いて彼女は通信ブースでAAのブリッジを呼び出す。
「…はいブリッジ…ミリィ?」
眠そうな表情でモニターに映ったのはサイだった。
「ただいま。ハッチ開けてもらえる?」
「わかった。今開ける。…あいつは?」
「あいつってディアッカ?ここにいるわ。変わる?」
「…いや、いいんだ。」
「サイ」
「なに?」
「悪いんだけど迎えにきてくれる?」
「え?」
ミリアリアは別れ際にサイをひっぱりだした。
「ディアッカがお土産とか色々買ってくれて皆の分あるんだけど持ちきれないの。」
(きっと泣いてしまう)

困惑した顔のサイに
「お願い」とミリアリアがもう一度頼む。
「わかった。今行くよ。」
ディアッカはブースの外で壁によりかかって聞いていた。

「俺が中まで運んでやるよ。」
「関係者以外立ち入り禁止よ。」
突き放した言い方にディアッカは苦笑した。

AAでのミリアリアがいる。
そっけなくて冷たいふりして。その実思いやりと気遣いに心を砕く。
2人だけの時のとまどいながら自分を受け入れた彼女は仮面の下に隠れていく。
多分もう2度と表に出す事はないのだ。
「関係者以外…ね」
ディアッカは自分がAAをおりてしまった事を寂しく思う。
何かに固執するのは自分らしくないと知っている。
(わかっているけど)

「ミリィ、ディアッカ」
サイがハッチから出てくる。
ミリアリアにザフトの制服を渡して欲しいと頼んで快く引き受けてくれたモト同僚。
――『頑張れよ』そう言ってくれたっけ

ディアッカの顔とミリィの顔を交互に見てサイは複雑な顔をする。
「荷物って」
「あっごめんね これ」
「うわっずいぶん買ったね」わざとなのかおどけてサイは言う。
「じゃ中にもってっとくよ」そう言って荷物を持って中に入るのを
ミリアリアも追うように続く。
片手をあげて「じゃあね」

「待って」

ディアッカが腕を掴み引き寄せて抱きしめた。
サイが気がつかない振りして逃げるように中に入る。

「離して…もう行かなきゃ」
「いやだ」
「…ディアッカ」
「いやだ」
それ以上彼は言わなかった。

気の利いた言葉がミリアリアには言えない。
上辺だけの言葉なんてすぐ見透かされてしまう。

もっと一緒にいて
離れたくない
ずっとそばにいて…
本当に言いたい言葉を子供みたいに甘えて言えば
彼女はまた溜息をついていつものように
「ちょっとだけだからね」といってくれるかもしれない。

でも もっとつらくなる。彼女を苦しめるだけだ。それでも
――俺の前からいなくなるな

抱きしめる腕を緩める事ができない…そう思っていたのに。

ミリアリアの腕が彼の背中に回され力がこもるのがわかった。

「ありがとう」

ミリアリアは掠れた声で言った。

「ディアッカに出会えてよかった。」

催眠術にかかったように腕の力は解けてしまう。

彼は彼女を見つめた。
青い瞳はどこまでも透き通る海の色。
波がさらうように揺らいで見える。

「さよなら」

解き放たれたミリアリアは踵を返しハッチの中に走っていってしまった。
ディアッカはその背中を黙って見送る。
足が凍り付いて動く事ができなかった。
――ありがとう
――出会えてよかった

追いかけたくても彼女の最後の言葉が冷たく突き刺さる。
――さよなら

想いは宙に浮いてそのまま彼を真空の闇に葬っていく。
その姿が見えなくなりハッチが閉まっても
ずっと彼女の姿を見えなくなった空間に映し続けた。



(H15.10.30)

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