Afterward -その後-
-12-
AAの中でミリアリアは艦内の廊下をふらふらと歩く。
ミリアリアは入ってすぐ
「中にはいりました。ハッチ閉めてください」
内線に向かって気丈に言った。
まさかすぐに中に入ってくると思わなかったサイは
荷物を持ちあとからついて歩いた。
下士官住居区に入り思い切って聞いてみる。
「ミリィ ディアッカとちゃんと話せた?」
ミリアリアの目が赤かった。今にも泣き出しそうだ。
「なにを?」
「なにって…これからの事とか」
「話したよ。自分の気持ち正直に伝えた。」
「そう…ならいいんだけど」
ミリアリアの瞳から今にも涙が零れそうなので
サイはそれ以上聞けなかった。
「今日はもう疲れちゃった。もう寝るね。荷物ありがとう。おやすみ」
部屋の前まで来て彼女はそういうと中に入った。
部屋に入ってミリアリアはベットに倒れ込む。
(まだ泣いちゃ駄目。プラントからでるまで…)
そう思っても喉の奥が焼きついて息ができない。
涙は溢れてまわりが水の底から水面を見ているようだった。
(本当に水の中に沈んでしまえたらいいのに…)
目を瞑れば彼の悲しい顔が浮かぶ。
ミリアリアは枕につっぷして嗚咽を押し殺した。
AAの外にまだディアッカはいた。
壁にもたれ座り込んでいる彼のそばに
誰かが近寄ってくる。
見上げると超人的な能力を秘めているとは思えないあどけない顔のフリーダムのパイロット。
黒い髪に同じ目の色をした華奢な体つきのお人よし。
「…キラ」
「ディアッカ ミリィと話できた?」
ディアッカは黙って俯いた。
「覗き見してたわけじゃないんだけど。クサナギのブリッジから見えたから。」
黙りこくるディアッカにキラは言葉を続ける。
「その…ミリィは僕の親友の恋人だったから。」
彼は見上げてキラの顔をみた。
「幸せになって欲しいんだ。」
気遣わしげに様子を伺うキラに
「俺じゃ幸せにしてやれないんだ」
口の端をあげて皮肉屋の顔をディアッカはしてみせた。
「じゃあな」
重い腰を上げて彼は立ち上がる。
「ディアッカ」
「サンキュ 心配してもらって。サイにもよろしく言っといて」
そういって何事もなかったように歩き出した。
ふわふわと宙を浮いている心を呼び戻すのを悟られないように
虚勢を張って。
シャフト内のエレベーターでアプリリウス市内に戻る頃に
彼はだいぶ自分を醒めた目で見れるようになった。
軍にいた頃の残忍なコーディネーターに戻るだけだ。
彼女の前では見せたくなかった血の通わない殺戮に高揚を覚えた頃の自分。
(じゃないと自分を保てない。)
ぱっくり開いた傷からも流れ出た血は自然に止まるものだ。
例え傷が開ききったままだとしても。
自分の部屋に戻ろうとエレベータ前で指紋照合するとチェックランプがついた。
誰か先に人が入るとつくように設定してあるそれを見てディアッカは口の端をあげる
(どいつもこいつもおせっかいめ)
彼の部屋に彼以外の人間が入れるようにしてあるのは1人だけだ。
エレベーターで部屋に入り通路を抜けてリビングに入る。
ソファにどっかりと主のように座る銀色の髪がゆらりと動くのが見えた。
怜悧な顔立ちにハスに入った傷が薄暗い照明に照らし出され
彼の美貌をよけい幻想的にみせる。
――イザーク・ジュール 今のディアッカにとってプラントで唯一気を許せる友人。
「来てたんだ」
「1人か…?」
「振られた」
「ふん。」
鼻で笑われる。
「ナチュラルなんぞに入れ込むからだ。」
「悪かったな」
上着を脱ぎ捨てカウンターからビンを取り出し
砕いた氷が入ったグラスにごぼごぼ注ぎ込む。
スツールに腰掛けソファに座るイザークに向かいあった。
「飲むか?」
もう飲んでると銀の王子がだるそうにグラスを揺らせてみせる。
ディアッカとイザークは子供の頃からのつきあいだ。お互いの空気を読むのも造作ない。
全て語らずとも察してくれるからこそこうしていられる。
イザークなりにディアッカの事を心配して来てくれたのだとは思うが
今夜は同情されるのもわずらわしいだけだ。
口調にたっぷりと皮肉を込めて言い放つ。
「振られ男を冷かしに来たのか?」
ディアッカの様子にイザークは目線をそらす。
からかうには機嫌が悪すぎると思ったのだろう。
今日来たもう1つの用件を話した。
「母上が今日釈放されて家に戻った。」
「よかったな」
「お前には世話になった」
「俺の力じゃない」
「お前が脅さなきゃ動かなかった」
イザークの母親は今回の地球軍殲滅作戦の指揮をとっていた。
いわば戦犯にあたるわけだが無理やりに従わされたと捏造して釈放になった。
最高評議委員会の1議員の根回しによって。
「蛇女はエザリア・ジュールを利用した。ツケを払わしただけさ」
――蛇女 ディアッカは自分の母親をそう呼ぶ
イザークは大きく仰いで笑う。
「お前が生きて戻って一番喜んだのはその蛇女だろう」
「欲しいのは精子だけさ。跡継ぎの血が欲しいだけだ。」
「嫌な家に生まれたな」
面白がるようにイザークは言った。
イザークの端整な顔立ちは冷たい笑いを気持ちよいほど美しく映えさせる。
「パトリック・ザラの腹心だったのに見事な変わり身の早さだった。
お前の母親に母上は、はめられた。」
ディアッカはからかうように返す。
「ジュール隊長 この部屋は盗聴されてる、筒抜けだ」
「お前の母親には感謝してるさ。母上はお咎めなしだ」
イザークはグラスに口をつけテーブルに置いた。
「つまみが欲しいな」
「ヴィターでよければあるよ」
「もらう」
冷蔵庫をあけて箱をとりだしグラスと一緒にテーブルに乱暴に置いて
ディアッカはソファに身を投げ入れた。
「はあーっ!」
イザークが箱を取り、中の1枚を口に放り込む。
「お前に落ち込む感情があるなんて思わなかった」
「俺だって落ち込むさ」
横になってるディアッカの頬に銀糸の髪がかかった。
ヴィターチョコの味がディアッカの咥内に広がる。
「ふざける気分じゃないんだ。」
やんわりとヴィスクドールの顔を手で避ける。
「ふん?前はお前から仕掛けてきたがな」
「そんな気分になれない。」
「それだけナチュラルの女に本気だったわけだ」
イザークの言葉に憮然と答える。
「悪いか」
「じゃあなぜ手離す」
「振られたのはこっちだ」
「それで?」
イザークは冷笑を浮かべ言った。
「相手がどう思おうと自分が嫌だったら離さなければいい。」
(強気なイザークらしい考え方だ。)
ディアッカは口の端をあげて苦笑した。
「今回ばかりは簡単にいかない。好き勝手に動くとヤバイんだ」
ディアッカが起き上がって憎憎しげに言う。
「蛇女には親父も敵わない。いいなりだ。俺も。」
「盗聴されてるんだろう?」
「どう思ってるかなんて知ってるさ。知ってて泳がされてる」
グラスの中の液体を飲み干し氷をかじった。
ディアッカを縛る本当の黒幕の力をイザークも知っている。
今回の戦争の裏舞台に暗躍した事でその怖さも十分わかっていた。
――だが権力に屈するような奴じゃなかった。
イザークにはディアッカらしからぬ守りに入った態度が気に入らなかった。
「何を弱気になってる」
イザークのいらだだしい言葉にディアッカは不意をつかれる。
(弱気?)
お互い官僚の息子だと周りに疎まれ
人と一線を置く共通点がありそれが親近感を生んでつきあってきた。
多分他の誰よりも性格を把握しあってる。
お互い遠慮なしにもの言える存在。
「お前らしくない。」
ディアッカは苦笑した。
黙って立ち上がって自分とイザークの空のグラスを持ちカウンターに置く。
「血の繋がりは争えない。」
イザークの話しを聞き流しながら冷凍庫から氷を取りだしアイスピックで砕く。
「何がいいたい」
「お前は本当は母親とそっくりだってことだ。」
ディアッカはイザークを睨んだ。
一番いわれたくない言葉。憎むべき血の拘束。
「お前程、敵になったら怖い相手はいない。昔はそうだった。」
イザークも立ち上がりディアッカの側にあるスツールに座りなおす。
「計算高くて勝算が低いと無駄に動かず
相手が油断したところで最小限の力で容赦なく叩く」
「買いかぶりだ」
口の端をあげてかわそうとする。
「軍に入ってお前は腰抜けになった。」
イザークの薄い唇から辛辣な言葉は続く。
「仲間内で競り合いになるとわざと負ける。」
氷を砕く手を止めた。
「手抜きだと思われない程度に手を抜く。勝てそうになければ譲る。」
イザークは青い瞳をディアッカに向ける。
「お前の悪いところだ」
「なにが」
「たまには本気になれ」
白い照明が青白い肌をよけい無機質にみせ、瞳の色をより深く見せる。
吸い込まれそうな海の色。ミリアリアと同じ。
抱き寄せる手を拒まれるのが怖かった。
本当に好きになったから。
嫌われたくなかったから。
――約束はしたくない
彼女の想い通りにしてやりたかった。
一緒にいれば傷つけるから
そう言い聞かせた。
――違う。
彼女の心を捕らえるアイツに
負けるのがいやだった。
忘れなくていいなんて嘘だ。
彼女の一番になりたい。いつだってごまかした。
家に縛られてるなんていいわけだ。
「どんな手を使っても欲しいものは手に入れてきた。そういう奴だろう?お前は」
イザークと目線が絡む。
不敵な笑いを交わす。
血は争えない。
彼は自分の母親の汚いやり口を思い出す。
いつももう一人の自分が抜け目なく勝つ算段を企ててる。
そんな自分が嫌いだった。だが
――そうだ。欲しい物は手に入れてやる。奴らと同じように。
ディアッカはアイスピックを投げた。
天井からつりさげられた吊り照明のワイヤが切れて照明が大きな音をたてて落ち砕けた。
イザークが眉を顰める。
「監視カメラを落としただけだ。」
ディアッカがニヤリと笑って落ちた照明についていたチップ状の機械を見せた。
「サンキュ イザーク」
「なんだ」
「目が覚めた」
彼女は整理する時間が欲しいといった。くれてやる。いつまでだって。
そして 時間がかかっても忘れさせてやる。
阻む奴は全部排除してやる。
たとえそれがどんなに大きな力をもつ者だとしても。
どんな汚い手を使っても 必ず彼女を手にいれる。
ミリアリアはディアッカを好きだといった。
――なら――諦める必要なんかない。
(H15.10.31)
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