Afterward -その後-
-13-
翌朝『AA』と『クサナギ』はアプリリウス1を出港、
最終補給を受けに軍事ステーションへ移動した。
朝1番のミーティングで今後の予定が詳しく読み上げられる中
ミリアリアの姿はなかった。
主管制の通信席にサイが夜勤あけにもかかわらずまだ座ってこそこそ話していた。
相手は『クサナギ』にいるキラ
「それでミリィは今どうしてるの?」
「医務室で寝てる。過労からの熱だろうって。」
「そっか明日までに直るといいんだけど。」
昨夜遅くに帰ってきたミリアリアは目を赤くして部屋にすぐひっこんでしまった。
サイは急いでブリッジに戻り留守番を頼んでいた上司に軽く理由を話し、
外にまだいるディアッカのところへ行こうとしたのだが。
ブリッジから再度覗くとキラが出てきたのを見つけ
自分まで駆けつけては彼に失礼な気もしてとりあえず様子をみることにした。
キラと少し話していたディアッカはのろのろと立ち上がり帰っていく。
それを見てサイは追いかけるのを断念したわけだが
2人の様子から話し合いが別れ話に近い事は薄々感じられた。
通信ブースに急いでコールして近くにいたキラを捕まえ、
AAでのミリアリアの様子を伝えどうしたものかと話していたのが深夜。
とりあえず軍事ステーションに移動してから考えようと言っているところに
朝、ミリアリアが熱を出して医務室に担ぎ込まれた。
食堂に行く途中で倒れていたらしい。
熱はさほど高くないものの、睡眠障害と軽い栄養失調になっているようだと軍医は言った。
軍事ステーションに1時間ほどして2艦は入港した。
早くディアッカに連絡をと思っていたサイだが
先の戦闘で余計人手不足の艦では余裕がある筈がなく
最終補給の為の雑務に追われようやく手があいたのは
夕方近くだった。
アプリリウス1にいるディアッカに連絡をとろうにも直接繋がる事はなく
メールをいれたりコールバックを頼んでおく位しかできなかった。
シフト明けでカガリとキラが見舞いにやってきたので
アスランやラクスに捜してもらおうと連絡をとってもらったのだが
向こうは向こうで色々と駆けずり回っているらしく
結局ディアッカにミリアリアが倒れた事が伝わるのは明日以降になりそうだと
キラとサイは溜息をついた。
「ディアッカとミリィってそういう仲だったのか?」
今更ながら鈍いカガリが的外れな事を聞いてくる。
毎日一緒に仕事をしているのであまり気にしなかったが
様子を見舞い行くとミリアリアはあの時のように傷悴してみえた。
睡眠障害と栄養失調。つまり眠れなくて食べれないという事で
――トールが死んだ時みたいだ。サイは思った。
あの時は自分もフレイもAAの皆がトールとキラの死を悼んで泣いた。
一番泣いたのはミリアリアだったが。
ディアッカがやってきたのはトールと入れ違いだ。
まるで運命の神様がミリィの為に引き合わせたようだと
サイがディアッカに言った事がある。
ZAFT軍から中立オーヴの戦闘に突然加勢したディアッカの
ミリアリアに対する態度は
宇宙に上がってから誰が見ても特別な感情をもって接しているようにしか見えなくて
影ながら応援していた。
ミリアリアはサイにとって仲間で友達で親友の恋人だった。
フレイの事でキラと気まずくなった時もトールと一緒に気遣ってくれた。
少佐が身を挺してAAを庇って消えてしまった時も――艦長を
フレイが脱出ポットに乗ったまま消えてしまった時も――サイを
一番泣きたいだろうと思われる人のそばでさりげなく仕事をカバーしたり
休ませるようにしていた。
キラの事を心配して戻ってきた様子を『クサナギ』に問い合わせていたり。
人の心配ばかりしていた。トールが死んだとき以外はいつも。
傍目には普通に仕事をこなしていたが
アスランの前で体を強張らせる。
それにサイが気づいたのは何気なくディアッカがアスランとの間に庇うように入ったからだった。
ミリアリアのリハビリ候補にあげられたディアッカはそんなに悪い奴じゃなかった。
ちょっと変わっていてちゃらちゃらしてる感じがするが
ミリアリアに対する態度はいい加減に見えない。
むしろ真剣な位で。
停戦となって未来に明るい希望がみえだして
サイとキラはこのままミリアリアがトールの死を乗り越えて
新しい相手と前に踏み出す事を願った。
ミリアリアの性格からしたらトールの事を
そう簡単に忘れる事はできないと思っていたが、
ディアッカは思い出ごと包み込んでやる勢いでミリアリアを好いてるように見えた。
――幸せになって欲しい。
屈託のない笑顔でミリィを抱きしめていたトールの為にも。
医務室で点滴をうっているミリアリアは今は薬で静かに眠っていた。
サイとキラは静かに寝顔を見ていたが
カガリが
女の子の寝顔を彼氏でもないのにそんなに見てるのは変だ!というので
部屋の外に追い出された。
がさつにドアを開け閉めしたので結構な物音がして
ミリアリアは目を覚ました。
涙に浮かんでいる青い瞳はしっとりと濡れていて
恋をしている少女の眼だとカガリは思う。
「カガリさん?」
「さんはいらないって言ってるだろ」
「どうして…あれ…」
自分がどこにいるのかわかっていない風のミリアリアに
カガリが今朝倒れて今まで寝かされていたと教えた。
「忙しい時なのにまた皆に迷惑かけちゃった…」
そう自分を責めるミリアリアに
「そう思うなら身体やすめて早くよくなれよ」
カガリなりの言葉で励ました。
「出航準備は順調だから明後日地球に出発だ。
明日ラクス達が歓送会を開くそうだからそれまでに熱さげろよ。」
「…歓送会」
「我々は非公式訪問だから大掛かりにはできないけど
この軍事ステーションのホールでラクスが歌ってくれるらしいよ」
「ラクスさんの歌…聞きたいな…」
そういいながらもミリアリアの顔が曇る。
(多分彼もくる。顔をもう会わせたくない)
「ミリィ」
「ん?」
「その…ディアッカとミリィってつきあってたのか?」
ストレートな物言いがカガリのいいところであるが、今のミリアリアにはきつい。
じっと見るカガリの金褐色の瞳に心の内を見透かされそうで
ミリアリアは瞳を瞑った。
しかし多分答えるまでカガリは待っていそうなので
ミリアリアはなるべく感情が外にでないよう努めて話しはじめた。
「つきあっていたかわからないけど。戦争していたし。多分恋愛に近い感情をもってた。」
難しい例えだったがそれが今のミリアリアに一番近い言い表し方だった。
「好きってこと?」
カガリにかかれば簡単に分類されてしまう。
「それに近いと思う。でもはっきりそういいきれなかったの」
カガリが不満げな息を吐くのが聞こえた。
「私はその…はっきりしないのが苦手で…それがすごく無神経だと言われるんだけど」
含むような言い回しにミリアリアは目を開けて彼女を見る。
言いにくそうにでも言わずにいられないようにカガリはその名前を口にした。
「やっぱりトールの事がひっかかってるのかな」
(本当にストレートよね)
ミリアリアは苦笑した。キラと双子らしい彼女はまったくキラと正反対で。
だけどそのまっすぐな性格がミリアリアにとって本音を吐き出すきっかけをくれた。
「トールは大切な人だったの。本当に大好きで…私達を守ろうとして死んでしまったけど。
だから自分の中でトールと同じようにディアッカの事が大きくなってくのがつらいの」
「でもトールって奴はきっとミリィが幸せになってくれた方が嬉しいと思うよ」
カガリは納得いかないといった感じで畳み掛けるように言う。
ミリアリアは微笑んだ。
「わかってるよ。トールはきっとそう言う。そういう人だった。でも」
ミリアリアの青い瞳が揺らいでみえる。
「カガリは…もし…アスランさんが自分を守って死んじゃったら。
その後にすぐ現れた人がやさしくて好きかもしれないと思ったとして。
すぐアスランさんを 『想い出』にする事ができる?」
カガリは言葉を失った。
自分に置き換えてみればミリアリアの気持ちがよくわかった。
ジェネシス破壊の時、アスランが自分を置いて自爆しそうになったその時の気持ちは
身を切られるよりつらかった。
引き止めて駄目だったら自分も一緒に逝ってしまおうと思い詰めて
追いかけた。
結果2人共助かってどんなに嬉しかったか。キラを助けに2人で捜して。
本当にアスランが生きていてくれてキラも一緒に帰ってこれて幸せだった。
そのアスランがもし死んでいたら…
目の前から永遠に消えてしまったらなんて考えられない。
自分が落ちていく闇はきっと底知れない。
――考えもしなかった。
「ごめん。」カガリは浮かんだ言葉を口にした。
「そんな…あやまらないで」
「私は無神経な事言った。」
「心配してくれてありがとう」
ミリアリアの気遣いがよけい痛かった。
「トールが死んだ事は…戦争だったって。だいぶ落ち着いて考えられるようになった。
でもまだ踏み越えて生きていくって事に実感わかない。
このままじゃいけないと思ってる。でももう少しトールの事考えていたい。
時間が欲しいの。地球に帰ってトールの両親に会って。
学校にももう一度通って。 トールと過ごした時間をもう一度思い出して。
それから考えたい。色々。これからどうするか。」
天井を仰いだミリアリアはその青い瞳で誰かを映し出してみているようだった。
「ディアッカの事はすごく好き。でも私はまだトールを忘れたくない。
ディアッカのおうちはすごく彼を必要としてプラントから出れないと言っていたし。
私は地球に帰って両親に会いたい。トールの死んだ場所にも行きたい。」
言葉を自分でひとつひとつ確認するようにゆっくりとミリアリアは言った。
「トールを思い出にするまで どの位時間がかかるかわからない。
停戦になってディアッカと離れる機会を神様が与えてくれたって思った。
彼は待つって言ってくれたけど。
約束はしない方がいい。
約束すればきっと 捕らわれる。
きっと彼の負担になる。」
――前をむいて選んだ道。
別れてもそれが彼の為になると思えばつらくない。
カガリはミリアリアの青い瞳に魅入られた。
先ほどまでの揺らいだ弱さはなく意思の強い光。
(強いな)なぜかそう思った。
「ありがとう 聞いてくれて。
カガリに話したらすごく楽になった。
言葉にしたら自分の中でやっと覚悟ができた気がする。」
そうやって笑ったミリアリアは可憐な白い花のようだった。
(あいつが惚れるのもわかる)
カガリは寝ているミリアリアを抱きしめた。
「カガリ?」
「お前は私達と一緒に戦ってきた仲間だ!お前とはずっと友達だからな!」
「…うん」
ミリアリアはカガリが突然何をいいだすのか不思議に思った。
しかし本音を聞いてくれたカガリが友達だと言ってくれた事が嬉しい。
――カガリだって沢山仲間を失って辛かったはずだ。お父さんだって亡くなって。
それなのに気遣ってくれる。
やさしい気持ちが伝わってきた。
「ありがとうカガリ」
(H15.10.31)
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