Afterward -その後-


-7-


――自分達の未来が交錯する事はない

最高評議会ビルをでて、2人はエレカに乗りこみディアッカは行き先を入力する。
黙りこむミリアリアにディアッカが覗き込んだ。
「ひっぱりまわしたから、疲れた?」

あの、へこたれた顔で甘えるように言う。
ミリアリアは横目でちらっとみて
「別に」
つい、冷たく言い放ってしまった。
ディアッカは首をすくめて顔を前に戻す。

(また、冷たく言っちゃった…)
彼に対する気持ちと感謝の気持ちとを伝える為に今日はここにいるのだ。
地球に戻ればもう会わない。
残り僅かになる2人だけの時間を大事にしようと思っていたミリアリアにとって
プラントでのディアッカは遠い存在な気がして、
自分がここにいる事がいたたまれなくなっていた。

だが今横にいるのは自分が知っているいつもの彼だ。
彼の優しさがよけい彼女の心に揺さぶりをかける。
(素直になろうって決めたのに…)

エレカは元来た道を戻っていくように走る。
前方には夜の闇の中、遠くに自分達が降りてきたシャフトエレベーターが
微かに光をはじいてその存在を浮き上がらせていた。
「また戻るの?」
「今日泊まるところが途中にあるんだ」

しばらくしてまた警備ゲートの前で停まった。
今度は警備員もいない無人のゲートだ。
監視カメラに向かってディアッカが面倒臭そうに手を上げ合図する。
どこかでモニターしているのだろう、程なくゲートは開く。

ゲート内にある高層ビルの前にエレカは止まった。
殺風景な概観に、てっきり泊まるホテルに連れて行かれると思っていたミリアリアは
不安そうにそのビルを見上げる。
「ここは?」
「俺んち」
「は?」

そのビルのガラス張りの入り口に入ると
もう一つ見るからに頑丈そうな鉄の自動ドアがあった。
そこの前で立ち止まるとセンサーらしき光が自分達をスキャンしていく。
自動ドア横のランプが赤から青になりドアが開いた。

中に入るとホテルロビーのように奥にカウンターがあり男性が立ち上がって彼らを迎え入れた。
「お帰りなさいませ。」丁寧に挨拶する男性に彼は軽く頷くと
カウンターには寄らず直接エレベーターへミリアリアを連れて行く。
「ここはホテルじゃないの?」
「ちがうよ、俺の部屋があるんだ」
「ZAFTの寮なの?」まさかと思って聞くと
ディアッカは口の端をあげて笑う。
「寮?待機用の宿泊施設って事?そんなとこにミリアリア連れてけないって」

エレベーターの横に指紋照合の機械が置いてあり
そこにディアッカは5本の指を置く。
センサーが反応して光が指を包むとランプがついて
エレベーターのドアが開いた。
「乗って」
ミリアリアは言われるままディアッカとエレベーターに乗り込んだ。

階数表示も乗降ボタンもないそのエレベーターは2人が乗り込むと静かに閉まり上昇を始めた。
耳がほんの少しつんとする。ほどなく音がとまりドアが開くとそこはもう家の中だった。

エレベーター自体が玄関のようで、
降りるとウェイティングスペースなのかイスとテーブルがある。
ディアッカは通りすぎて奥へとミリアリアを連れて行く。
扉のない入り口の中に入ると落ちていた照明が少し明るくなる。

そこはリゾートホテルのラウンジスペースを思わせるような広いリビングだった。
贅沢な造りのソファセットが置いてあり、
サイドボードには品のよい調度品が嫌味なく配置されている。
いくつもの大きな窓が天井から吊り下げられたカーテンに縁取られ
近づいて外をみれば評議会ビルから見たような夜景が遠くに広がって見えた。

ミリアリアに こっちとディアッカが呼びかける。
半開きになった扉の向こうは大きなベットがある寝室だった。
「あっ来るとき預かった奴はそこにあるよ」

今夜泊まる用意を詰めたバックはプラントに降りてエレカに乗るときに
ディアッカが「泊まるとこに先もってってもらうから」と管理フロアで預けたものだ。

ディアッカは赤い軍服の上着を脱いでイスに引っ掛けると
クローゼットを開けて服を次々引っ張り出してはベットに放り投げた。
そして「ミリアリアこれ着てよ」と彼女にも服を投げてよこす。

ミリアリアはその服を広げてみる。
(なんか高そうな服…)
薄いオレンジのその服はローブのような形でウエストで共布のベルトを締めるようになっている。
シルクのような肌触りで部屋着にするには上等なものに思えた。
「奥がバスルームになってるから勝手に使って。」
いつのまにか側に来た彼がそういって室内履き用の靴をミリアリアに手渡しした。

ベット脇のサイドテーブルにおいてある自分の荷物と服と靴をもって
ディアッカが顎で指した方向に扉を開ける。
照明がフワッと明るくなり中は広いパウダールームになっていた。

女性がゆっくりと化粧できるように大きな鏡台とイスのセットが別についている。
荷物を置いて鏡に映る自分を見てミリアリアは溜息をつく。
(プラントにいる人達って皆こんな暮らしなのかな…それともディアッカが特別?)

セキュリティも完璧な高級コンドミニアムといった感じだ。
オーヴにある一流ホテルのロイヤルスイートでもこの広さはないだろう。
プラントでのディアッカの生活を垣間見て
ミリアリアは彼の事を何も知らなかったのだとあらためて思った。

「先シャワー浴びる?でも もうすぐメシが来るよ。ケータリングで頼んであるんだ」
ラフな格好に着替えたディアッカがミリアリアの横を通って
恐らくバスタブがあるだろうと思われるガラス扉横のスイッチを手早く押した。
「食べてからゆっくり一緒に入ろっか」
含みのある笑みを彼女に向ける。

その笑みを受けてミリアリアは胸の鼓動が高鳴るのを抑えた。

彼女はディアッカの私服姿を初めて見る。
褐色の肌に映えるクリーム色のVネックセーターに綿パンツと飾り気ない姿だが
彼はコーディネーターの中でも一際人目をひく容貌だと彼女は思う。

金髪に精悍な顔立ちは少し下がった目尻と絶やさぬ微笑で陽気さを感じさせる。
すらりとした足長の長身は一見線が細いようにも思えるが
敏捷な身のこなしが軍人として鍛えられた肉体がその服の下にある事を伺わせる。
加えて自分や艦長に対するスマートな対応からかなり女性慣れしているように思える。
プラントのコーディネーターは15歳で成人扱いと聞いている。
彼には大人の男の色気があった。

(きっともてるんだろうなあ)
来る者は拒まずと言っていた彼の事だ。
プラントに戻ったら引く手あまただろうから自分の事なんか忘れてしまうだろう。
(それもちょっと寂しいけど)

ミリアリアがぼんやりと考えてると
「着替えないの?」とディアッカが近づいてきた。
「あっ…うん。着替える」

はっと気がついて彼女が服をもって奥に行こうとすると
「なーんでそっちに行くの?」腕をひっぱられ反動で彼の胸に収まってしまった。
「いつも目の前で着替えてるのに、脱がせたげる。」
「ちょっちょっと」
ディアッカは軍服の上着を慣れた手つきで脱がせる。
そして軍服下のアンダーTシャツ姿のミリアリアを抱きしめた。

「はあー久しぶりにミリアリア抱っこ」
その言い方が妙に子供っぽくてミリアリアは苦笑した。
「自分で着替えるから。ディアッ…」
彼女が身体を離そうとすると強引に顎を捕らわれ唇が奪われる。
唇が割られ舌を絡められて久しぶりの甘いくちづけに彼女は呑み込まれそうになる。

そこにピンポンとチャイムが鳴った。
チャイムは一定の間隔で鳴り続ける
正気に返ったミリアリアが唇を離さないディアッカの背中を叩く。
渋々彼は唇を離した。
「ちぇっタイミング悪い」

近くのインターホンをとり、返事をするとテンキーを入力して
「メシがきた」
そうミリアリアに言って反対にあるドアから出て行った。

ディアッカがドアから出て行くのを待ってミリアリアは抑えていた溜息をふーっと吐き出す。
ほんの数日離れていただけなのに彼のちょっとした動作にさえ彼女は揺れる。
こんなに自分の中に彼が入り込んでいたのかとつくづく思い知らされる。
(そんなことはわかってた。だからってどうする事もできない。)
彼女はまたも大きな溜息をつき、着替えをはじめた。

ディアッカに渡された服を着てミリアリアは鏡に映して見る。
上質のその服と室内履きと渡されたミュールもサイズ、色共ぴったり彼女に似合った。
少し大人びた雰囲気で違う女性に思えるほどだ。
(こういうセンスもコーディネイトされてるのかしら…)

ドアの向こうで何人かの足音とディアッカの声がした。
「そこに全部並べちゃって」

ガチャガチャと音がしてミリアリアはドアの隙間から覗く。
ドアはリビングに続いていた。
ウェイターの格好した男性が何人かで奥のテーブルにカートからだした食器などを並べている。
支度が終わってディアッカがサインするとカートを押してエレベーターに戻っていった。
ディアッカがそれを送る。

人気がなくなったのを確認してミリアリアはリビングに出た。
テーブルに置かれた食事を見てまたも溜息をついた。
どっかの高級レストランでコースを頼むような食器とその器に盛られた料理。
(こんな料理をケータリングするなんて…)

ディアッカが戻ってくると 「やっぱミリアリア、オレンジ色似合うね」
そう言ってテーブル脇のイスを引いて彼女にどうぞとジェスチャーした。

「ホントはコースにしたかったんだけど他人が居ると落ち着かないだろ?」
彼はグラスにスパークリングの液体を注ぐ。
「今日はアルコールなしね」
反対の席に座ってグラスを片手に持ち
「冷めないうちに召し上がれ」そういってミリアリアのグラスに軽く打ちつけた。

「ここ結構うまいんだぜ」
そういって食事をはじめる彼をじっとミリアリアは見ていた。
口をつけない彼女に気づき彼は手を止める。
「どした?」
「…いつも こんな食事してるの?」
「ああ?いつもは軍の待機宿泊所とかで簡単にすましてるよ」
「そうじゃなくて…こんな所に住んでるし…」
ディアッカはミリアリアの言いたい事を察した。

「前は軍の寮とかに居れて結構自由利いたんだけどMIAになっちまって。
 で、生きて帰ってきたから親の監視下に置きたいらしくってさ。
 ここに住むように強要されてる。」
彼女は柔らな笑みを浮かべて握手をした彼の父親を思い浮かべた。

「停戦調停がひと段落ついたら除隊する事になってるんだ」





(H15.10.14)



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