Afterward -その後-


-8-


「停戦調停がひと段落ついたら除隊する事になってるんだ」
「誰が?」
「誰ってオレ」
ディアッカが自分を指差して言った。

ミリアリアは驚いた。
彼がZAFTを除隊するなど彼女の考えになかったからだ。
しかしそれは彼女が願っていた事でもある。
死と隣り合わせのMSパイロットの無事の帰還をいつも祈っていた。

――SIGNAL LOST
あの表示が今も彼女に眠れない夜を与え続ける。
停戦とはいえ いつ危険な目にあうかわからない仕事から抜けてくれる。
平穏な日々を願う彼女の密かな安堵。

ディアッカはグラスに入った液体の淡をゆらしながら続ける。
「モトモトそういう約束だったんだよ。親とね。」
そういってグラスを飲み干し ――食べなよ 彼女に促し彼は食事を再開した。

ミリアリアはナフキンをとり、形だけ食べる用意はした。
ディアッカに会って彼を取り巻く環境にショックを受けていた彼女はあまり食欲がない。

手をつけないミリアリアに反比例するように
ディアッカはすごいスピードで食事を平らげていく。
(お腹すいてたのね)
流れるような動作でとてもスマートな食べ方だが、
胸がすくほど豪快に食べる彼にくすっと彼女は笑った。
その笑顔にディアッカがつられて微笑む。
「なに?」
「ううん…気持ちいい位食べてるから」
「今日は朝から食べる暇なくてさ」
「忙しいのね」
「明日休みにする為ならなんてことない」
フォークを小さく振って首を傾ける。
歯の浮くような台詞も仕草も彼だと嫌味に見えない。
それは彼女の欲目だろうか。

「ミリアリア 食べてない」
「あ、うん…食べる」
スープスプーンを取り、スープ皿に入れてみるがその先がすすめない。
もともと停戦となりプラントに停留する事になって以来
彼女は食事も睡眠も十分とれなかった。
理由は彼が降りてしまったから。

その事を自分の中で認めるまでずいぶんと時間がかかった。
今日は素直に自分の気持ちを打ち明けようと意を決してきたのだ。

だがプラントの彼を垣間見て躊躇する。
自分はここにいていいのだろうか

これ以上見つめてると変な事を口走りそうで
ミリアリアは中断した話しの続きを持ち出した。
「…辞めてどうするの?」
「しばらく見習いして会社員ってとこかな」
彼はグラスにミネラルウォーターを注ぎそれを飲みながら一息ついた。

「親がちょっとした会社やっててね。俺はその跡継ぎだから
 軍に入る時約束させられたわけ。18になったら辞めて跡継げって。
 で、まだ18じゃないけど停戦で切りもいいし。」
「そっか…」

停戦になったといっても「自分の力を試せる場所」と言っていた彼が
軍を抜ける事など考えもしなかった。
だがプラントに戻ったら外には出れないと言っていた事も思い出す。
(それはこういう事だったんだなあ)
自分の知らない世界だとしても
どこかで彼が生きていると思えればそれが自分の救いになると彼女は思った。

彼女は目線が宙に浮いてぼんやりしていた。
「ミリアリア」
目の前で声がした。
いつのまにか彼がイスごと彼女の横に来ている。
「食べてない。お前また痩せたろ。最近食べてないんだろ。」
彼がスープ皿を手に取りスプーンにすくって彼女の口に運ぶ。
「ほらあーん」
子供にたべさせるようにスープをすくっては口に運ぶ。
「おいしい?」
「うん おいしい」
「なら食べろよ」
パンをちぎるとミリアリアの口に入れそれを持たす。
ディアッカはつぎはといいながら肉を切りきざみフォークに刺して口元につきつける。
「自分で食べるから」
ミリアリアはディアッカからフォークをとりあげ逆に彼にその肉をつきつけた。
「お腹すいてるんでしょ どうぞ」
ちょっとむっとした顔をしつつ彼は大きく口をあけ食べた。
「よく噛んでね」ミリアリアが逆にディアッカを子供扱いする。
「って俺が食ってどうするよ。お前も食べろ」
そういって今度は手掴みで肉をつまむと彼女の口に持ってくる。

「行儀悪いよ」
眉を顰めるも引こうとしない彼の指にしょうがなく彼女は口を開けて受け入れる。
ポイと口に入れられ 次はこれと青い野菜も口に入れようとした。
「ふぁだ、ふぁいってる」」
彼女が制して主張すると彼は野菜を持った手を振って「はやくっはやくっ」とせかす。

(もう子供みたい)
AAで2人だけの時の甘えた彼がここにいる。
あの時と少しもかわってないのだ。
心が軽くなる気がして頬が緩む。

それを見て彼が口元に野菜をまた突きつける。
食べたくない彼女は口をあけないので 彼は野菜を唇にぐいぐい押し付けた。
「んんーっ」
しょうがなく彼女は彼を軽く睨み口をあけた。
そして野菜事入ってくる彼の指を咄嗟に噛んだ。

「てっ」舌打ちする彼は指を引き抜こうとするが強く噛まれ抜けない。
しばらく彼の指は彼女の歯に拘束された。
「いてー」憮然として言う彼を彼女がいたずらっぽく微笑む。

目線が絡んだ。

その拘束は緩み彼女が口の中にある指を舌で舐め回した。
彼は引き抜きもせずそのまま指で彼女の舌を追いかける。

そして指をゆっくり引き抜き小指で彼女の唇をなぞったあと
自分の口元にその指を持ってゆき見せ付けるように舐める。

彼女は彼を見ながら口の中の食べ物をようやく呑み込んでグラスの泡立つ液体を飲んだ。
りんごの味が口の中にひろがる。

ディアッカは、はすに構えて伺って言う。
「早く食べないと俺が食べちゃうよ」
それがどういう意味かミリアリアにもわかっていた。

「いいよ」
グラスを置いて彼の唇に自分の唇をそっと触れさせた。
触れて離れる唇を追いかけて頭を抱え、彼は彼女の唇に深くくちづける。

激しい貪りに彼女は身体に力が入らなくなり縋るように彼に捕まる。
(とけちゃう…)

ようやく唇を解くも動けばまた捕らわれ触れる距離から離れない彼が
彼女の頬に唇を這わせて言った。
「ミリアリアから誘ってくれるなんて初めてだね」

艶のある低い声。
この声をどんなに聞きたいと願ったろう。
彼女の中にあった蟠りは熱に溶けていく。

「…会いたかったから」

素直になろうと決めた時、彼に言おうと思っていた。
「ディアッカに会えなくて寂しかった」

彼が目を丸くした。
彼女がこんな風に自分を想って言うのは初めてだった。

彼女を抱きしめる腕に力がこもる。
「ミリアリア…」

彼女の手が彼のセーターを掴み握り締めた。
小さく 掠れた声を出すのが精一杯だった。

――抱いて






(裏描写ページに飛びます。途中でおわってますが)





      *  *

カチャ

ドアの音が耳に響いた。

先ほどまでの激しい繋がりの余韻はベットに残る皺のみで
毛布に包まりミリアリアはディアッカがいたはずの場所に手をはわす。

体温がまだ感じられ、そう時間がたっていない事がわかる。
締め切られたカーテンからほんの少しぼんやりした光がもれ
もうすぐ夜明けの時間が近い事を知らしめる。

彼女は自分の身体を抱きしめた。
彼から受けた熱が全身をまだ熱く覆うようだ。

彼は彼女を何度も愛し彼女はそれを欲した。
途切れる事のない欲望を可能な限り出しつくし
それでも足りない位貪り続けた。

時間が流れていくのが悲しく思える。

(トール…)

死んだ恋人の面影はディアッカといれば微塵に消えていってしまう。
呼び戻そうとしても薄れていくばかりだ。
なのにあの時の喪失感が彼女を捕らえて離さない。

――忘れてはいけない。
失った恋人が何を守ろうとしていたか。彼女自身が心を拘束する。

乗り越えていかなければいけないと思う反面
忘れてはいけないのだと咎める自分がいる。

踏み出すには時間が欲しかった。
それはいつまでになるかわからない。

彼が側にいれば生きている姿に魅了されて彼女を困惑させる。
彼が既に自分の中で死んだ恋人と同等の位置にいる事が心苦しい。

停戦になり、AAから彼が降りて彼女は現実と向き合う事になった。
自らの選択で未来を決めていくこれからに眠れぬ夜は続いた。

疲れていく身体とは裏腹に神経は過敏に研ぎ澄まされ
彼女の心は想いだけが宙に浮かぶ。

ただこれだけはわかっていた。

――彼とは離れなければいけない


ドアが開き白いバスローブ姿の彼がこちらに歩いてくる。
「起きてたの?」
彼女の細い肩にそっとキスを落とす。

「何か飲む?」
「…ん」
備え付けの小型の冷蔵庫から炭酸水をだしてグラスに注ぐ。
彼女は身体を起こしシーツを纏ってそのグラスを受け取った。
彼は壁に沿っておいてあるイスをベット脇まで持ってきて背もたれを逆にして座る。
腕と顎をイスの背に乗せ
彼女がグラスを一口飲みそのまま手の中で弄んでいるのを見ていた。

彼はふぅと溜息に似た息を吐き口火を切った。

「ミリアリア…」
彼女は彼の顔を見た。
ほの暗い部屋に紫水晶の瞳がやけに揺れてるように光を弾く。

「地球に戻ったら俺ともう会わないつもりでいる?」



(H15.10.18)

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