Afterward -その後-


-9-


「地球に戻ったら俺ともう会わないつもりでいる?」

今までにない憂いを浮かべる彼の表情にチクリと彼女の心に棘がささる。
だが彼女はもう決めていた。
自分を隠す事はもうしない。正直に気持ちを話そうと思っている。

ミリアリアは頷いた。

彼は俯いて深く息を吐く。腕の中に顔を半分埋めシーツの皺をしばらく眺めていた。

ミリアリアの様子がおかしいとは思っていた。
彼女らしからぬ感情の出し方に最初は手放しで浮かれた。
しばらく会えなかったせいで素直になってくれたものと安易に考えたのだ。
だがそれは奥底に潜む何かを感じさせるものがあった。

捨て身ともいえる求め方に彼女の心にある密かな決意が隠れている。
肌を重ねてそれは確信に変わっていった。
自分の勘のよさが恨めしく思える。
間違いであってほしいと思っても一度気がつけばあとは理由づける行動にしか見えない。

そして彼は思い切って聞いたのだ。
それは当たっていた。多分理由も。

黙ったままの彼に彼女は静かに話し始めた。
「停戦になって、これからの事なんてどうなるかわからないけれど。
 地球とプラントでお互い別の道を行く事になるから…」

彼は自分の腕に埋めた顔をあげた。紫水晶の瞳が光ったようにみえる。
「そんなので納得すると思ってんの?」

「ディアッカはプラント帰ったら外には出れないって言ってたでしょ?
 私も地球に戻ったら…オーヴはどうなってるかわからないし。」
「すぐは動けない。それは本当だけど、戦争は終わったんだ。会おうと思えば会えるだろ?」

グラスをサイドテーブルに置き彼女は彼に向き直った。
大きく息を吸いゆっくりと吐き出す。決意を固めるかのように。
「…想い出にするにはまだ時間がかかるの。トールの事」
その名前がでてくる事は予想していた。
彼は畳み掛けるように返す。
「忘れなくていい。それでもいいっていったろ?」

「私ディアッカの事が好きなの。多分トールと同じ位。」
突然の告白に彼は言葉を失い心が舞い上がる。
自分が彼女の中で大切な存在になっていると口にだしてくれるとは考えてなかった。
だがそれが彼女の咎となっているのも知っている。
認めるのはリセットする力を溜める為。

「それが自分で許せないの。乗り越えなきゃいけない事だとはわかってる。
 だけどまだトールの事を自分の中で整理できない。」

彼は彼女の生真面目で律儀な性格が気に入ってたのだと思い出す。
彼女を大切に思う事で今まで自分に欠如していた人間らしい感情が生まれた。
その愛すべき潔さが自分を拒み続ける部分だとしても
彼女を求める自分を止めることはできなかった。

「待つよ。整理がつくまで。…それも駄目なのか?」

追いすがるだけ虚しいとわかっている。
だが言わずにいられなかった。
彼女の答えは聞かずともわかっていたのに。

「約束はしたくないの。約束すればそれに捕らわれてしまいそうで」

彼が金糸の髪をかきあげる。
瞳がくぐもったように鈍く光る。

「もう会わない。そう決めないと…私…動けないの」

彼女の意思の強さを知っている。
弱くて脆い筈のナチュラルの強さを彼女が教えてくれたのだ。

ディアッカはイスから立ち上がり彼女の側に膝をついて
ミリアリアの細い肩をシーツごと抱きしめた。
彼女の明るい髪に顔を埋めて掠れた声で聞く。
「もう決めてるんだ」

腕の中で答えるかわりに頷く彼女を手放さなければならないのだと彼は今度こそ本当に思った。
これ以上の深追いは、ミリアリアを傷つける。
彼女の葛藤には自分がかかわっている。
AAを降りて久しぶりに会えたミリアリアはやつれて華奢な肩をますます細くさせていた。
眠れぬ夜が続いているのが血の気のない肌の色を見て伺いしれる。

抱きしめる腕に力を込めた。
沢山の想いを全て封じ込めて彼はようやく言葉を紡いだ。

「わかった。」

――終わりにしよう


彼はもう一度彼女を抱いた。
今度はすべて刻み込むように
自分を変えてくれた愛しい者の肌に 全てを溶かしこみ 
細胞1つ1つに記憶させるように
心が融合する瞬間を
見落とす事を許さぬように
ゆっくりと 彼女の中に想いを放った。
 
彼の想いを受け止めて
彼女は満ち足りた意識をようやく放し眠りについた。
気持ちの中にあった鉛を吐き出して
楽になったのか 安らかな寝顔だった。

抱きしめる彼の腕の中で
眠りの姫は永遠の時を刻むように思える。

彼は瞳に少女の寝顔を焼き付けた。


ミリアリアは眩しい光に目がくらんだ。
ジェネシスの穿孔。
息を呑みブリッジでモニターを凝視した。
地球までその光は届いてしまうの?
人類は滅んでいくだけの未来を選んでしまった過ちに気がつかなかったの?
守ろうとした友の死が無駄になってしまった?
色々な想いが一瞬のうちに駆け巡り
眩い光は巨大な音と振動と共に広がった。
計器は作動不能を示し艦内はその光に吸い込まれる。

光が引いていき覆いかぶさった沈黙と絶望が否定の言葉に霧となって消える。
「照射波消失!ジェネシス爆破されました!」
歓声がわきおこり安堵の息がミリアリアから吐き出される。
その先に青い地球は美しいまま存在した。

――よかった。
潤んだ目で彼女は彼に喜びを伝える。
傍らに傷だらけの人がいた。
金糸の髪に包帯が痛々しい。

――よかった。生きててくれて。

彼の名前を呼ぼうとして画像がぶれたように感じた。
現実に引き戻される感覚。

目をゆっくり開けると知らない天井が見える。
周りを見回してようやく自分が彼の部屋にいる事を思い出した。

カーテンは開け放され外の光が真昼に近い事を感じさせた。
穿孔に感じた光はこのせいだ。
部屋の外からがちゃがちゃと音も聞こえる。
現実との境目で一番近い記憶が呼び起こされた。
複雑な想いにさせらせる夢。
恐怖と安堵と背中あわせに混在したあの夢は
彼女が戦争の中にいたのだと思い知らせる。

そしてその狂気は終わった。




(H15.10.27)

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