夏夢夜話
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KIDの隠れた名作 KIDのオリジナル作品の中でも一際地味な夏夢夜話。パッケージのインパクトが足りず、タイトルも語呂が今ひとつ良くないため、埋もれてしまっている感があります。このページの閲覧者でプレイした人はかなり少ないのではないでしょうか。ディスクをセットしても、プレイ時間がかなり長いため、挫折した人も多いかもしれません。私もクリアーするまで2回放棄しており、2回目と3回目の間は3年間も開きました。ただ、長いだけで決して退屈なわけではなく、埋もれさせるには惜しいゲームなので、取り上げる次第です。 現実と架空が混在する怪しげな世界観 ■シナリオ 人間関係のトラブルに見舞われた主人公が、思わぬことから「フェルネラント」という絵本の世界に迷い込んでしまうというファンタジー物。現実とフェルネラントを行き来する内、両世界の境目が次第に曖昧になっていくという展開で、不思議というか精神的に病んでしまったような世界の中を進んでいくことになります。 大まかに見るとヒロイン救済型で、ヒロインの悩みを解決することでエンディングを迎えるという構成です。また「フェルネラント」という世界が一体何なのかを解くのも一つの目的となっており、謎がすべて明かされたとき、主人公も悩みを抱えていたことに気付き、成長を遂げることになります。ストーリーとしては単純なのですが、そこにフェルネラントを投入することで世界観を複雑化し、実際は2人しかいないヒロインを、多数存在するように見せるシナリオはよく出来ています。この不思議な御伽噺調の世界観こそが本作の魅力なのです。なお、フェルネラントについては最後にすべて判明するので、消化不良になることはありません。安心して遊んで下さい。 ■キャラクター 絵は輪郭線が薄く、かなり独特な雰囲気を持っています。左右の目の位置や大きさに違和感があるせいか、あまり上手くないように感じてしまうのですが、体つきのバランスは問題ありません。ですから、目を瞑って笑っているような絵は魅力的に思えます。クセが強いことは確かです。 現実世界とフェルネラント世界で、それぞれ別の人物が登場します。現実世界の登場人物は、地位や境遇といった外面的な要素がしっかり語られる一方、感情の起伏が激しく、性格がなかなか掴み難いのが特徴です。それぞれが抱える悩みがフェルネラントと関わっていて、最後にフェルネラントの謎が解けたときに性格が固まってくる構成となっており、後味はすっきりしています。フェルネラントの登場人物は反対にその出自は不明ですが、性格が単純明快です。彼女達も悩みを抱えており、それが現実世界の出来事とリンクしているところが本作の味噌です。上記のように、設定・性格についてはよく考えられています。 ■テキスト おふざけは一切なしの真面目一辺倒。主人公があまり感情を交えず、淡々と人物や事象を分析し、独白を続ける形です。そのせいか、ピンチの時でもやや他人事のような感じを受けます。反面、ヒロイン達のセリフは喜怒哀楽に富んでいます。感情的なヒロインとどこか冷めた主人公という奇妙なバランスは、幻想と現実が入り混じったあやふやな世界観を成立させるのに一役買っています。現実でも幻想でも変わらず冷静な分析を続ける様子が、幻想と現実の区別がついていないような狂気的な不気味さを、知らず知らずの内にプレイヤーに植え込み、一種の異常性を演出することに成功していると私はみます。 ■演出 オープニングムービーは、実写を使いつつイベントCGを挿入し、キャラの紹介を行っていくKIDのお得意パターン。主題歌が色々な意味で凄いです。最初は誰もが「何だこりゃ!?」と思うはず。わざとやっているのか、どこか音程を外しているように聞こえるのですが、私は何度も聞いている内に「これはこれであり」と思うようになりました。ギャルゲーっぽい可愛さや美しさとは無縁の荒涼とした感じの歌ですが、一度聞く価値はあるかも。 画面効果で目立ったのは、CG全体にガラスのヒビのようなものが入り、一斉に割れてしまう演出。かなり重要なシーンで使用されるもので、効果は抜群です。目パチ口パクはありません。効果音は豊富で、足音や大地の揺れといった振動系が多い気がします。 ■ゲーム性 二人のヒロイン――涼子と小鳥の二つのシナリオがあります。1周するにはどちらのシナリオも読む必要があり、どちらを先に読んだかでエンディングが決まります。つまり、涼子編→小鳥編の順に進むと涼子エンディングとなり、逆もまた然りです。順番を変えたからといってシナリオの内容が変わるわけではないので、1周してしまえば、スキップを活用することで簡単に二つトゥルーエンドを見ることが出来ます。また、途中の選択肢によってはサブキャラのエンディングに到達します。ただし、これは事実上のバッドエンドです。 ■シチュエーション 現実編では、前半にシナリオ上において重要な役割を果たす修羅場シーンがあります。そこへの到達過程――感情のもつれ――は、単純ながら納得出来る描き方です。後半でどちらかのヒロインとのエンディングを迎えますが、どちらもベタベタするような関係ではなく、高校生にしては達観したクールな関係となっています。ベタな恋愛的な要素は少ないと考えて下さい。 フェルネラント編では、登場人物を好きになる過程が丁寧に描かれます。基本的に、始めは理解出来ない相手同士だった二人が、過ごす時間が長くなるにつれ、次第に心が通っていく……という展開です。要所要所に大ピンチを挟むので、釣り橋効果的な要因が大きいように思います。 ■グラフィック 背景は40枚近く。場面転換が多いのですが、そのほとんどをカバーしています。枚数的には満足なのですが、クオリティーはアウト。塗りが全体的にべったりしていて遠近感がないのが問題です。 イベントCGは差分なしで76枚。仕上がりはそれ程良くありません。正面を向いている絵はまずまずなのですが、横を向いている構図になると途端に顔のパーツのバランスが悪くなります。原画の人が根本的にあまり上手くないのかもしれません。
非常に複雑な構造を持ったシナリオですが、「自分の弱さに立ち向かう成長物語」とまとめることが出来ます。主要人物3人は、フェルネラントの謎を解き明かした後、自分の弱さと向き合うだけの力を手に入れ、未来へ向かって「独り」で歩いていくことを決意します。これは「綾香の死」を避けられなかったことに対する自責の念に捕らわれて、籠もっていた自分の殻から抜け出して前に進むことだけではなく、いつまでも3人一緒ではいられないことを悟り、先送りしてきた関係を清算することも意味しています。 彼らにとってフェルネラントとは、自分の弱さの集積所であっただけではなく、弱さに向き合う必要性に気付かせてくれる場でもあります。謂わば大人になるための通過点なのであり、そこで過ごす長大な時間は、大人になるまでの猶予期間を表すものだったように思います。そう考えるとフェルネラントとは誰の心にも潜むもので、モラトリアムを具現化した存在と言えるのではないでしょうか。 プレイ時間が40時間オーバーと非常に長いゲームですが、人間の心をよくこのような架空世界を用いて表現出来たな、と感心するばかりです。ただし、メルヘンチックな外観とは裏腹にかなり難解な世界観となっているのでベテラン向けのゲームといえます。間を空けてプレイすると内容が分かりにくくなってしまうので、時間のある人にお勧めします。 ところで……この「フェルネラント」という世界は「鋼鉄の虹」という90年代のTRPGに登場した魔法世界と同じ名前だったりします。当時、このゲームのマスターとして有名だったのが本作のシナリオを担当している水無神知宏氏だったので、多少なりとも関係があるのかもしれません。本作では田中ロミオ氏ばかりが注目されるのですが、多分この世界観をメインで構築したのは水無神氏なんじゃないでしょうか。まあ、プレイする上ではまったく関係ないことですが。 |