空には重苦しい雨雲が垂れこめていて、今にも雨が降り出しそうだった。
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薄暗い街並みの中、一際明るく照明の当てられているビルへと足を踏み入れる。
「あら・・・レイ先生!お久しぶりです。」
受付の女の子が、私の姿を見るなり綺麗な笑顔で挨拶をくれた。
「お久しぶり。せんせいは?」
私の問い掛けに、受付嬢は手早くスケジュール帳を開く。
「花椿先生は・・・っと、今日珍しくオフなんですよ。
お急ぎでしたら、御自宅のほうにいらっしゃると思いますよ。
お車手配しましょうか?」
「いいわ、歩きたい気分だから。アリガト、じゃね。」
軽くウインクをして礼を告げると、また薄暗い街へと戻る。
せんせいの家には、何度か行った事がある。
ここからだと、気分転換に丁度良い距離だ。
ゆっくりと歩みを進めながら、道行く人に視線を向けてみる。
道行く幸せそうな恋人達が、ふと目に留まる。
彼女に着せるウエディングドレス・・・。
幾ら思い浮かべてみても、無難なシルエットしか浮かばない。
欲しいのは、もっと・・・こう、オリジナリティ溢れるもの。
かといって独創性を重視すると、何のドレスだか解らなくなってしまう。
・・・私は、デザイナー失格なのかしら。
うんうん唸りながら進み、花椿邸まであと半分とまで差し掛かった頃、空から大粒の雨が地上に降り注いだ。
いつ見ても豪奢な呼び鈴を押すと、お手伝いさんが出た。
「・・・レイです。せんせい居ますか?」
『お久しぶりです、レイ先生。今開けますのでお入り下さい。』
インターフォンの切れる音と同時に、重々しい音を立てて門が開く。
中へ入り、立派な邸宅のドアを開ける。
「ア〜〜ラ、オ・ヒ・サ・シ・ブ・リ・・・ってちょっと、どうしたのヨ!その格好。」
びしょぬれの私を見るなり、せんせいは目を丸くしていた。
懐かしい声に、緊張が緩む。
「・・・スイマセン。途中で雨に降られちゃって。」
「怒ってるわけじゃないのヨ。・・・そんなカッコじゃ風邪ひくワ。
とにかく・・・上がってチョウダイ。」
せんせいに促されるまま、私は濡れて重くなった靴を脱ぎ、邸宅へ足を踏み入れた。
せんせいの自室に付いている浴室を借りて、冷えた身体を温めた。
用意された服に着替えて、言われるままソファに腰を降ろすと温かい紅茶が手渡される。
「スミマセン、お休みなのに。」
「いいのヨ。最近姿見せてくれないから、淋しかったトコだから。」
せんせいは軽くウインクをしてそう言うと、私の横に腰を下ろす。
「何か・・有ったのネ?」
全てを見透かしたようなせんせいの言葉に、緊張が切れる。
「せんせ・・・・。」
せんせいの腕が伸びてきて、私の頭をそっと抱き寄せた。
顔を埋めた胸板は、いつも見ているせんせいと違って、力強くて・・・逞しかった。
せんせいの香りにつつまれ、髪を優しく撫でられながら、私は少しづつ心に巣食う不安を吐き出す。
私の弱音を、せんせいはずっと黙って聞いていてくれた。
言葉につまると、頭を撫でてくれて。
急かす事無く、ずっと・・・。
「少し・・・休養を取りなさい。ショウの事は忘れて。」
全て話し終えて落ち着いた私に、せんせいはこう言った。
「え!?」
目の前が、真っ暗になる。
私からデザインを取られてしまったら・・・何も残らない。
「今のアナタに必要なのは、的確なアドバイスじゃないから。」
「でも・・・っ。」
吐きかけた言葉を、慌てて飲み込む。
・・・せんせいの眼差しが、見た事も無いほど厳しかった。
「何が必要か、アナタ自身もうわかってるんじゃないかしら?」
鋭い指摘に、思わず唾を飲む。
「いい?アタシはアナタと、互いに求め合い、刺激し合う。その為に出会ったの。
今ここで無理をして、ダメになられると・・・。」
せんせいの言葉が、ちゃんと聞けない。
私がここまで頑張れたのは・・・せんせいの纏うオーラが見えたあの日、せんせいに言われた言葉があったから。
なのに・・・せんせいは、今度のショウを放棄しろと言ってる。
デザイナーがショウを放棄するなんて・・・出来るはずが無い。
「聞いてる?レイ。」
「嫌です!・・・今度のショウは私が・・・。」
私はソファから立ち上がる。
そう、トリのウエディングドレスのデザインを書かなきゃならないから。
「ちゃんとアタシの話を・・・っ!」
部屋を出ようとする私の腕を、せんせいが力いっぱい掴む。
「帰らなきゃ・・・帰って描かなきゃダメなんです・・・。」
降ろされたくない。
任されたのに、せんせいの期待を裏切りたくない。
「ダメよっ!・・・もうっ!わからずやっ。」
せんせいの手を振り払おうとしても、強い力で掴まれていてどんなに大きく腕を振っても離れない。
振り返り、せんせいと対峙する。
「せんせい・・・離してく・・・。」
せんせいの手が、大きく振り上げられる。
ぶたれると思った私は、咄嗟に身構え目を閉じた。
・・・・
いつまでも手が振り下ろされる様子が無い。
恐る恐る薄目を開けると・・・強く抱きしめられる。
そしてせんせいの顔がゆっくり近づいてきて。
私に・・・キスをした・・・。