|
嫌な風が吹いてきた。
女はそう呟いた。そしてもう一度、イヤな風・・・。と呟いた。
時は漢末期。各地で戦乱が相次ぎ、上庸では黄巾族という集団が蜂起したと噂されている
そんな時代。
女は暫く天上の月を見上げていたが、やがてため息を一つつき
傍らにあった胡弓を手にすると、ゆっくりと曲を奏で始めた。
女の名は劉 海臻。北海に生まれ南皮へと流れ着いた胡弓弾きであった。
その器量と音楽の才能を買われて、土地の名士の養女となった。
だがその事に関して海臻自身はなんの感慨も抱いては居ない。
たまたま流行病が起こり、たまたま両親が死に。何も才能のない自分がただ唯一
売ることの出来た胡弓弾きとしての才能だけを武器に流れ歩き、その結果が今の形であるだけだと
彼女自身は考えるようにしていた。
元来感受性が強く、やや悲観的な考え方をする彼女にとっては、そうサラリと流すことが
自分の心を護るための術であった。
「何か・・イヤなことが起こりそうな予感・・・・・。」
弾いていた胡弓を途中で止めて、海臻は呟いた。そうしてもう一度月を見上げる。
月は薄もやの中にその姿を隠していた・・・・・・。
|