風のない夜・・・真っ直ぐに降り注ぐ雨に身をゆだねる。 手に受けた雨が指の隙間を通って、 零れていく・・・。 水滴にすらならない細かい雨にゆっくりと身体を預けると、 思い出すのは・・・1年前の雨。 俺を包んで癒して・・・暖めてくれた・・・。 通じあった想いの記憶・・・。 秋にはまだ早い暑い9月の2日。 俺を満たして乾いた心に染み込んで・・・。 そして・・・この雨のように・・・包んでいった。 そんな日のこと、俺は今でも覚えている。 1年前の今日も、同じような雨の日だった。 小さな街に上陸して可愛いレディと楽しいお食事をして、 家まで送り届けた帰り道、こんな雨に降られたんだった。 風がほとんどなくて、纏わりつくぬるい雨に身体をさらして・・・。 寒いわけじゃねぇし、そのまま濡れてもかまわなかったんだが、 タバコが濡れちまって火がつかねぇ。 それで、ちょっとその辺で雨宿りをすることにしたんだった。 入ったのは物置のような小さな小屋。 そこにまさか・・・先客がいるなんて思いもしねぇで。 雨を避けて、入った小屋で、とりあえずタバコに火を点けた。 暗い中にほんのりと灯る火。 ライターの火をぐるりとまわして、あたりを見るとそこに 見慣れた緑の頭を見つけた。 暗い中で、うっそりとなんか小汚い敷物の上で寝転がってるのは、 その頃の俺がもっとも逢いたくないと思っていた男だった。 そいつがやけに凶悪なツラしてこっちを見てんのと、ばっちり目が合っちまって、 一瞬顔が強張ったのをハッキリと覚えている。 そんな俺の様子を見て、ゾロの視線がますます強くなっていった。 気づかねぇ振りなんかできねぇくらいに・・・。 あん時のことを 思い出すだけで、なんか笑える。 なんか、くすぐってぇようなそんな感じ。 あの時、雨が降ってなかったら、 俺もてめぇもあそこには行かなかっただろ? そしたら、今頃どうなってた? なんか、想像つかねぇな・・・。 「閉めて入って来いよ。」 入り口付近で、奴のツラを見てぼんやり突っ立ってた俺にゾロがそう言った。 「雨が入んだろ、とっととドア閉めて入って来い。」 苛立たしげに掛けられた言葉にすぐ頭に血が上る。 「うるせぇ、雨なんて入らねぇよ。それよりも何でてめぇ、こんなところにいんだ?」 先客がよりによってゾロだなんて、その時には神を呪ったもんだ。 「宿はどうしたんだ、てめぇみんなと一緒に宿に行ったんじゃねぇのか。」 内心の動揺を隠してそう言った。 「うるせぇ。」 「わかった、てめぇ、帰れなくなったんだろう、また迷子かよ、仕方ねぇ野郎だな。」 アイツは何も喋らずにツカツカと俺の側を抜けて、ドアを閉めた。 辺りがいきなり暗くなる。 灯りは心細げに灯る俺のタバコの火だけで・・・。 そんな中でいきなり腕を掴まれて・・・ 鼓動が跳ね上がった気がした。 暗い中、俺にゾロの顔が見えねぇように、ゾロにも俺の顔は見えねぇはず。 それだけが、救いだった。 「てめぇ、何しやがる.」 腕を振り払おうとしても、すげぇ力で掴まれてて、振りほどけねぇ。 横に感じる体温に、耐えられなくなりそうだった。 「てめぇ、最近俺の事、避けてんだろ?」 その声には、わかんねぇけど怒りみてぇなもんを含んでいたように思えた。 あの頃の俺に奴が好きだとかそういう そんなハッキリした自覚があったわけじゃねぇ・・・ そんなのは出来上がってみて初めてわかるってなもんで、 1年前の俺には確かなものなど何もなかったんだ。 いつの間にか奴の事が気になって仕方なくなってて、 そんな自分が信じられなくて ただ、持て余すしかねぇ感情を抱え込んじまってた・・・そんな状態。 奴に抱かれてぇと思ってたわけじゃねぇ・・・。 いっそそう思えればわかりやすかったのかもしれねぇけど。 俺はそうじゃなかった。 ただ、奴の存在だけが頭の中を占めていって、 そんな状態にどうしようもなくなって、 アイツを避けていた、そうするしか出来なかった。 そんな時期の事だった。 ガキくせぇ感情に振り回されてた そんな想いを 今では笑って思い出せる。 それは・・・今の俺の隣に奴がいるから・・・。 もう少しあの日のことを思い出していよう。 この雨の中で・・・ ぶっ壊れかかった小屋の隙間から、ホンの少しの微かな光が差し込んでいた。 目が慣れてきても、影になった奴の顔は見えやしねぇ。 ただ、掴まれた腕が熱くて、奴から香る雨の匂いに鼻を擽られたのを妙にハッキリ覚えている。 「いいかげんにしやがれ!離せよ、てめぇっ!!!」 強く怒鳴ったが、掴まれた腕を取って、引き寄せられただけだった。 「てめぇ、俺に何か言いてぇ事があんだろ?」 腹の底に響くような声には確かな怒りとか苛立ちとかそういったモンが含まれていた。 「言いてぇ事だぁ?んなの、山程あるぜ。」 なんで、奴がそんな事言い出したのか見当もつかなかった。 避けていた相手に、こんなところで、ぎらついた瞳で真っ直ぐに射ぬかれて、 ただ、居たたまれなくて口から出るままにただ喚き散らしただけだった。 「まずはてめぇ、そのハラマキが死ぬほどダセェ!」 「俺は、てめぇと会って、初めて世の中にそんなジジくせぇシャツがあるのを知った。」 「で、とどめに、何でてめぇのズボンはそんなにダボダボしてんだ?」 「って言うか、てめぇどういう経路をたどったらそういう服装に落ち着くんだ?」 「・・・言いてぇ事はそれだけか・・・?」 矢継ぎ早に捲くし立てると、ゾロがますます怒っていくのがわかって 俺はヘンな話だがホッとした。 この距離に奴を感じて、上がっていく体温に身を任せるより喧嘩してた方が数段マシで 自分の鼓動に気づかれるより・・・いや、気づかれるとかそんな事じゃねぇな、 自分がどうにかなっちまいそうで・・・そっちの方が俺には問題で、 少しでも奴から離れようと、必死だったんだ。 「それで、言いてぇ事は終わったんだな?」 もう一度、噛み締めるように念を押される。 「バカ、そんなくれぇで済むわけねぇ!痛ぇんだよ、とにかくその腕離しやがれ!」 「全部聞いてやるから、話してみろ。」 何とか奴の腕から逃げようとめちゃめちゃに暴れても、 両手を後で括るように一まとめに押さえつけられていた。 奴は俺の腕を取っただけのつもりかもしれねぇ。 でも・・・互いに正面向きあってんのに俺の腕を後ろで拘束されてんのは まるで抱き締められてるような錯覚を起こさせて、 俺はますます混乱していった。 逃げるには、足を出しゃ簡単だったのかも知れねぇ・・・ いつものようにケリ飛ばせは・・・逃げられた。 なのに・・・俺はそうする事すら、頭の端にも浮かばなくて、 ただ混乱して・・・ゾロの腕の中で訳が分からなくなっていった。 「大体、なんだって頭が緑なんだよ。」とか 「何で左にだけピアスしてんだよ。」とか 「バカみてぇに身体ばっか鍛えやがって筋肉オタクかよ。」とか 「眉毛が真っ直ぐだからって偉そうにすんじゃねぇ。」とか 自分で何言ってんだかもうわからねぇ・・・。 いつもなら、確実に切れてとっくに喧嘩になってるところだ。 それなのに、その時奴は何にも言わねぇで・・・黙って俺が怒鳴ってるのを聞いていた。 「なんで、飯喰いに起きて来ねぇんだ」 「少しは美味ぇって顔してみせやがれ」 「もう少し怪我しねぇようにできねぇのか・・・」 「そんな生き方してると・・・いずれくたばっちまうぞ・・・」とか・・・ 「少しは・・・周りがどんな思いしてるか考えてみろよ・・・」 多分・・・最後のは声が溶けてっちまってたろ・・・。 「どんな想いをしてんだよ?」 問いかけ直されて、ハッと気がついた。 自分が何を口走ってしまったのかって事に。 答える事のないまま・・・時間だけが過ぎていって・・・。 しばらくそのまま立ち竦んだ俺を、ゾロが雨の中に連れ出していった。 お互いに何も話さないまま、俺達は雨に濡れていった。 音のない雨に包まれて・・・ その日の雨と今俺を濡らす雨があまりにも似てるから・・・。 柄にもねぇ、そんな事を思い出しちまうのかもしれねぇ・・・。 自然と口元が綻んじまう・・・ なぁゾロてめぇもたまには思い出してみねぇ? |