息ピッタシ
「ふははははは、それは我が海軍第156支部が独自に開発した鋼鉄爾威苦1号っ! もうお前達の動きは封じられた! 大人しく観念しろ!!」
地面に伏し、ボロボロの男が「してやったり」と言わんばかり、声を張り上げ、居丈高に笑う。
「「アァ?」」
背を向き合わせたまま、2人は自分の足元を見た。
2人のうち一人は緑の頭、緑の腹巻き、今は両手だけに剣を握っているが、腰にはもう一本刀を差している三刀流の男。名をゾロ。
もう一人は金髪に黒服姿、咥え煙草で先程から向かって来るヤツらを相手に足技だけで去なしている男。名をサンジ。
共に海賊をやっている。
対する相手は海軍で、物資補給を兼ねて寄った島で不覚にも包囲を食らった。
港に着けてある船にも海軍が向かうかも知れないと危惧し、船には信頼する仲間――チョッパーとロビンが留守をしていたが、一先ずの逃げを打つ事にする。船長のルフィが勢い良く腕を伸ばして道を切り開き、乱戦に向かない仲間――ナミやウソップが後に続いて港へと急いだ。
ゾロとサンジは別に後を任されたワケでもないのに追っ手を防ぎに残った。それは自然と培われた連携で、ルフィ達を追おうとする海軍を2人は倒して行く。
一人。また一人。
倒した相手の数を互いに競うように、小気味良いテンポで2人は次々に海兵の数を減らす。
それでも海兵の数は多く、2人は度々自分の背を相手に預け、戦っていた。
――それが禍を成した。
一人、いの一番に倒された男が息も絶え絶え、渾身の力を振り絞って伏している自分の目の前にある2人の足へ手を伸ばした。
特別製の手錠を手にして。
――ガチャリ。
「ふははははは、それは我が海軍第156支部が独自に開発した鋼鉄爾威苦1号っ! もうお前達の動きは封じられた! 大人しく観念しろ!!」
途端に息も絶え絶えだったハズの男はいきなり元気に復活。大きな笑い声に驚いた2人が揃って足元に視線落した。
「「アァ?」」
「どうだ、動けまい?」
まだ這いつくばったままでニヤリ不敵な笑みを浮かべ、誇っている。
情けないアザラシみたいな顔つきをした男で、顔も状態もかなりにマヌケで笑えるが、この際は関係なく、何より自分の足を見ると2人は笑う事も呆れる事も出来なかった。
「「なんじゃコリャー!!!」」
2人の見下ろした足元にはがっちりとしたゴツイ手錠がハマっていた。
片方はゾロの右足首に。もう片方はサンジの左足首に。
「ふふふ……もう、お前らは袋のネズミ、いや、片足のもがれたヤンバルクイナ。観念しろっ!」
這いつくばったままの男は訳のわからない台詞を偉そうに吐き、やはり偉そうに海兵達に「かかれ」と号令する。
どうやらこの男、偉かったらしい。
そう言えば自分達を取り囲んだ時に何やら偉そうに並べ立てていたが、アッと言う間にサンジが蹴り倒したので2人共すっかりとその存在を忘れていたのだ。
しかし、まさか倒されたのに拘わらず、もしぶとくこんな機会を伺っていたとは……
恐れ入って呆れ返る。
――不覚。
2人の表情が怒りで歪んだ。
「てめェ、何で気付かねェ。この脳味噌寝腐れマリモっ!」
げしい。サンジがゾロに怒りをぶつけながら向かって来た海兵その1を右足で蹴飛ばす。
「それはこっちの台詞だ。足使うてめェの足封じられてどーすんだよ、クソコック!」
ぼこお。怒りをサンジに返しながらゾロは自分に向かって来た海兵その2を刀身で殴る。
「アア? クソふざけんな。俺様の足がいつ封じられたっ! 見やがれ、クソ野郎!!」
げしげしげしい。見せつける様にサンジが海兵その3、4、5をまとめていっぺんに蹴散らした。
「アホ。見えるかっ!」
サンジと背中合わせなのだから当然で、ゾロはサンジを見ていない。ただ、背後で数人の人間が飛んでいる事は判っていた。
「とにかくこの厄介なの切るぞ。このままだと動きづれェ」
「オウ。さっさとやれっ!」
一方、2人の足元で上官らしい男は泡食っていた。
片足の動きを封じ、動き辛くなったハズの男達が平然と部下を打ち倒して行くのだ。
おまけに剣士は手錠を切ろうとしている。
――ヤバイ。これはヤバ過ぎる。
「そ、それはそのナマクラな剣では切る事なんぞ到底出来ない代物だぞ!」
そのハズ。だから安心していいハズなのだが、妙に声が震える。
とにかく今のうちに何とかせねば。
男は部下達に一斉にかかれと命令した。
だが、実は男が足元に転がっているのが非常に邪魔で部下達が一斉攻撃し難い事に男は気付いて無かった。間抜けな上司を持つと部下は苦労する、そんな見本の部隊。
男はそれに気付いてないどころか率先して部下を助けるつもりで、もう一つ手錠を取り出した。
(これで……コイツらのもう片方の足を封じてやる……。行くぞ、爾威苦2号!)
チャリ。
男は小さく鳴る鎖の音を手で潜めながら、その手を、手錠を2人の足元とへ伸ばした……
――その瞬間。
「ああ、クソうぜぇ!」
げしり。気付いていたサンジが苛立って男を踏み付ける。
ぶぎゅっと地面とあつ〜いキッスするハメになった男は勢い余って強く顔面を打ちつけ、鼻から出血。そして思い切り頭を踏まれた事で脳震盪。
男は鋼鉄爾威苦2号を握り締めたまま失神し、やっと静かになった。
「ああ、隊長!」
例え邪魔でも一応上司。部下達は上司が無惨と言うか、惨め潰されたのを見て海賊達への怒りを募らせる。
「コノヤロウっ! 大人しく捕まれ!!」
横ちょで潰れている隊長に構わず、海兵は海賊2人に飛びかかった。
その際に数人が隊長をむぎゅっと踏んだけど、それは隊長の意識がないので放っておく。今はそれよりも海賊を捕え、隊長の無念を晴らす事が先決だ。
「クソ。来やがったっ」
サンジが一斉にかかって来た海兵を右足一本で防ごうとする。さすがに身動きを制限させられている状況では数を捌くのに不便で苛立つ。
「早くしやがれ、クソ剣豪!」
「うるせェ、こっちだって邪魔が来てんだ」
ゾロの方にも当然海兵がかかって来て、手錠を切るどころではない。
それに手錠の鎖の部分がサンジが蹴りをかます度にぎしぎしと揺れ、狙いを付け難いのだ。
片手間に出来る作業ではなかった。
「グダグダ言うとてめェの足をぶった切るぞ」
いっそその方は事は早い。
そうしてやろうかと一瞬物騒な考えがゾロの頭を過る。
「アァ? ざけんなっ。切りたきゃてめェの足を切りやがれ!」
「クソッ……」
だが、本当にそうもするワケにいかず、ゾロはイライラと舌打ちした。
――せめてもう少し互いの足を離して手錠の鎖をピンと伸ばす事が出来れば……。
ゾロは足を動かし、サンジから距離を取ろうとした。
少し右横へズレれた所でサンジの右足が水平に大きく薙いで海兵の胴へヒット。そのまま左に向かって海兵の身体を払う。
「ぐあっ!」
サンジの蹴飛ばした海兵の身体がどっとゾロに当った。
カエルが潰れた様な声がゾロか海兵からか判らず上がる。
そして、いきなりの衝撃に横にバランス崩し、倒れかかったが、ゾロは何とか踏み止まった。
だが、その崩れたバランスに足を引っ張られ、同様にバランスを崩したサンジがゾロにぶち当たる。
「「どわっ!」」
結局2人はぶつかりあって気絶した海兵諸共仲良く地面に転げた。
「ててて……何するんだ、クソ野郎っ!」
「それはこっちの台詞だ。早く退け、阿呆!」
倒れて揉めている2人を好機と見て、残った海軍兵がどわっと押し寄せる。
「「ぐああああああああ!!」」
どどどどどど。海兵達は倒れている2人へ雪崩の様に様に降り注いだ。
「……………………」
海軍兵の全員一気雪崩攻撃にゾロとサンジの身体は埋もれ、見えなくなった――。
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