息ピッタシ
し〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
街中の広場に訪れていた喧騒が消え、辺りは静寂に包まれた。
遠巻きに見物していた一般市民も固唾を飲んでこんもりとした海軍兵士の山を見つめている。
哀れ、あの海賊達は海兵達の下敷となり、御用となった。
――誰もがそう思ったその時。
「うわあああああ!」
ニョキ。山から細長く黒い棒が伸びたと思えば、悲鳴が響き渡り、数人の海兵の身体が勢い良く宙に舞った。
吹き飛んだとも言う。
そして、山は一瞬にして崩れた。
その崩れた山から金色の頭が覗き、黒い服を身に纏った男がよっこらせと出てきた。海賊の一人だ。どうやらこの男が乗っていた海兵を蹴り飛ばしたらしい。棒に見えたのは右足だった。
男の左足と右足が繋がっている緑頭の男も出てきた。
手に持つ剣を多少薙ぐ様にして辺りの海兵を転がし、黒服に足を引き摺られる形で山から出ると、2人共なんとか体勢を整える。
「はぁ……ったく。野郎に押し倒されても嬉しくねェんだよ」
黒服の金髪頭――サンジは咥えていた煙草をぷっと吐き出し、服に付いた汚れを払いながら回りを見渡した。
「美女の海兵さんなら大歓迎だけどな」
ニヤケ言うが、残念ながら第156支部に女性海兵はいなかった模様。いや、居たとしてもこの捕り物には参加していなかった。見渡せどムサイツラが転がっている。
一方、横で緑頭――ゾロは左足の爪先で転がっている海兵を蹴飛ばし、大事な刀を伏している海兵の間から見つけ、拾う。
そして、2本を鞘に収めながら小さく隣に向かって呟いた。
「アホか……」
「アァ? 誰がアホだ」
この状況にも余裕で、新しい煙草を取り出そうと懐を探っていたサンジの手が止まる。
右手の袖がいびつに伸びているのに気付き、しっかりと目で確かめた。
「うわああああああ!」
「何だっ?」
突然の叫びにゾロが驚いて隣の男を見る。
「俺の……俺の……俺の右手の……」
「右手の袖が切れてやがるっ!」
どーーーーん。
よく見るとサンジの右手の袖が中途半端に切れて布がだらりとしている。
「………………」
サンジの取り乱し様に少し焦ったゾロはそれを見て確実にサンジに対し、呆れの念を抱いた。
「アホか。それくらいでぎゃーぎゃ喚くな」
「ふざけんな。この服いくらしたと思ってんだ。てめェの安シャツと一緒にすんなよ? ……って、よく見りゃここも切れてるじゃねーかっ!」
サンジの左脇腹もざっくり切れている。
「こりゃぁ、てめェの仕業だろ。ざけんな。弁償しろ、弁償」
「ああ、弁償だ? その前にこっちに感謝くれェしろ。あの状況の中でもてめェをざっくりやらなかったんだ、実が切れなかっただけありがたいと感謝の方が先だろうが」
「実だぁ? 服がしっかり切れてりゃヘボだろ、ヘボ。それに大体、俺が無傷なのはてめェのクソヘボな腕のおかげじゃなくて俺様のナイスな反射神経が成せた技だ。なんでオメーに感謝しなくちゃなんねーんだっつーの」
どちらの成せる技でも、あの状況で無傷で済んだのは凄い事だ。
だが、2人は自分が凄いからだと主張して譲らない。
――この状況下で。
まだまだ無傷で動ける海兵はいる。彼等は2人が言い争ううちに体勢を立て直した。
「援軍だ。援軍を呼べっ!」
どうやら第156支部。海兵の質はともかく数だけは揃っているらしい。人海戦術パート2を実行するために数人が仲間を呼びに声を上げ、走った。
「「ゲッ!」」
その声にはさすがに2人も気付き、言い争いを止める。
ただでさえ動き難い状況で再び人海戦術かと思うとうんざり。
例え数秒で片を付ける自信があってもうんざりと嫌気がさした。
「手錠を外すのは後だ。ずらかるぞ、コック」
「ああ」
自分達の役目は追っ手の足止め。それはもう充分に果しただろう。
先の3人は何事もなければもう船に戻っただろうし、戻れば船の安全は確かだろうし。
だからこの場にはもう用は無い。
手錠は仲間の元へ戻ってからの方が落ち着いて外せるだろうと言う理屈にも納得し、逆らう理由もないサンジは素直に頷いた。
「行くぞっ!」
援軍到着前にこの場を後にしようとゾロの掛け声と共に2人、走り出そうとする。
――互い、180度違う方向に向かって。
ギシッ。短い手錠の鎖が音を立て、張り、逆方向へ向かおうとする2人の動きを邪魔する。
邪魔された2人はそれぞれ繋がっている足を取られて、ビタンと前のめりに地面に倒れた。
アホだ。
「いでで……って、てめェ……何考えてやがるっ!」
先に身を起したサンジがゾロに振り返って怒鳴り付ける。
「そりゃこっちの台詞だっ! 協調性が本当にねェな、おめェはっ!」
「そっくりその言葉返すぜ、クソ腹巻き。大体、港と逆方向に向かおうとしてどーすんだ!」
「なにぃ!?」
ビックリ驚き。
ゾロは天下一品の方向音痴だった。
「このクソ方向音痴っ!!」
さすがにゾロは何も言い返せず。大人しく立ち上がる。
「ったく、野郎となんざ本来はゴメンだが……しょうがねェ」
立ち上がったゾロの肩にサンジがしぶしぶ嫌々文句垂れつつ左腕を回した。
「いいか……てめェは大人しく俺についてこい」
聞き様に寄ってはまるで偉そうな男のプロポーズの言葉。あるいは亭主関白宣言。そんな台詞を吐き、サンジはゾロの肩をしっかりと抱いた。
「オラ、おめェもしっかり掴まれ」
「……おう」
偉そうなサンジの態度に腹立ちながらもさっきの事で罰が悪いのか、歯切れの悪い返事でゾロも右腕をサンジの肩へ回す。
「まずは繋がっている足からだ。行くぞっ!」
サンジのリードの元、繋がっている足から出し、2人は走り出した。
イッチ、ニッ、イッチ、ニッ。
肩を組み合い、足並み揃え。
イッチ、ニッ、イッチ、ニッ、イッチ、ニッ。
仲間の待つ港へと……。
イッチ、ニッ、イッチ、ニッ、イッチ、ニッ、イッチ、ニッ。
2人はもの凄いスピードで広場から駆け去った。
それは見事な呼吸。息ピッタシで。
「あはははははははは。もう、本当におっかしかったぁ!」
ゴーイング・メリー号の甲板。
マストの下でナミが高らかに笑う。
「ゾロとサンジ君が仲良く肩を組んですごい顔して走って来るんだもん」
「「「ぶははははははは」」」
ナミだけじゃなく、他の仲間も笑っていた。転げ回って笑っているヤツもいる。
先に船に戻り、海軍の攻撃を退けてゾロとサンジの帰還を待っていた仲間達の元へ、2人が仲良く肩を組み合い、繋がれた足を揃え出しながら走り戻って来たのはつい先程。
あまりにも珍しい光景を見た仲間達は大変面白がり、2人が船に乗り込み、出港するや否や、船を仕切る航海士のナミの笑い声を皮切りに大爆笑した。
対称的に2人の顔は全く浮かない。
「2人共、運動会の二人三脚に出たら? 一等賞間違い無しよ。息ピッタリだったもの」
「そんなナミさん……」
面白おかしく言うナミに、サンジは「素敵だ」と思いつつも涙する。
「うるせェぞ、ナミ」
ゾロはサンジと違って素直に煩がった。
「てめェは動くなクソコック」
苛立ちながら和道一文字を抜き、自分達を縛りつけていた鎖をガチャッと断ち切る。
ナマクラ刀では無理な代物でも、名刀と鉄を切るまでに鍛えたゾロの腕にかかれば海軍第156支部の誇った鋼鉄製手錠もあっけなく断たれた。
残るは足首にがっちりある輪っかの部分だけだが、それは笑い転げている器用な狙撃手を後で使って外させればいい事だと、ゾロは思った。
「それよか、海軍が追っかけて来るだろ。いいのかよ、のんびりとしてて」
ゾロはいつまでも笑いをやめないナミに話しを逸らしにかかる。実際にその可能性が高い話しだから、話題逸らし目的よりも重要な事だった。
「ああ。そうね……アンタ達がぐずぐずしてたからどうしようかと思ったわよ、本当」
(本当に口の減らねェ女だ……)
ゾロが苦虫を噛み潰し、ナミを睨む。だが、普通の人間ならば恐怖で心臓が止りそうなゾロの睨みもナミには全く通じない。平然としたもので、ニヤニヤと笑ったままだ。
「噂をすれば影……ね。来たわよ」
一人、声を出して笑うこともなく超然としていたロビンが船舷に立って海を見据え、この船を追いに出てきた数隻の海軍船の存在を皆に教える。
「ふははははははははははは、さっきはしてやられたが……今度こそ逃しはせぬぞっ! 我が海軍第156支部が独自に開発した超鋼鉄爾威苦Zで目にもの見せてくれるっ!!」
一番大きな船の船首に立ち、声を張り上げるのはさっきサンジが伸したハズの男。まだ鼻血止めの最中か、鼻の穴には丸めた綿が詰まり、あちこちについている打身の痣や傷が痛々しい。
あと身体に付いた無数の足跡が惨めさを醸し出しているが……だが、そんなズタボロな姿でも男は胸を張り、偉そう。
手にさっきよりもごっつい手錠を振りかざしている。
「……ほら」
ロビンは冷静に追っ手を指差す。
だが、サンジとゾロには聞こえて無い。
2人は居丈高に笑う男に目を剥いている。
「「ふざけんなあああああああ!!」」
そして、2人の怒号は見事にハモり、海上を渡った。
本当に息ピッタシ。
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