10YEARS AFTER

「ったく、こんな気の長い伝言ゲームに俺を巻き込みやがって」
 33歳の誕生日を迎える直前の3月末、こんな嫌味な台詞と共に、火村は我が家のソファにどっかりと沈み込んだ。
「律儀に覚えてる俺も偉すぎ」
「ああ、偉い偉い。府警に寄った帰りやなかったら、もっと偉かったんだけどな」
 私も必殺嫌味返しで応戦し、一仕事終えて、ご苦労さんな友人に、猫舌用のコーヒーをふるまってやる。
「もったいぶらんと、さっさと渡せ」
 私の催促を受けて、火村は少し黄ばんだ封筒を手渡てくれる。
 同じように、私も用意しておいた封筒を、火村に手渡そうとする。
「俺はいらないよ」
 火村はそれを受け取らず、ゆっくりとした動作でキャメルに火を点けた。
「なんで?」
 折角、10年も暖めてきた手紙なのにもったいないじゃないか。
「覚えてるから」
「えっ? 全部か」
「そう、全部」
「君、まさか、署名だけしたんか?」
「まさか。ちゃんと3行くらいは書いたさ」
「意味ないやんっ!」
「意味はあるさ。まったくもってすげぇよな、若い頃の俺。何の根拠もなく断言して、しかも言い当ててる」
「根拠のない断言……。なあ、火村」
「あぁ?」
「これ、お前が読め。俺はこっち読ませて貰うから」
「それこそ意味がないだろうが」
「だって気にならん?」
「何が?」
「10年前、お互いがどれだけ子供やったか。俺、今なら10年前の君が可愛く思えるかも知れん」
「……アリス。お前は今でも可愛いよ。よくそんなことで楽しめるよな」
「ばかにすんなやっ!」
「してない、してない。さてさて、それじゃ先生の文章力が、どれだけ向上しているかを判定させてもらうかな」
 火村が自分が保管していた手紙を再び手に取り、封を切る。
「やっぱ、ばかにしとるやんか。まっ、いいわ、俺も可愛い英生くんの3行のラララを楽しませてうわ」
「なんでラララなんだよ」
「なんとなく。ニュアンスで考えろ」
 チッと舌打ちをして、火村は封筒から手紙を取り出した。
 火村が手紙を読み出したのを確認して、私も手紙の封を切る。
 確か、私の手紙はそれなりに長かった記憶があるので、3行のラララな火村の手紙に対するハンデだ。
 そう、この手紙のタイトルは『10年後の私へ』
 タイムカプセル手紙版。
 お互いがこうして今でも同じ時をすごしている事に感謝しつつ、私は火村の手紙に目を落とした──

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