10年後の私へ。
あなたは今何をしているのだろう。 まだ印刷会社に勤めているのだろうか。 それとも転職しているだろうか。 願わくば、その転職が、作家デビューであることを祈る。 そして、この手紙は10年後の私に届いているのだろうか? この手紙を託した相手とは今でも友人か? 君の隣で相変わらずキャメルを燻らしているのか? 否、もしつき合いが途切れていたとしても、この手紙は、きちんと君の元へと届くだろう。 そういう奴だから、この手紙を託した。 そして、そいつと今でもつき合いがあるのなら、彼の言うセリフは想像が付く。 奴は、微妙に封筒をよれよれにしながらも、律儀に手紙を保管していて、手渡すときにこう言っただろう。 「ったく、こんな気の長い伝言ゲームに俺を巻き込みやがって」 と── 出来ることなら、郵送などではなく、この嫌味なセリフと共にこの手紙を君が受け取れていることを祈っている。 10年後── もしかすると、君はもう彼とは友人じゃないかもしれない。 もしかすると、君はもう新たに好きな人がいるかもしれない。 もしかすると、君はもう結婚しているかもしれない。 22歳の私── 10年後の君には笑われるかもしれない。 大して長く生きていないくせに、こんなことを断言して恥をさらしやがってと── だが、あえて断言しよう。 10年後── 私がこれから就職する印刷会社にずっといたとしても── 私が作家になれていたとしても── 私が彼と音信不通になっていたとしても── 私に恋人が居たとしても── 私が結婚していたとしても── 私が今まで生きてきた人生、そしてこれから生きていく人生の中で、 火村以上に好きになれる人物は、存在しないと── 19XX年3月 有栖川有栖
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