本当にあった怖い話 

「絶対にお祝いはいらん。これがことの始まりや」
 いきなり人の下宿に転がり込んで、昏々と18時間も眠り続けたあげく、これ以上濃く抽れるのは無理という限界に挑戦したコーヒーを2杯ばかり飲んでから、アリスが火村に語り出したのが冒頭の言葉だ。
 訳が解らないようでいて、それでも火村には一応話が通じた。
 片手に引き出物の入った紙袋、サラリーマンであるアリスがいつも着ている物よりは、少々こじゃれたスーツ、この2つのアイテムが揃えば、聞かずとも昨日我が家に転がり込んだ友人が結婚式の帰りだという想像というか、断定ができる。
 つまり、昨夜のアリスは結婚式──しかも京都で行われた──の帰りで、極度の寝不足。そして、その寝不足の理由が『絶対にお祝いはいらん』という言葉にことの発端をみている。火村はそう理解した。
「で」
 短い言葉でアリスを促す。
 別に怒っている訳ではないが、理由が知りたい。
 たまたま火村が在宅したから良かったものの、もし不在だったならば、大家である婆ちゃんが迷惑を被ったことは明白だ。
 昨日のアリスは──どこから来たのかは知らないが──よくぞここまで無事にたどり着けたという有様で、火村の顔を見るなり、いきなり倒れ込んだのだ。
 ここに来て、ようやく人間としての感覚が戻ってきたのか、やたらと濃いコーヒーを一口飲んで、顔をしかめた後、アリスは再び語り始める。
「そいつ、ああ、高校の同級生なんやけどな、妙なところで合理的なヤツで……。結婚式は招待制やなく、会費制でやったんや。会費制の結婚式って知っとる? 行ったらまず、受付で会費払うんや。因みに1万2000円。せやからお祝いはいらんて。けど、こっちとしては折角の祝い事なんやからなんかしてやりたいやん。で、共通の友達と相談して何か物でもやろうかって……」
「思ったけど、それも拒否されたんだな。それで?」
 何で解るとでも言いたげに、アリスの目が見開く。解らないわけがない。何処の世界に買い物で寝不足になれる奴がいるというのだ。
 よしんば、なにかレア物をゲットする為に前の晩からその店の前に並んだとしてもだ、それが結婚式の前日だなんてことは確率的に有り得ないし、アリスの爆睡っぷりは1日くらいの徹夜でできるものではない。火村が間違えてアリスの足を踏んづけてしまったというのに、それでも起きずに寝ていたのだから。
「なんで…いや、まあええわ。そう、その通りや。どうせなら本人の欲しいもん思うて電話掛けたら、そんなん持ってきたらそのままお持ち帰りさせるて。そこまで言われたらこっちも意地になるやん。何が何でも何かプレゼントしたるて。で、その共通の友達と相談してな自作の推理小説を贈ろうって」
「……………なんでそうなるんだ」
 火村は大きく首を振った。
「なんでて、そいつ推理小説マニアやもん。読み専門やけど。一方、俺は作家志望やし、も一人は漫画家志望。ここまで条件が揃ったらやること決まっとるやん」
「つまり、お前が推理小説を考えて、友人が絵を入れて、そいつに手作りの本を送ったってことか?」
「せや、専門用語で同人誌。かわいくラッピングしてな。俺らからの挑戦や、絶対お前には解けない筈や言うて渡したら、流石に受け取ったわ」
「……渡すなよそんなもん……つーか、そんなところで才能の無駄遣いするなよ」
「失礼やな。これなら受け取るて喜んどったで。それに、俺の才能はこれくらいで枯渇するほど、乏しくないわ」
「はいはい。で、それを何日で製作して、あんな有様になったんだ」
「あはは〜、話が決まったのが結婚式の5日前の夜中。2日前まで睡眠時間2時間でプロット考えて、前々日は徹夜で話書いて、前日も相棒に絵ぇ描かせて、コピーとって製本して徹夜。出来上がったのが、結婚式の4時間前。それから慌てて仕度して結婚式に直行や。いや〜、キツかったわ〜。今思うと、よくそんな無謀な計画たてたなってゾッとするわ」
 カラカラと笑ってアリスは言うが、そんなのはキツくてあたりまえだ。
 少なくとも常識的な社会人が、実生活に支障をきたしてまでやることではないし、ゾッとするのが遅すぎる。
 でも、まあ、そんなところがアリスらしくて良いのかも知れないと、火村はキャメルの煙と共に、大きなため息を一つついた後、納得する。
 しかし、その相方の友人も友人だ。
 普通、その日程ならばどちらかが無理に気付いて止めそうなものだが……。
 無言の火村に、呆れられていると察したのか、アリスは、その場を取り繕うように「いや、もひとつ、アイディアが出てたんやけどな……」と、これまた火村を疲れさせる話を始めた──


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