本当にあった怖い話の続きです。未読の方はそちらからどうぞ。
あまりお勧めはしたくないのですが、読んで頂かないと話が繋がらないので……
本当になった怖い話
若気の至り── この言葉を聞くと、誰しもが苦々しく自分の過去を思い出すことだろう。 しかし、自分では忘れたくて、更に本当に忘れていたことを、意地悪く覚えている奴が存在することも、また事実。 同窓会で代わる代わるに人を捕まえては、学校祭の時お前は屋上から××さんに告白して振られたんだよなとか、酔っぱらって居酒屋で裸踊りをしてたよな、とか、飲んでもいないのにテンションがあがってケン○ッキーフライドおじさんを持って帰るといってきかなかったとか……。 これは──はっきり言ってまいる。 本人が、自分でもあほだったと思っているだけに、尚更。 ましてや、そんな意地の悪い相手が自分の恋人だったなら── これから始まる話は、幸せの絶頂にある瞬間に、強制的に自分の過去を振り返らされた、ある男の話である。 ♪ ♪ ♪ カナダのとある教会にて──「You,Hideo want him Alice, to be your Partner from this day forward. Will you promise to be your friend andcompanion? Will you promise to be faithful and true to him? Will you promise to stand by his side come what may from this day forward, for better or for worse, in sickness and in health, for richer, for poorer, as long as you shall live?」 神父さんの柔らかな通る声がどこか遠いところから聞こえているような気がして。 「yes I do」 それに答える親友のバリトンが胸に沁みいって。 白いタキシードに身を包んだ私──有栖川有栖は幸せだった。 私と火村が日本から遠く離れたこの地で今行っている誓いの儀式は、法律的にも世間的にもなんの意味も持たない。 そう意味はないのだ。 神に向かって永遠の愛を誓うことさえも。 何故なら私が愛する彼は、神など信じていないのだから。 それでも、黒のタキシードに今日ばっかりはきちんとタイを結び、いつもはぼさぼさの頭をムースで綺麗に整えている火村は、ひいき目で見なくたって、貧血を起こしそうになるくらい恰好良くて。 思わず見とれてしまった私を、隣の火村が肘でつつく。 俺にこんなあほらしい誓いをさせておいて、よもやお前は誓わないつもりなのかと言わんばかりに顔をしかめて。 「イッ…イエ〜ス・アイ・ドゥ」 慌てて応えた私の言葉は、思い切りよくジャパニーズイングリッシュな発音になってしまった。 まあ、じゃぱにーずいんぐりっしゅにならなかっただけマシだと思うことにしよう(滂沱)。 続いて指輪の交換。 変わらぬ愛の証として贈りあうこの指輪。 火村の指にその小さな輪っかを通す時、緊張のあまりに私の指は震えてまう。 本当に私でいいのだろうか? たとえ、神を信じていたところで、銀色に光る指輪でお互いを縛りあったところで、この先のことなど解らない。 彼が、この小さな指輪を重荷に思う時がいつかくるのではないか? その答えが出る前に、火村の右手が震える私の手をとって誘導してくれたので、指輪は彼の左手薬指に収まった。 収まってみると、それはそこにあるのが当たり前みたいにしっくり彼の指に馴染んでいて。私はなんだか急に安心して笑みを漏らした。 傷つく前に最悪の場合を想像してショックを和らげようとするのは、自覚もしているあまり誉められたものではない私の癖だ。 こんな、人生において最高に幸せな瞬間さえも。 ………………………。 なーんてなっ! 駄目だ、もう我慢ができない。 いい歳をした大人なんだからと自分をなだめ、更には心の奥底にある不安なんかを拾い集めて、冷静に状況を分析している振りをしてみたが、私の今の心境を素直に表現するならこうなる。 今、この瞬間の俺て世界で一番の幸せもんて感じ〜。 いくら火村が神様信じてへん言うたかて、他の誰の為にこんな恥ずかしいことしてくれるいうねん。いーやしてくれへん。 しかも、火村の方から言い出してやで。 そら、披露宴やなくて結婚式やし、ふたりきりて来てんねんから知ってる人はおらん。 せやけど、ツインの部屋に泊まって、ふたり揃うてタキシードでホテルから出てきとるんや、フロントでジロジロ見られない筈がない。 ましてや、ここまで連れてきてくれたタクシーの運ちゃんにはバレバレやっちゅーねん。 なんせ、ここは、そーゆー教会なんやねんから。 それに、思い出した様に『にへら』なんて比喩がぴったりな怪しい笑いを漏らす火村てどうよ? 相手が俺やなかったら100年の恋も醒めるいうやつやで。 あ゛〜〜〜、せやけど、それが嬉しい俺も終わっとる〜。 誓いのキス? そんなん100でも200でもいくらでもしたるわっ。たとえ公衆の面前であろうとも。 君がどうしても着て欲しい言うんなら、ウェディングドレスを着てやってもいいで。もちろん、君がどうしても着たい言うなら、君がドレスを着るのも許したるわ。 たとえ、君がウェディングドレスを着とっても、ゴジラの着ぐるみを着とっても、今ここで突然ハゲたとしても、ホテルに帰った瞬間明るいうちからカーテンも閉めずに、しかも俺の苦手な騎乗位でのHを強要したとしても、そんなことくらいで、俺の愛は醒めたりせんっ! 神にでも仏様にでもお日様にでも月にでもエベレストにでもユーコン川にでもヤンバルクイナにでも、とにかくっ、なんにでも誓ったる。 ああ、今の俺はなんて寛大なんやろう── なんてことを考えながらの誓いのキス。 私がどう思っていようと、誓いのキスはそんなに何回もするものではなくて。火村の唇が私のそれに軽く1回だけ触れて離れる。 これが終われば、後は仲良く手をつないでの退場だ。 にこりと笑って火村を見つめ、彼の手を取ろうとした時だった。 神父さんが私には聞き取り不能な言葉を言ったかと思うと、結構重そうな箱を火村に手渡す。 どうやら火村には話が通じていたらしい、というか、火村が頼んだものなのだろう。 何が出てくるんやろ? 首を傾げた私が、次の瞬間目にした物は信じがたい代物だった。 思わず後退る私を見て、神父さんがそれを指差し「What is this?」と火村に向かって尋ねている。 そりゃあ、聞きたくなるだろう。 外国人でなく、生粋の日本人だって絶対同じ質問をするに決まっている。 いや──それが何か、私は悲しいほど充分に解ってはいるのだが、断じてそんな物の存在は認めたくはない。 それなのに、ああそれなのに、それなのに──五七調で話している場合ではない──火村は質問者に向かって、いけしゃあしゃあと「A Japanese traditional marriage tool」とか言っている。 直訳するなら『日本の伝統的な結婚道具』といったところか。 嘘をつけ、嘘を。英語で言うならDon't tell a lie! 「おっ…お前、何ちゅー物用意してきたんやっ」 叫んで、それを首にかけられてはなるものかと、必死に抵抗する私に、火村も負けじと食い下がる。 「ほら遠慮しなくていいぜ♪」 あ゛〜っ、なんでこいつはこんなに楽しそうなんだっ。 「遠慮なんてしとらんっ。本気で嫌がっとんじゃ! ダアホッ」 いくら今日の私が寛大でも、そればっかりはごめんだぞ。そんなんかけられたら首がもげる。 「つれないこと言うなよ。これ作るの結構手間掛かったんだぜ」 ああ、そうだろうとも。 その金色の首飾りが近づく度に、そこはかとなく漂う酸っぱい匂いがそれを証明している。 「なら、そんなもん作るなや〜」 「なんで? アリスが目をキラキラさせて想像してたみたいに、綺麗だろコレ。相手の何気ないひと言をずっと覚えていて、感動的な演出をする。これって我ながら愛だよな〜」 ああ、それが君の愛なのか── そんな愛なら私はいらないと言えない自分がまた情けない。 確かにこの量をすべてピカピカにするのは大変だったろう、お疲れさん火村。完璧に方向違っとるけど。 結局、私は過去の自分を恨みつつ、その信じがたい代物──5円玉で作ったネックレスだ──を首にかけることを承諾した。 そんな訳で、神父さんに頼んで撮って貰った1枚目の記念写真には、首飾りの重さで微妙に前のめりになり引きつった笑いの私と、非常にご機嫌な火村の姿が映っているのである。 もちろん、私の部屋にその写真が飾られることは、一生ない──
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