『桜月夜を君と歩こう』(というより、そのおまけ)の続編です。
コレを単品で読まれても意味がさっぱり解らないと思われますので、
未読の方は、そちらから先にお読み下さいませ。
俺を呼ぶ声──
「帰るなよ」 タクシーが動き出す瞬間を狙って、声には出さずに唇だけで呟いた。 何だって? という風にアリスが目を見開いて見せたが、それには気付かぬ振りで踵を返す。 アリスが聞き取れなかった言葉が何かを思案するのは多分CM1本分。 だから── ゆっくりと15数えて振り返る。 タクシーのテールランプが視線の端に引っ掛かり、角を曲がってすぐ消えた。 ほぅ、と自分でも理由が解らないため息を一つつき、煙草の先に火を灯す。 ゆらゆらと立ち上る煙の先を目で追うと、そこには出来損ないの満月がひとつ。 きっと、こんな女々しいことをしている男を笑っているに違いない。 少しでも日常に戻るのを遅らせようとしている男のことを。 もしかすると、と自分を照らす月の光のような、淡い期待を抱いている男のことを。 笑いたければ笑えばいいさ、と月に向かって心の中で呟いて、くわえた煙草のフィルタをかじる。 待つのは煙草1本分と決めている。 けれど、それは吸われることがなく、ただくわえられているだけだ。 3分を5分に引き延ばしてみたところで、結果に違いはないだろうに。 月じゃなくても、そりゃあ、笑いたくもなるってものだ。 そう、自分でさえも。 諦めの悪さもここまでくると才能だ、と自分自身に苦笑して、短くなった煙草を足下に捨てる。 今だけは、携帯灰皿に押しつけるのではなく、踵で煙草を煙草を踏みにじりたくて。 投げ捨てられても尚、赤く火種を残す煙草を踏みつぶし、2〜3度踵を捻らせる。 これで、タイムリミット── 平たくなった吸い殻を拾い、そのまま木戸に手を掛ける。 車の音が近づいてくるのが聞こえるけれど、振り返ったりはしない。 もう、自分はアリスを待ったりしてはいないから。 だがこれは、きっと単なる言い訳で、本当はがっかりするのが嫌だから。 なぜなら、今この瞬間も自分は期待している── 背後から、聞き慣れた声で「火村!」と呼びかけられることを。 すぐ、近くで車が止まる── ドアの開く音がする── 胸の鼓動が高鳴る── ほら、聞こえて来い── 俺を呼ぶ声── 「火村っ!」 2004.04.15
本当は知らん顔を決め込もうかと思っていたのですが、 |