木漏れ日の下で
熱い── 左腕の肘辺りに、ジリジリと焼けるような感覚を感じて私は目を覚ました。 そっと目を開けると、その視界に飛び込んできたのは青い空と白い雲──そして、私の傍らに座る火村の後頭部だった。 ここは何処や? と、一瞬記憶の混乱をみた私だが、夏草が頬をくすぐる感触に、今自分のいる場所を思い出す。 作家仲間のひとりが、彼女と泊まる予定でコテージを予約したが、情けないことに直前になってその彼女に逃げられた。 誘える友達が居ない訳じゃないが、逃げた女と行く予定だった場所に行ってられるかっ! という作家仲間の熱い主張を電話で聞いている内に、何故だか私が代わりにいくという話が決まっていたのだ。 なしくずしに押し切られんのを最も得意としてるやなんて、人間として情けなくないんっ! と、懇意にしている先輩女流作家は私の代わりに憤るだろうが、それは違う。 私にだって譲れないことはあるし、押し切られるのは妥協できることだからだ。 それに、今回の場合は妥協というより、ラッキーと言っても良いかもしれない。 君の夏休み中に1回くらいは遠出しようや、と火村と約束していたからだ。 自分で予定を立てるのも楽しいが、降ってわいた旅行もそれはそれで、何が出てくるか解らない分楽しいものだ。 既に2日後に迫っている旅行の為に、火村の予定を空けさせて、ボストンバックに着替えを詰める。 いきなり過ぎんだよっ、とブツクサ言う火村に黙れとキャメルをくわえさせ、更には青い鳥のステアリングを握らせて── やってきた湖畔のコテージは、当たりだった。 予約を譲ってくれた(押しつけたやがった)作家仲間は、女にはマメな奴で、こういう穴場に目聡いのだ。 観光客でごった返すこともないが、何もないという訳でもない。 車で10分も走れば買い物に便利なマーケットがあるし、湖でボートにも乗れ、温泉まである。 更に、湖を望める高台には、夏草が色鮮やかに生い茂っていて、木陰で風に吹かれながら昼寝をするのに、最適の場所だ。 疲れるほどに遊びたいという人間には物足りないだろうが、ゆっくりと休日を過ごすのには最高だ。 昼間でも殆ど騒音がないこの場所は、夜になったらどんなに静かになるだろうと思っていたのだが、その予想だけは外れた。 車の走る音や様々な生活音。町中の騒音に慣れてしたった私の耳にはその静寂が、まるでシーンという大きな音を立てているかのように、却って落ち着けなかった。加えて、キェーッと怪鳥(けちょう)のような声を上げ、思い出したような間隔で山鳥が鳴くものだから、私は昨夜すっかり寝そびれてしまった。 それでも、冗談抜きで枕が変わると眠りが浅くなる私は、火村とほぼ同時、8時過ぎには起き出した。 朝食を取った後、少々──否、白状しよう、かなりだ──情けない気分を味わいながら、火村と共にボート遊びなんかをして、休憩がてら高台に登り木陰に寝転がった。 折角のいい空気を汚染するなと、携帯灰皿に煙草の灰を落とす火村とお決まりのやりとりをしている内に、やさしい風に誘(いざな)われ、私は眠りへと落ちたのだ。 それは、多分短くはない時間だったのだろう。 いつの間にか太陽の角度が変わり、左腕が木陰からはみ出て、その熱さで目が覚めたのだと解った。 目が覚めたといっても、そもそもお日様に無理矢理起こされのだ。身体には気だるい感じが残っていて、もう少し寝たい気もする。 でも、火村に悪いか──否、いよいよ退屈になったら起こすか置き去りにするかするだろうと、私がもう一度目を閉じようとした時だった。 灰皿を取るためか、火村が身をかがめた途端、私の顔が直射日光に曝される。 思わず、ギュッと目を閉じて、オレンジ色だった視界に暗く影が差したのを確認し、再びそろそろと目を開ける。 ちょっとだけ首を傾けて確認すると、木陰はとうの昔に私を日差しから遮る存在では無くなっており、足を投げ出している火村の足首を辛うじてかすめる程度の場所に移動していた。 そう、今の今まで私が木陰だと思っていたものは、木ではなくて火村の影だったのだ。 小憎いことしくさって── ここで目覚めなかったら、きっとこの悪友はそんなやさしさを発揮したことなど、私に気付かせはしなかったのだろう。 なら、知らなかったことにしたるわ── そのやさしい背中を見つめながら、私は再び目を閉じる。 火村が作る影の中で、私はどんな夢を見るのだろう── |