1.学年トップは小説家
ピーンポーン タイミングの悪いチャイムの音に、自室でワープロと格闘していた神岡智史(かみおかさとし)は、チッと舌打ちをした。 ちらっと時計に目をやると、時刻は日付の変わる直前。 「あと丸二日か、こんな時に来客は遠慮したいんだけどな──」 と、つい本心が口をついて出てしまう。 高校一年の三学期、受験も終わって学校にも慣れ、一番楽しいこの時期に、智史が文句を言いながら何をしているのか、ちょっと目の前のワープロ画面を覗いてみて欲しい。
と、まあそういう訳で。 智史が書いているのは、一部分を覗いてみただけでも明らかな、少女向け小説である。 ただいま、人気上昇中の正体不明の少女小説家『神崎智美(かんざきともみ)』というのが彼の高校生の他のもう一つの職業。 講英社の『NAVY(ネイビー)』という少女向けの季刊雑誌の原稿を現在執筆中。 掲載予定の作家が肺炎で入院し、急に代筆を頼まれた作品だから、話が来たのが一昨日で、三日後が〆切りという、悪夢のように切羽詰まった時期だったりもする。まだ、400字詰め原稿用紙で30ページの作品だったというのが、せめてもの救い。 と、いう理由だから、このまま居留守を使ってばっくれてやろうかな、という考えがチラリと智史の頭をかすめて飛んでいったとしても、それはもっともなこと。 が、こんな時間に尋ねてくる人物なんて、どう考えても、たった一人しか居やしないし、彼に居留守は通用しない。 智史はしぶしぶワープロの電源を切って玄関へ向かった。 ダルそうにドアを開けた途端、雪崩れ込んでくる荷物の山。 「風折(かざおり)さんっ。何のまねですかコレッ」 その荷物の中から、やっと這い出て智史が訪問者に抗議する。 「おやおや、天下の生徒会長に向かってそんな口の聞き方してもいいのかな。次期生徒会長候補者さん」 その天下の生徒会長様がにっこり笑って言って下さる。 「勝手にそんなもんにしないでください。俺は生徒会長なんて、絶対にやりませんからね」 話をすり替えられたのに気付かず、智史が反論する。 「あっそ。だったら、君のルームメイトにやってもらおうかな」 「ルームメイト?」 「そっ、紹介するよ。今度編入してきた、伊達弘樹(だてこうき)君。今日からこの部屋に入るから」 「伊達です。よろしく」 ……よろしくって、にっこり笑顔で言われても、困るんですけど。 とは、口に出せずに、まぶしい笑顔を智史はひきつるように見つめていた。 ☆ ☆ ☆ 「部屋はここ使ってくれ、新学期に引っ越すんだったらあまり荷物解かないほうがいいぞ。ある程度のものは俺の使えばいいし。あっ、ベッドはまだ入ってないんだっけ? いいぜ、今日は俺のベッド使って寝な。で、来たばっかりのお宅にきちんと挨拶もしないで悪いんだけど、俺、部屋にこもるから。ちょっと、レポートがたまっててヤバイんだ。共同生活の詳しいルールは後で決めるてことでいい? あっ、それから冷蔵庫や戸棚のものは勝手に使っていいから。後、何か判らないことがあったら遠慮なく聞いてくれ。ってことで、OK?」やっと、先刻のショックから立ち直り、智史は突然現れたルームメイト、伊達弘樹に猛然とまくしたてていた。 流石に原稿を書くとは言えずレポートなどと誤魔化しながら、部屋のドアノブに手をかける。 「忙しい時に悪かったな」 弘樹がすまなそうに言うが、不可抗力だったということは智史にも解っている。 「なーに、元はといえば、学校の事務局が間抜けだったのが原因だしな、まっ、2ヶ月ばかりだけど仲良くやろうや」 ウインクなんぞ投げながら、智史は弘樹に向かってそういい、部屋へと入った。 ☆ ☆ ☆ で、荷物の山と一緒に、ぽつんと居間に取り残された弘樹君。荷解きは、後でルームメイトに手伝わせてやろうなどと、ずうずうしいことを考えつつ、ドサッとソファに腰掛けた。 ジャケットのポケットからLARKを取り出し、火を点けようとしてやめる。 ルームメイトの神岡は煙草を吸わないらしく、部屋は煙草の匂いがしない。吸わない奴というのはやけに匂いに敏感だから、たとえ窓を開けて吸ったとしても気付かれてしまうだろう。 それは、あまり好ましくない。今までずっと、表向きは真面目な伊達君で通してきて、この学校に来たからといって、その方針は買える気がないのに、煙草を吸っているのがばれてしまっては、もともこもない。 弘樹は、出した時と同様にジャケットに煙草をひょいとしまった。 まっ、どうして吸いたいというわけではないし、いつでも止められるという自信があるからこそ吸っているのだから、さほど未練もない。 ゆっくりと辺りを見回すが、これといって興味を引く物は目に付かず、弘樹は大きく伸びをした。 「仕方ないな、仕事でもするか」 ── 幸い、神岡は部屋にこもりきりだし、期限も近い。こんな状況で仕事をしないほうが変だというものだ。 別に仕事をするのに理由をつけなくたっていいのに、言い訳している自分に気付き、弘樹はひとり苦笑した。 ☆ ☆ ☆ 一方、部屋にこもってから既に一時間経過した智史だが、何故かワープロの画面は先刻と同じ、一字一句も変わっちゃいなかった。(……何だか、他人事じゃないみたい。胸がドキドキする(笑))主人公の香奈子ちゃんが、小石を蹴って、その後どうしたか、ここからが展開の急転するところ、うーん、などと偉そうに構想なんぞ練っていたら、そのままうたた寝してしまい、一時間棒に振ってしまった結果だったりする。 気を取り直して、続きを書くべく、智史はワープロの画面を睨んだ。 ── えーと、現実だったら、香奈子ちゃんの様に思ってもいないことをつい、勢いに任せて行ってしまった後は、そのまま家に帰って、彼と喧嘩したことを後悔でもするんだろうが、そこはなんと言っても、御都合主義渦巻く少女小説の世界。ここで、いい男の一人や二人登場させなくては、読者は納得してくれない。 香奈子が蹴った小石が、その辺を歩いていた、いい男に当たってしまう。それが原因で彼らは急接近し、いい男が香奈子に惚れてしまう。 香奈子もそのいい男に惹かれて、何となくいいムードになったりする。 だが、後で、はたっと気付くんだよ、これがまた。たとえ、あまり優しくなくても、モデル並みのルックスじゃなくても、やっぱりあたしは郁哉が好き、なーんて、自分の目の前にいる、容姿端麗、頭脳明晰、美人薄命(仲間はずれはどれでしょう?)、なんともはや四字熟語の集大成の様な男に向かって言ってしまう。 で、そのいい男は、なまじいい男で、頭のいいもんだから、泣く泣く好きな娘の為に身を引く。だけど時々、楽しそうにしている香奈子と郁哉の姿を、悲しげな瞳で見ていたりする。 そんな時に、郁哉が他の女と噂になってしまし、香奈子が悲しんでいる姿にでくわす。そんな香奈子にハンカチ代わりに胸など貸してやってる処を郁哉が目撃し、恋愛小説にありがち、という言葉で片づけるにはベタすぎる最悪の事態に突入していまう。 そんな状況を見かねて、そのいい男が、郁哉に『香奈子ちゃんを泣かせるな』なーんて言いに行ってしまったら、ストーリーはハッピーエンドのラストに向かってまっしぐら。 自分でも気になっていたことを、しかも、自分の彼女が胸を貸されて泣いていた人間に指摘されてしまい、あまり人間の出来ていない郁哉くんは、お前には関係ないことだろう、これは俺と香奈子の問題だ、云々の台詞を吐いたのち、彼に殴りかかってしまう。 もちろん、ここでは郁哉くんには、てってー的に、こてんぱんに、ぼろ雑巾の様に負けてもらうことが、少女小説においては必須条件である。 然るべき後、誰かにそのことを聞いた香奈子ちゃんが駆けつけて、『ばか……』という台詞と共に、涙なんか流したりして、見ているのがアホらしくなったいい男は、ひっそりとその場を去る。で、うまく、雨降って地固まった郁哉くんと香奈子ちゃんに感謝されつつ、最後に交通事故で死んでくれる、と。 ……まっ、死ぬのは冗談として、こんなもんかな ── でろでろと頭の中でストーリーを練った後、それがまとまると、智史は珍しく真剣な顔をし、ワープロを打ち始めた。 ☆ ☆ ☆ 「さて、どうしたものか」2Bの芯が入ったシャープペンシルを囓りながら、弘樹は呟いた。 先刻下ろしたばかりのクロッキーノートが既に半分程埋まってしまっているにもかかわらず、しっくりくるものは描けていない。 「だいたい、設定資料だけで本文読まずにイラスト描けって言う方が無茶なんだよな」 もう一度、設定資料に視線を走らせてみる。 「……しかも、主人公の名前と性格だけしか書いてない。これって、設定資料って言うのか?」 ため息をつきつつ、そのメモを丸めてゴミ箱に捨てる。あってもなくても変わらないのなら、こんなもの無い方がましってやつだ。 「止めだ。こりゃ、あっちの原稿が上がってから超特急で描くしかない。そうと決まったら寝るかなっと」 貸してくれるといるものは素直に借りる。 これがモットーの弘樹であるから、彼はひょいっと智史の寝室のドアを開けた。 その途端、弘樹は大きく目を見開く。 驚くほど何もない部屋。 いや、何もないのとは違う。それなりに物はある。壁に寄せられたベッド、その脇のカラーボックス、観葉植物、クローゼット。 だが、イメージとして何もないと感じる、そこは不思議な空間だった。 ☆ ☆ ☆ 「郁哉は自分の目に飛び込んできた光景を、信じられない面持ちで見つめていた、まるっと。今日はここまで。さて、コーヒーでも飲んでから寝るかな」椅子の背もたれによしかかり、智史は大きく伸びをした。 これから寝るっていうときにコーヒーなんぞ飲んで大丈夫なのかと、よく他人には心配されるが、既にカフェイン中毒症にかかってしまっている智史にとってはコーヒーの 一杯や二杯、精神安定剤の代わりにしかなりゃしない、かえって飲まないほうが落ち着かなくて寝れない位だったりする。 キッチンに立ち、コーヒーメーカーにスイッチを入れる。棚からカップを取り出しお湯を注ぎ入れる。一般生活においてはまったく無精な智史だが、まずいコーヒーは飲みたくないので、これだけは真面目にやる。『好きこそ物の上手なれ』という諺には案外こんな意味も含まれているのかもしれない。 話が横道にそれかけたが、なんで寮の個室ににキッチンなんかがあるか、不思議に思った人もいるだろう。 確かに世間一般でいう高校の、特に全寮制の寮という物は、たいていは2〜4人部屋。起床時間から消灯時間まで、きっちり決まっていて、挙げ句の果てに自習時間等という強制的に机の前に拘束される時間が存在し、食事は食堂でみんな一緒に同じ時間に同じものを食べ、テレビは食堂と休憩室の2台だけ(当然チャンネル権は、三年生が握っている)、夜間外出したり、門限に遅れて帰ってきたりするには明確な理由と証明書がいり、入浴もやっぱり三年優先、自分の意志で同室になる奴を決められないというのが相場らしい。 (参考資料→作者の弟の通っていた全寮制の元男子校(合併して共学になったのだが、弟の居た科は校舎が別なので何ら変わっていない。聞くところによると弟の友人には愛しあっているやつらが居たらしい。……現実って怖い)) が、この学校の、少なくとも智史達のいる第一寮には、前記の様な条件は一つも当てはまらない。 寮とは名ばかりの高級マンションで、もちろん自炊可能。自炊の面倒な奴は一階に行けば安くて、しかも美味しい食堂がある(横着者の智史の場合はレンジグルメのお世話になることが多いが)、各部屋に鍵がついていて門限無し、バイトも可。家賃(っていうのかな)は全額免除の、バス、トイレ付きの3LDK。といっても、これは第一寮の十二部屋中、智史達と先程出てきた生徒会長の風折さん、そして3年の学年トップが入っている3部屋だけで、残りの九部屋は1LDK。 で、第一寮に限っては、各一人部屋な筈なのだが、智史の部屋に弘樹が転がり込んで来ているのは皆さん先刻ご承知の通りである。 ごれは、半端な時期に編入してきた分の部屋が無かった為、同学年で、広い部屋に住んでいた智史の処に一時だけはいることになったというのが、原因。 智史達の通っている和泉澤学園附属高等学校というのは、いわゆる名門の男子校で、隣の女子校と共に、編入試験がやたら難しいことで全国に名を売っている。 もちろん、編入試験だけが難しくて、学校全体のレヴェルは低いなどということはないが、ここの編入試験を受けて合格する様な学力を持つ奴は、一学年180人中で2桁に満たないとされている。 その証拠に、高等部からここに入った智史は、大した努力もせずに学年トップという肩書きをいただいていたりする。こんな不真面目に勉強に取り組んでいる智史が学年トップだなんて人生はつくづく不公平にできているものだ。 こんな訳で、事務局の方はまさか東北の無名校出身の弘樹が、全国指折りの進学校の、しかも難攻不落と噂される編入試験に合格できるわけがないとふんでいたのである。ところがどっこい、弘樹が編入試験にパスしてしまったから困りもの。 この学校は成績が優秀な者ほど、いい待遇が得られるシステムが執行されていて(つまり、3部屋だけ大きい部屋があるのは各学年のトップが入居する為なのである)、それゆえ、編入試験合格者は、無条件でこの第一寮に入れることになっているのだが、生憎と空いている部屋などありゃしない。 困ってしまった事務局は、事実上の学校の支配者といえる、生徒会長風折迅樹さんのお知恵を拝借に行ったのである。 その風折さん、大多数の学生には親切で真面目な有能生徒会長で通っているのだが、その実、とんでもない会長だったりもする。 利用価値のある人物は可愛がるが、自分の立場をちょっとでもあやうくする者は速やかに潰してしまう。学校の実権はこの人のものだし、教師といえども生徒会自治に関する口出しは許されない。一般生徒でいる間は、彼は憧れの対象で大岡越前の様な人物に感じられるが、少し立ち入って生徒会の運営に関する生徒クラス(つまり、第一寮に入っている人物達だね)になると、彼の江戸時代の悪徳代官や材木問屋の越後屋だって、かなわないような本性が見えてくる。もちろん、そんな彼に反抗して潰されてしまうほど、ばかな生徒会役員はいないから、一般生徒にはそんな情報はとんと流れず、彼らはのほほ〜んと学校生活を楽しめるのである。 失礼、風折迅樹の強大な権力を説明したいが為に話が横道にそれかけたが、その住宅問題(という程のものだろうか、果たして)について、風折の出した解決策というのが、智史と弘樹の同居である。 そりゃあ、確かに転入生と同学年で、広い部屋に住んでいて、加えて一年の中では群を抜いて彼に可愛がってもらっていて(智史だけである、まがいなりにも風折に反抗的な口をきけるのは。他の者がそんなことをした日にゃただじゃすまない)、風折生徒会長の下した決断は絶対だと充分納得していても、……納得していても、智史としては、いい迷惑だと一言言いたくなってしまう。 智史、僕と同居しようか(にっこり)。と、言われるよりは、100倍ましだとはいえ、こっちにはこっちの都合というものがある。 カチッ。 小さな音を立て、コーヒーメーカーがドリップから保温に切り替わる。 智史はゆっくりと椅子から立ち上がり、大きめのマグにそれを注いだ。 「神岡、それ、わたしが飲む分残っているかな?」 急に後ろから声をかけられ、智史は驚いて振り返った。 「! 伊達、驚かすなよ。寝たんじゃなかったわけ?」 「枕が変わると眠れなくてな」 冗談だよ、と目配せしながら弘樹が言った。 「そんなデリケートなたまには見えないがね。ほら、コーヒー」 「悪いな」 たいして悪いを思っている風にも見えない口調で、弘樹が礼を言う。 「なあ、素朴な疑問。質問していいか」 「どうぞ」 マグを両手で持ち、中を見つめながら智史が問いかけ、弘樹がそれに応じる。 「お前、何でこんな夜遅くにやってきたわけ? 明日は日曜だし、引っ越すのは明日でも良かったんじゃないか」 「別に夜遅くにくるつもりはなかったんだが、風折さんに付き合わされたんだ」 「何処にだよ」 「『FIZZ』とかっていうライヴハウスだ。歓迎会だと言われてな」 「ハハッ。ダシにされたな。あそこは風折さんの想い人が歌っている処なんだ。一人で行くとマスターにからかわれるから、お前を誘ったんだよ。御苦労様」 智史は笑って言いながら、視線をコーヒーから弘樹に移した。 「女のヴォーカルのバンドなんてなかった筈だが」 「想い人が女とは限らないってことだ。確か、涼って言ったかな、相手の名前。風折さんって物好きだから。あの人ならミス霞ヶ丘だって落とせるのに、何でわざわざ山有り谷有りの恋愛したがるのかね」 一般常識という枠の中に入れるには、とんでもないと言われることを、さらっと言った智史に弘樹の動きが止まる。 「……かっ、神岡君。つかぬことをお伺いしますが、ここってそういった類の人間が多数存在するのか?」 「神岡君はよせ、気色悪い。智史でいいよ、俺も弘樹って呼ばせてもらうから。クラスにもう一人伊達っていう奴が居るんだ。で、質問に応えます。まず、誤解を解いておくけど、別に風折さんはそういった類の人種……つまり、ゲイ、ではないぞ。たまたま、彼のハートを掴んだのが男だっただけだ。だから、今回の恋には彼らしからぬ程慎重だよ。あの、即断、即実行の風折さんが。まだ、気持ちを打ち明けてさえいないみたいだぜ」 「神……いや、智史、それは質問の答えじゃないと思うが、わたしが聞いたのは……」 「解ってるって。弘樹、お前の予感は当たってるよ。ここって、大多数の奴らが中学からエスカレーターで上がってきてるだろう。狭い檻の中に雄のラットを詰め込んでるのと同じ状態だ。まあ、多感な青少年期をこんな状態で過ごしゃね、欲情する対象に少しぐらい異変が起きたってしょうがないんじゃないの」 「少しぐらいね……。良かったよ、同室の奴が高校から編入してきた奴で。で、悪いけど砂糖くれないか」 その台詞で智史は自分のミスに気付いた。全世界の人間が自分と同じくコーヒーをブラックで飲む訳ではないという当然の事実を、すっかり忘れてしまっていたのだから。 「悪いっ。ミルクは?」 「結構だ。しかし、風折さんの相手は和泉澤の人間じゃないのだろう。同類が近くにいるのにノーマルな人間に惚れるなんて気の毒なことだな」 ばかにしているのか本気で心配しているのか、どっちとも取れない表情で弘樹が言う。 「風折さんはノーマルだって」 「なぜ、そう言い切れる。事実、男に惚れているんだろう」 「先刻も言っただろう。本気で好きになった相手が男だったんだ。男が好きな訳じゃないの。解る? 彼が居る女を好きになったんじゃなくて、好きになった相手がたまたま彼が居たっていうのと同じ」 「そういう時は、素直に諦めるのが筋だろう」 「解っていても、諦められない恋があるってやつさ」 「何処ぞの少女小説にでも出てきそうな台詞だな」 ドキッ。 ── そういえば、この間書いた話の中で主人公の男に言わせた台詞だっけ。 智史がいくら『しまった』と思っても、もう時すでに遅し。 口から出てしまった言葉というのは取り消せないと、自分の小説でも書いていた筈なのに。 ……ばか。 |