エピローグ

「いやね、話は単純だったのよ。本人にすぐ接触できてれば、神岡くんにこんな面倒かけなくて済んだのに」
「それ、具体的に内容言って下さいよ」
 和泉澤学園附属高等学校の終業式の午後、智史と弘樹は、ことの起こりの喫茶店『アムール』で、担当編集者と再びお茶を飲んでいた。
 智史の傍らで、弘樹がLARKを燻らしている様子も同じである。
「小説を書いている女の子の方ね。あなたがデビューするずっと前から、そのペンネームで同人誌やってたんですって。愛着がある名前だから変えたくなかったらしいわ。イラストを入れてた方は今回だけシャレで『綾瀬えりか』を名乗ったみたいだけど。通販や、手紙の返事には別人だってこと、明記してたらしいし」
「じゃあ、完全に前田さんの勇み足じゃないですか。俺、睡眠時間削らされて、肌がボロボロですよ」
「なーに、20代半ばのOLみたいなこと言ってるのよ。若いんだから大丈夫だって。それで、ここからが本題なんだけど、神岡君の書いたあのレポート、彼女のサークルのおまけ本としてつけてもいい?」
「誰があんなの読むっていうんですか。レポートですよ。それに、本にするほどページがないでしょう。しかも、彼女のサークルでそんなの売ってたら、それこそ神崎智美が関わってると思われる」
「思わない、思わない。何かあったら、あたしが対処するし、絶対に迷惑掛けないから」
「何で、前田さんがそんなことに熱心に関わってるんですか? メリットがないでしょう」
 今まで、黙ってふたりの会話を聞いていた弘樹が、煙草を灰皿に押しつけつつ、質問する。
「話が盛り上がっちゃったのよ。これをおまけにつけたら面白いねって。あたしとしても、せっかくの原稿無駄にするのはもったいなかったし」
「原稿じゃなくてレポート。それ以上言うなら、原稿料取りますよ」
「それでもいいから、ねっ、お願い」
「……勝手にして下さい」
 これ以上、何を言っても無駄だと判断した智史が、弘樹を促し席を立った。
「そのかわり、ここは奢って下さいね」
 いたずら気にウィンクを飛ばし、智史が言う。
「商談成立」
 にこやかな表情で伝票を掴み、彼女も出口に向かう。
 店を出て、反対方向に歩き出したふたりと彼女の足取りは、前回とはうって変わって軽やかであった。

FIN

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