昼下がりの保健室(1) 《15禁》



 中原光昭は現在苦境に立たされていた。
 世の中には他人にとって都合の悪い場面に人より多く出くわしてしまう人間というのがいるもので……。
 中原光昭は子供の頃からそんな人間の日本代表にエントリーできるくらい、数多く知りたくもない他人様の秘密を自分の胸の中に納めて生きてきた。
 事実、今年の春、他校出身者が潜り込むのは至難の業ともっぱらの噂でそれが現実でもある、ここ和泉澤学園高等部に美術教師として奇跡的に採用されて、この不況下にラッキ〜ッと大喜びを束の間。
 まだ着任してから3月と経っていないというのに、教頭が無人の応接室でヅラを直している処に出くわしたり、人気のない特別教室の廊下で下級生が憧れの上級生に熱烈な愛の告白をしているところ──ここは男子高な筈なのだが──に出くわしたり。あげくに、喉が渇いてたまたまホテルの喫茶室でコーヒーを飲んでいたら、数学の教科主任が隣の女子校の生徒と──流石に制服でラブホはヤバかったのだろう──フロントで鍵を受け取ってエレベーターに消えていくのを目撃したりだとか、ほんの一例をあげただけでもうんざりしてしまう。
 そして今、彼はそんな人生の中でも、最大級にヤバイ場面に居合わせたのである。
 和泉澤学園中・高等部の保健室。そのベッドは基本的に生徒の為ではなく、教員の為に存在する。
 なぜなら、ここは全寮制の学校。生徒ならば保健室ではなく寮に帰って自分の部屋のベッドで寝れば良いからだ。
 もちろん、貧血、失神等の例外があるにはあるが、どちらかというと、この学校の保健室はカウンセリング室に近いのである。
 そして、本日。風邪気味でどうしようもなく頭の痛かった中原は、帰宅する前に頭痛薬を貰おうと保健室を訪れていた。
 が、中原がそこを訪れた時、ドアの鍵は開いているのに、保健医の天王寺は不在だった。しかも薬の棚には──当たり前だが──鍵がかかっている。
 ドアの鍵が開いているということは、すぐに戻ってくるだろう、ならばちょっと──とベッドに横になったのが中原の不運の始まりだった。
 いつのまにやら眠り込んでしまった中原が目を覚ました時──彼は既に泥沼にはまっていた。
 徐々に覚醒してゆく意識が捕らえたのは、「はぁ〜ん」とか「イイッ」とかいう、いわゆる喘ぎ声という奴で、あげくに粘膜が触れあう湿った音さえ聞こえてくる。
 ── マジかよ。
 中原は嘘であってくれという思いを込めて、音を立てない様にそろりそろりとベッドを滑り降り、パーティションの影から声のする方を覗き込んだ。
 もちろん、そんな中原の願いは天には届かなかった。
 まず、目に入ったのは床に脱ぎ散らかされた制服。次に、黒いスラックスをはいた保健医の──多分──足。そして、靴下だけが肌に残る素足が1本だけ。
 上方に視線を流すと、小柄な生徒が保健医によって壁に押しつけられ、片足を抱え上げられている。更に保健医が腰を使う度に上がる悩ましげな声。
 保健医の腕と抱えられた足がAVならばモザイクがかかる部分を遮っているので、一見スレンダーな女の子との情事に見えないこともないが、床に散らばった制服が、相手が和泉澤の生徒だということを証明していた。
 ── なんでだよ〜。
 この状況では、出るに出られない。
 というか、終わってからでも少なくとも保健医に顔を合わせずこの場を去る方法などありえない。
 眠ったことで多少はマシになっていた頭痛が再びガンガンと中原を襲っていた。
 どうしようもないので、その場に足を投げ出し座り込み、ベッドの足に寄りかかる。
 その間も、男子生徒はひっきりなしに、声を上げている。
 自分がここに居ることを知らないのは仕方がない。
 ── だけどなっ! その声、廊下に漏れたらどーすんだよっ。
 と憤る中原は、以前保健室のドアがとある生徒に蹴破られてから、耐久性も防音性も格段にUPしたものが保健医のポケットマネーで取り付けられたことを知る由もない。
 だいたい、ここにベッドがあるというのに、なんでそんなところでヤらなくてはいけないのだろう。
 否、今ここに移動されては最悪な状況が超最悪になるだけなので、始まっちゃっている以上、最後までそこでヤッてもらわなくては困る。
 だが、始める前にこちらに来てくれていれば、中原が寝ていることが解った筈だ。
 ── それにしても、悩ましい声出やがる。
 保健医に抱かれる生徒の声は、男のものだとは思えないほど甘く、快感に酔っている様子で──まるで、ハスキーな女性の声の様だ。
 ── ヤバッ。
 そんな余計なことを考えた途端、中原は自分の中心に熱が集まるのを感じた。
 バレンタインに男を振るという、世間に逆らったことをやらかした彼女と別れて既に半年近く。新生活に翻弄されて、今まで女に目が向く暇は無かったし、思い起こせばここ3日位は自分で抜いてもいない。
 ごくりと唾液を飲み込んで。
 中原の右手はゆっくりと熱くなっている部分に伸びかけた。
 ── 駄目だっ。
 中原は首を振って、後で確実に自己嫌悪に陥るであろう行為を思いとどまった。
 意味もなく数回両手をわきわきと開いたり閉じたりしてみて、最後にグッと握りしめる。
「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・バラ・ホアン・えーと……ネ…ネ…ネポムセノ・マリア・デ・ロス・レメディオス……」
 そして5秒後、中原が小声でおもむろに唱えだしたのは20世紀の偉大なる画家のフルネームであった。
 本人さえ自分のフルネームを知らなかったという、その画家の名は──パブロ・ピカソ。

☆   ☆   ☆

「ラ…ララ……ラ」
 中原がピカソの名前を暗唱し始めてから8分後。
 今の彼はそれに飽きてしまって、変な鼻歌を歌っている訳では決してない。
 現在進行形で暗唱の真っ最中だ。
 残り3分の1程度を残す段階で、どうしてもそこから先に進めなくなったのだ。
 最後の部分は解るのに、どうしても『ラ』の次が出てこない。
 何度最初からやりなおしても全く駄目で、そこの部分でどうしても詰まってしまうのだ。
 一つのことに夢中になると、それに熱中するあまり、他のことが見えなくなるというのは、あまり誉められたものではない、中原の癖である。
 特に、この様な状況では。
「ラ・サンティシマ・トリニダート・ルイス・ブランスコ・ピカソ」
 数字の計算をしている訳でもないのに、意味無く指を折り曲げて、ラララと呟き続ける中原を哀れに思ったのか、天から声が振ってきた。
「そう、それだよっ。サンティシマ・トリニダート! 神様ありがとう〜。えっ?」
 当然、その声を振らせたのは神様な筈がなく。掌の上に落ちていた視線を僅かに上げると、先刻覗き見たものと全く同じ黒いスラックスが目に入った。
「わっ、うわぁ〜、出た〜っ。あうっ」
 慌てて後退ろうとしたのだが、もともとベッドの足に凭れていたのを中原は忘れていた。結局は殆ど後ろには下がれないまま、背骨をしたたか打ち付けただけだった。
「出たはないでしょ、出たは。人を幽霊扱いしないで欲しいね。それに……どちらかというと、それはこっちの台詞なんだが」
「え〜、え〜と。まあ、おっしゃる通りで……」
 目線を自分に合わせられないまま、もごもごと話す中原を見て保健医はにやりと口元を歪ませた。
「う〜ん、いいねぇ。実にいい。素直な子は非常に僕の好みだよ」
 満足気に呟くと、天王寺は床に座り込んでいる中原の両腕を掴んで立ち上がらせると、そのままベッドに腰掛けさせた。
 不法(?)侵入と覗き見(巻き込まれ見?)の負い目がある中原はおとなしく天王寺にされるがままになっていた。
 が、そのまま保健医の顔がどんどん近づいてくるのには、溜まらず彼に声を掛けた。
「あの〜」
「何かな?」
 このやりとりによって、天王寺の顔が近づくのは一時停滞をみたが、離れる様子もない。
「何をするおつもりなんでしょう?」
「何って……言っただろう。素直な子は僕の好みだって」
「いえ、俺…いや、私が素直かどうかはともかく、その意見には賛成ですが……、だから、何を?」
「普通そういうことは、わざわざ聞かないものだと思うがね。まあ、敢えて言うなら口止めってやつかな」
「口どっ、んんっ」
 口止めなんてされなくても言いません、と言いたかった中原だが、それは途中で強制的に阻止された。
 もちろん、天王寺の唇が中原のそれに押しつけられたからだ。
 不意をつかれた中原は容易に天王寺の舌の侵入までをも許してしまう。
 舌を絡め取られたかと思うと、次には下唇を甘がみされていて、軽く吸い上げられたかと思うと、再び舌が絡んでくる──といった感じで。
 嫌悪感とかなんとか、そんなことを感じている暇など無い程に、はっきり言って天王寺のキスはヤバいくらいに上手かった。
 そうではなくても今の中原は、自分の欲望を九九ならぬ長名画家の名前を暗唱することで押さえていた状態なのだ。
 もともと火種が残っているところに、こんな口付けを与えられてはひとたまりもない。
 自分のものが形を変えてきているのを感じて、中原は思わず腰を引いた。
 当然、それに気付かぬ天王寺ではない。
 中原の頬に添えていた右手を迷わず中原の中心へと伸ばす。まずはスラックスの上からひと撫で。さらにやわやわと揉みしだく。
 その間だって、天王寺の舌はちっとも遊んではいなくて、執拗に中原の口腔を犯していた。
 いわゆるジャ○ーズ系の女受けするルックスが幸いして、彼女に不自由しなかった中原は、商売女はもとより年上の女性とも付き合ったことがない。
 今まで与えられたことのない、天王寺の手練れたテクニックに中原の理性はあっさりと陥落した。
 だから、天王寺の手がベルトを外し、自分のスラックスの中に忍び込んでくるのを感じていても、身体がもっと気持ちよいことを期待していて、動くことが出来なかった。
 ついにはトランクスの中にまでその手の侵入を許してしまう。指先でこすり上げられ、時折先端をつま弾かれ、中原は耐えきれずに声を漏らす。
 それなのに天王寺の手は、絶頂へと追いつめる動きはしてくれず、中原は堪えきれずに自分の手をそこへと差しのばした。
 が、天王寺はそれを許さず、その手を押しのけた後、中原の下半身を覆うものを剥ぎ取りにかかった。促されるまま中原は腰を僅かに上げ、保健医がスラックスごとトランクスを引き下ろすのを手伝う。
 熱くてしょうがなかったそこが外気に触れて、別の意味で気持ちよさを感じていると、いきなりそれはなま暖かいものに包み込まれた。
 気付けば、天王寺の唇は中原の口元を離れ、そちらへと移動していた。
 ベッドの脇にひざまづき、草むらをかき分ける時に似た仕草で太股を押さえつけ、保健医は中原を口に含んでいる。
 根本から先端へと向かって裏筋を舐め上げられたかと思うと袋を吸い上げられていて、そうかと思えばカリの部分を舌先でなぞられて。
 中原の今までの彼女だって頼めばくわえるくらいはしてくれたし、それはそれで気持ちも良かったが、そんなのは所詮お遊び程度だったのだと、今気付く。
 そして──射精を促す手の動きと共に、先端を強く天王寺に吸い上げられて。
 中原の意識は真っ白になり、はじけ飛んだ──

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