昼下がりの保健室(11) 《15禁》



「緊張しないで。優しくするから──」
 格技場から保健室の簡易ベッドへと場所を移し、その上に腰掛け身体を硬くする中原の耳元に囁いて。天王寺はそっと触れるだけのキスを落とした。
 こんなに緊張している中原を見ると、場所など移さず、あのまま雰囲気に流されてしまった方がやりやすかったかも知れないとは思う。
 しかし、時は既に0時が近く、守衛の見回りの時間が迫ってきていた。
 不審なもの音に格技場の中を覗かれでもしたら、自分はともかく中原がいたたまれない。
 それよりも、本気で天王寺は中原を大切に扱いたかった。
 中原を助ける為とはいえ、他の男を抱いた直後に彼を抱くのだから余計に。
 あなたが欲しいと言った後、恥ずかしさのあまり、目を合わせることが出来ない中原に、天王寺は「じゃあ」とだけ言うと、さっさと立ち上がり、彼の荷物を拾って鞄に詰めだした。
 一大決心で、あと100年生きられたとしても二度とは言えないだろう言葉を口にした中原は、天王寺の行動に唖然とするばかりで。
 もしかして自分は天王寺にからかわれたのだろうか? と無言で荷物を詰め続ける天王寺の姿に、中原の不安がピークに達したところで、彼が告げる。
「さあ、行くよ」
 腰が抜けかけている中原を右手1本で、しかしながら、身体を抱えるように丁寧に立ち上がらせ、天王寺は表へと向かう。
「一晩くらいは平気だろう」
 天王寺は格技場の扉をぴったりと閉めると、独り言のように呟いて、鍵も掛けずにその場を後にした。
 何処へ? と聞きたかったものの、結局中原はそれを口にすることは出来ないまま、天王寺に促されるままに歩き続け、そのまま職員玄関へと辿り着く。
 天王寺は自分のIDカードで玄関のロックを外すと堂々と中原を伴って、すぐ脇にある守衛室へと向かった。
「記録が残っちゃうからね」
 守衛室に向かう前、天王寺が中原に囁く。
 確かに、IDカードで玄関のロックはすぐ開くものの、その出入りは完全に記録される。
 ここまでくると、中原は天王寺の目指す目的地が保健室だということに気が付いていたが、彼が守衛室でこんな夜中に保健室に向かうどうやって捻りだすのかまでは想像が付かない。
 それでも「こんな遅くにどうしたんですか」と聞く警備員に、咄嗟に思いついたとは思えない、素晴らしく完璧な理由を天王寺はスラスラと告げた。
 しかも、傍らに中原がいる不自然さをも納得させる理由を。
 中原が酔っぱらって天王寺のノートパソコンにビールをこぼしたことになっているのが、本人的には大いに不満ではあったが。
 なんで俺が…とふくれる中原を天王寺がなだめながら、保健室へ向かう。
 天王寺がそこの鍵を開ける間も中原はぶつぶつと不満めいた言葉を漏らして彼に絡んでいた。
 中原は目的を忘れている訳では決してない。忘れていないからこそ保健医に向かって文句を言うことによって日常を取り繕っているのだ。
 これから何が始まるか充分に解っていて。でも、それを意識しすぎていることを天王寺に悟られたくはなくて。
 中原がいくら悟られたくないと思っていたところで、そんな行動はかえってそれを天王寺に知らしめることにしかならない。
 つっかかる中原をいつもの様にあしらいながらも、どのタイミングで彼を黙らせるかが天王寺にとっては一番重要で。
 だから、鍵が開いた後、先に部屋に通された中原が無意識の行動で点けてしまった保健室の明かりを、彼がいつもの席──といっても小さなテーブルの前に置かれた丸椅子だが──に座るのを待って消した。
 パチッというスイッチを押す音と共に消える室内の明かり。同時に響く施錠の音。
 それだけで中原を黙らせるには充分だ。
 消えあかりと施錠の音にビクッと身をすくませ、鞄の上に右手をおいたまま中原は動けないでいる。
 天王寺が一歩一歩近づいてゆく度に、その存在をものすごく意識しながらも。
 自分のすぐ背後までその足音が忍びより、中原がその身をよりいっそう固くした時、その足音は何故そのまま通り過ぎ、天王寺は自分の机の上のスタンドに明かりを点けた。
 実用性重視な蛍光灯のスタンドは、その周辺だけを照らすには充分すぎるくらい明るくて、でも雰囲気を出すにはちっとも役に立ってはいなく、中原は天王寺の行動に文字通り首を傾げた。
「いくらなんでも暗闇で仕事してましたって言い訳は立たないだろう。これさえ点けておけば、外からは明るく見える。それにね……」
 天王寺は言葉を濁したまま、中原の手をとり、パーティションの向こうにあるベッドへと彼を導き、その上に腰掛けさせる。
 通されてみると、絶対にこの人は何回か実践済だと中原が確信できるくらいに、その場は絶妙な明るさ具合だった。
 何も見えない程に闇ではなくて、でも相手の顔がはっきりと見える程には明るくはない。
 計算しつくされたと表現しても過言ではない、丁度良い闇具合。
 闇具合ってなんだよっ、と中原がひとり突っ込みを入れていると、そのままふいに天王寺に抱きしめられて、彼は再びその身を固くした。
 そんな中原に天王寺は優しい言葉とキスをくれる。
 幾度か繰り返される触れるだけの軽い口付け。
 中原の身体から徐々に力が抜けてゆくと、それはより深いものへと変化する。
 そうしながらも天王寺の手は中原の着ているカットソーの中に忍び込む。
 美術教師である中原の身に付けている物は、値段はそこそこだがセンスが良い。
 ミディアムブルーのそのカットソーは編み方が特殊なのか、その地に独特のパターンを生み出している。
 肌触りの良いピュアコットンのその服よりも、もっと触り心地の良い中原の肌は天王寺を夢中にさせる。
 それは、手触りそのものよりも、きっと伝わってくる体温の心地良さのなせる技。
 いつのまにか胸の上までたくし上げられたその服を、天王寺はそのまま中原から剥ぎ取り、続いて自分もシャツのボタンを2個程外すとそれをそのまま脱ぎ捨てた。
 肌が直接触れ合うと、中原の早い心臓の鼓動がより強く感じられる。だが、それは自分も同じだ。
 こんなにも胸がときめく情事はいったいどれだけ久しぶりだろう。
 中原は知る由もなかったが、彼が保健室で行為を行う時、その着衣は殆ど乱れることはない。
 中原に最初にちょっかいを出した時がそうだった様に。
 優しくするから──天王寺の言葉に嘘はなかった。
 いつもの様に圧倒的優位な立場に自分を置くのではなく、自らで衣服を脱ぎ捨て同じ処まで降りてゆく。
 波岡の言う様に、これは本当に特別だから。たとえ、本人には伝わっていなかったとしても。
 だからこそ、焦りはしない。
 下半身には手を伸ばさすに、胸の突起を口に含む。
 舌で数回転がし、甘がみすると中原の口から声が漏れる。彼が思わずのけぞらせたその首筋に、かじりつきたい衝動を押さえ、天王寺は愛撫を続ける。
 胸に、首筋に、そして手首に、自分の物であるといる印を、時折刻みつけながら。

☆   ☆   ☆

「せっ、せんせい…」
 既に下半身を覆う衣服さえも全て脱ぎ捨てられて、その膝を中原の足の間に割り入れながらも、天王寺は自分を呼ぶ愛しい相手が、一番触れて欲しい場所に手を伸ばしてはいなかった。
 割入れたその膝さえもギリギリの場所で、それに刺激を与えることを避けていた。
 とはいえ、その手も膝も中原にじれったい快感だけは、充分すぎるほどもたらしていて。
 溜まらず、中原は天王寺に向かって哀願の声を漏らした。
「テツだ。テツって呼べよ、光昭」
 天王寺は中原に囁いた。
 天王寺の名前は『徹』と書いて『とおる』と読む。『テツ』ではない。
 この呼び名は天王寺の初恋の人であって、最初に関係を持った男だけの呼び名だった。
 その彼を突然の事故で失ってから後の天王寺は、『テツ』はもとより自分をファーストネームで呼ぶことさえ相手に許すことはなかった。
 ついこの間まで、一番大切だと思っていた、自分の従兄弟にさえも。
「テ…テツ。おね…がい」
 中原のその呼びかけは、天王寺の耳に甘く響く。
 自分が思っていた程の小さな胸の痛みさえも呼び起こさずに。
 何を? と、とぼけてやっても良かったが、これ以上焦らすのも可哀想だったので、触れられてもいないのに既に天を仰いでいるそれを、素直に口に含んでやる。
 いきなり口に含まれ中原はその快感に身を震わせた。今の自分の恥ずかしい姿を想像することも出来ないままに。
 焦らしに焦らされていた上、天王寺の舌使いは相変わらずものすごく上手くて、中原はあっという間に限界近くまで追いつめられる。
 もう駄目──と限界を告げようとした時、ふいに天王寺の口が離された。
「やっ…」
 思わず漏れたその声は、天王寺がやめたことへの抗議でしかなくて、恥ずかしいと思う反面、それでも続きが欲しくて堪らない。
「光昭。ピカソのフルネームを言ってごらん。ちゃんと言えたら続きをしてあげるよ」
 降って来た声は信じられないもので。
 今、この状況であのとてつもなく長いピカソの名前を思い出すだなんて絶対に無理だ。
 でも、涙目になりながら中原が見つめても、自分を見下ろす天王寺は笑みを浮かべているばかりだった。
 なら、自分でとも思うが、間違いなくそれが阻止されることは既に経験済みだ。
 仕方なく、中原は目を閉じて、天王寺の要求する呪文の様なその言葉を唱えはじめた。
「パブロ・ディエゴ・ホセ…」

☆   ☆   ☆

「あっ…」
「ここか?」
 中原が突然襲ったその感覚に、短く声を漏らすと、天王寺は腰を進めて再びそのポイントを突いてきた。
 奥にあり、指では届かなかったその場所で得られる快感は、今までの物とは別物だった。
 膝を付き腰だけを高く掲げる体位をとりながら、中から伝わってくる、腰がしびれる様な快感の存在に中原は驚愕する。
 ピカソのフルネームを無理矢理暗唱させた上に、それに集中することもさせてくれることもなく、身体に様々ないたずらをしかける天王寺を、優しくするなんて大嘘じゃん、と、一時は憎らしく思った中原だったが、それは違った。
 それを受けている中原が勘弁してくれと、泣きを入れる長くて技巧的な前技は、最終的に天王寺を受け入れる時の痛みの軽減に役立っていた。
 もちろん、痛みが無かったとは言わないし、その前に受け入れていた指とは比べ物にならない圧迫感を伴ってはいたが、それは覚悟していた程辛いものではなかった。
 それどころか、初めて後ろに男を受け入れたというのに、自分は快感めいたものさえ感じている。
 身体の相性だとか、相手に気持ちを許しているとか他にも色々と要素はあるのだろうが、その殆どは天王寺の忍耐のおかげであろう。
 大体にしてねちっこい前技をしなくては、自分を高められない親父とは違うのだ。はやる気持ちをおさえることがどれだけ大変なことなのかは、男だからこそ中原にも解る。
 素直に感じること。
 それが天王寺の気遣いに対する礼だとも思ったし、幾度もイイ場所をすり上げられて、感じずには居られなかった。
「あぁんっ」
 天王寺が腰を動かす度に、自分でもそうと解るくらいに鼻に掛かった甘い声が漏れ、天王寺の侵入によって一度は硬度を失った自分自身が、手を触れられてもいないのに再び頭をもたげているのも解る。
「光昭。ねぇ、光昭、今君の中にいるのは誰?」
 天王寺に問いかけられても応えることさえ出来ない。
「ねぇ、答えて、光昭」
 もうすぐ、もうすぐ何処かにたどり着けるという時に、動きを止めて天王寺が問いかける。
 代わりに立ち上がり、涙を流す中原自身を刺激してくれてはいるが、それじゃ足りない。
 そのもどかしさに、中原の腰が続きを求めて自然と揺らぐ。
「光昭」
 名前を呼ぶと同時に、1度だけ軽く突き上げられて。それがもっと欲しくて中原は教えられた通りの名で彼を呼ぶ。
「テ…ツ。テツが俺の中に居る。だからっ…」
 中原の言葉に満足気に頷くと、天王寺は彼の望む物を与える。
 自分を呼ぶ中原の声が聞きたくて、余裕のある振りをしてみたが、天王寺とてもう限界が近かった。
 激しく抽送を繰り返しながら、手にした中原自身も同時にこすり上げる。
 そして、中原が掌にその精を放つとほぼ同時に、天王寺も彼の中で果てた。

☆   ☆   ☆

「生徒の前でばか言わないで下さい。何が南の島ですかっ」
 和泉澤学園高等部1学期終業式。
 例によって中原は保健医に噛み付いていた。
 もちろん、浪岡くんも一緒だ。
「もしかして君、ふたりっきりで行くとでも思ってるの?」
「えっ?」
 天王寺の言葉に中原は顔を赤らめた。指摘されたとおり、てっきりふたりきりの旅行に誘われたと思っていたからだ。
 あの後、天王寺と身体を合わせたのはまだ1度だけだったが、やっぱり場所は保健室で、それが2度目であっても天王寺はあんな感じだった。
 いくらあれが天王寺の愛の形だとはいえ、ふたりっきりで旅行なんかに行って、あの調子で攻められては身体が持たないと思っての発言だったが、どうやら自分の早合点だったらしい。
「浪岡くんも行くの。誘いもしない人の前で、旅行の話なんて振るわけないでしょう」
 にやにや笑う保健医に、にこにこ笑う浪岡。
 同じ笑顔でも、こうも印象が違うものかと、よりによって、にやにや笑いの男を好きになってしまった自分が中原はちょっと悲しくなる。
「でも、いいんですか? 一部の生徒を特別扱いして。俺はなんとも思いませんけど、他の先生とか生徒とかに何か言われませんか」
 だから、天王寺の感じの悪い笑顔には気付かぬ振りをして聞いてみる。
「バレなきゃ平気さ。浪岡くんには気分転換が必要だしね」
 しゃあしゃあと言って、保健医は浪岡にウィンクを飛ばした。
 それを見て中原は急に自分が虚しくなる。どだい、彼に何を言ったところで無駄なのだ。いい加減諦めろ自分と。
「じゃあ、詳しく日程が決まったら連絡するよ。楽しい夏休みになるといいね」
「はい。先生たちも夏休みを楽しんで下さいね」
 ぺこりと頭を下げて退室する浪岡はやっぱり爽やかだ。爽やかっていいよなぁ〜と中原はしみじみ思う。目の前に残った人物が爽やかではないだけに、尚更。
「そうそう。休み中の当直の日程聞いてる?」
 そんな中原の考えを知ってか知らずか、保健医は感じの悪い笑みを浮かべたまま彼に問いかけた。
 理由はわからないまま、別に隠す必要もないことなので中原は返答する。
「ええ、8月14日から17日です。なんだか、この辺りはみんな休みたいみたいで。新人ふたりにお鉢が回ってきました。国語科の大友先生と一緒です。なんで、わざわざ混んでる時期に休みたいのか俺には解りませんけど。先生は?」
「そこが家庭持ちと独身の違いだろう。僕は日頃の行いがいいから夏休み最初の4日間。どうせこの時期は学校に出て来なきゃならない雑用が残ってるからラッキーだったんだけどね」
「日頃の行いですか……」
 その意見には大いに反論があると言わんばかりのジト目で自分を見る中原に、保健医は笑い声をあげる。
「その不信感漂う視線はどうかと思うよ。日頃の行いがいいから浪岡くんだって僕たちのこと応援してくれたんだし、彼女が会社員の大友先生だって僕に当直代わってくれって頼みにきたんだと思うけど」
「えっ?」
 天王寺の発言に中原は固まった。
「そう、当直は僕と一緒。楽しみでしょ。いやぁ〜楽しい夏休みになりそうだ」
 意味ありげに笑う天王寺と、はははと乾いた笑いを漏らす中原。
 残念ながら、ことは全て保健医が思ったとおりに進むのだ。
 たとえ、ふたりっきりで旅行に行かなくとも、当直当番が一緒でなくとも、結局は天王寺が中原を巻き込んで大いに夏休みを楽しむことになる。
 その事実を、保健医の毒牙に掛かってしまった新人美術教師が知るのは、休暇が始まって半月も立たない時なのである。
 そして、既に人気のない保健室での午後は、まだ始まったばかりだ──

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●和泉澤TOP●


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