昼下がりの保健室《番外編》(4)
〜in southern island 〜



 再び気持ちを口にした後、一瞬たりとも視線を反らさず、自分を見つめ続ける冬野に、浪岡も再びため息を漏らした。
 冬野って奴はいつだってこうなのだ。 勘違いしてしまいそうになる自分を押さえるのに、浪岡がどれだけ苦労しているかも知らずに、心を揺さぶる言葉を何気なく口にするのだ。
 いや、今回は内容が内容だから、冬野だってそれなりに悩みはしたのだろうが、多分、彼と自分では、その想いの深さが違う。
 口に出せる程度の思いならば、当たって砕けてもいい程度の気持ちならば、こんなに悩みはしない。
 浪岡がなんとしても失いたくないもの、それが冬野だ。
 だから、友人の ままでいようと思ったのに。
 だから、冬野の告白をなかったことにしようと思ったのに。
 冬野は自分の全てを好きだというけれど、それは全てを知らないからに他ならない。
 浪岡が細川によって何をさせられていたか。
 天王寺が根気強く話を聞いてくれ、それが自分のせいではないと思えるようにはなった。
 犬に噛まれたと思えとか、事故だとは言わない、君は犯罪に巻き込まれた、単なる被害者だ。
 君の心の痛みが、君の辛さが解るだなんて、おごがましいことも言わない。
 だた、これだけははっきり言える。自分を責めるのはやめなさい。
 それが、君が自分自身にしてあげられる、一番大切なことだよ。
 細川との関係を告白した後、天王寺は言い切った。
 それまで、細川の下心に気付かず、のこのこと工房に行ってしまった自分のうかつさを呪っていた浪岡にとって、これは救いの言葉だった。
 名前は伏せられていたものの、浪岡の他にも細川にはめられた人間の存在を知ることも。
 自分の3倍も年齢を重ねていて、しかも事に及ぶ直前まで、単なる気のいい中年を完璧に演じることの出来る細川が相手では、騙されてしまうのも仕方ない。
 素直にそう思える程には、天王寺は浪岡を癒してくれた。
 だけど、どうしても忘れられないこともある。
 最初の行為の写真をたてに脅されて、以後も細川と身体を重ねてしまったこと。
 いや、これだけならば、ものすごく悔しくはあるけれど、いつか忘れることができるだろう。
 気持ちまで細川のものになった訳じゃないのだから。
 いくら天王寺に言われても、それだけは自分を責めずにはいられない、辛い現実。
 行為を重ねるたびに、細川の手によって開発された浪岡の身体は、気持ちとは別の反応をしていたのだ。
 上げまいとしても、性感帯に触れられるたびに、漏れ出てしまう自分の嬌声。
 どうしても耐えきれなくて、細川にイかせてと頼んでしまった自分自身の掠れた声。
 これが耳に焼き付いて離れない。
 こんな姑息で非道な手段で浪岡の身体を奪った細川の手によって感じてしまった自分が許せない。
 自分が、脅されていたが為に、辛い行為に耐え抜いていたというのならば、浪岡は冬野の告白を受け入れられたかもしれない。
 心も体も冬野のものになれたらなら、どんなにいいかと思う。
 いくら心が冬野一色で染め上げられていたとしても、浪岡の身体は真っ新ではない。
 細川が土足で踏みにじり、消えない汚れを残してしまったのだ。
 世界中の誰よりも冬野のことを好きだとしても、否、好きだからこそ、そんな自分に彼を関わらせる訳にはいかない。
 僕は君なんか好きじゃない。男が男を好きだなんて気持ち悪い。
 今、ここでそう言えば、浪岡の恋は完全に終わる。
 だけど、例え嘘だとしても、自分は冬野を嫌いだなんて口にできない。
 そうしてあげるのが、彼にとって一番いいと知っていたとしても。
 ならば、自分が冬野に嫌われてしまえばいい。
 確か、去年同じクラスだった塚原はひとりで部屋を使っているから引っ越せるはずだ。
 ── バイバイ冬野。
 心の中でそう呟くと、浪岡は口を開いた。
 自分が去年の秋頃、誰とどんなことをしていたか、それを包み隠さず、冬野に告げる為に。

☆   ☆   ☆

「くっ…」
 中原を膝の上に抱え上げた天王寺が短く声を漏らす。
 ほんの一瞬前、保健医の手に欲望を放った中原の内壁が、そこを貫いている天王寺きつく締め上げ、彼もまた自分を解放したからだ。
 中原の身体を抱えたまま、天王寺はドサリと草地に倒れ込んだ。
 そのまま状態のまま息を整えて、ゆっくりと目を開けた天王寺は、頑張ったかいがあったと、にやりと口元を歪ませた。
 いつも以上に執拗な前戯と慣れない体位に、未だ天王寺の身体の上でぐったりしている中原の肩に触れて身体を数回ゆする。
 何? と気だるそうに呟く中原に、天王寺は見てごらんと囁くと、正面にある先程の変わった形の木を指差した。
 天王寺の指先を視線でたどり、中原は驚いた。
 これが、どれ程の確率で起きるもので、どれだけの絶妙さ具合なのかは、さっぱり想像もつかないが、木が交差して空いた穴の中に、えらくスマートな三日月がすっぽりと収まっているのだ。
 その奇蹟の風景と、未だ自分の中にいる天王寺の存在感に、中原は彼の自分に対する愛情を実感する。
 確かに、ここはとっておきの場所だ。
 少なくとも、自分は、今、目に映るこの風景を忘れることはないだろう──

「あーあ、シャツに草の染みついちゃったよ。こんな時白衣があれば便利なのに」
「まさかとは思うけど、いつでもどこでも下に敷けるように、常に白衣着てるわけじゃないだろうね」
 天王寺のとっておきの場所を堪能しての帰り道。
 自分のコットンシャツの袖をつまみながら、ぼそりと漏らした天王寺に、中原が彼を横目で睨みながら問いかけた。
「どこでもって、校内の一体どこに敷けるって言う訳?」
「そりゃ……」
 質問を質問で返されたことにも気付かず、中原は首を傾げた。
 貧困なイメージを広げたあげく、やっとこさ思いついた場所を2箇所程あげてみる。
「裏庭の植え込みの影とか、体育用具室とか…かな」
 自分の言った台詞を聞いて、天王寺がにやりと笑うのを見て、中原は鳥肌がたった。
「ほぅ、そういう場所がお好みか。楽しみにしてていいよ、学校が始まったら、君の希望を叶えてあげよう」
「叶えて欲しくないからっ。って、その前に希望もしてないからっ」
 中原の本気の否定に天王寺は、あははと声を上げて笑った。
 金もそういうことをする場所もない生徒達とは違うのだ。さしもの保健医も、特別本気でそんなことをしようとは思っていない。
 それを、真面目に受け止める辺り、中原という人間は、全くもって楽しい奴だ。
 そして──
 憤慨して先に進んでしまっている中原は見ることがなかったが、天王寺は本日2度目の爽やかな笑みを漏らした。

☆   ☆   ☆

「知ってたよ」
 全てを告げた後、これでも僕の全てが好きだと言える? と自嘲の笑みを漏らしながら言った浪岡に、冬野は静かに告げた。
 この言葉に、浪岡は目を見開く。
「知って…た?」
「ああ、天王寺に全部聞いた」
「先生……どうして」
「多分、俺がお前を心配するあまり、暴走するとでも思われたんじゃないか? 天王寺に止められなきゃ、俺、お前が今よりもずっと辛い気持ちでいる時に、お前のこと問いただしてた。どんなことしても、口を割らせるつもりだった。だから、天王寺を責めるなよ」
「ああ、そんなの今更責める気にならないよ。それより、冬野、君だよ。知ってて……知っててどうして、僕の全てが好きだなんって、そんなこと言い出す訳? ほら、僕の言った通りじゃないかっ。やっぱり、君の気持ちは同情なんだよ。酷い目にあったルームメイトが可哀想なだけなんだっ」
 握り締めたこぶしを震わせ、唇を噛む浪岡に、冬野はどうにかして自分の気持ちを伝えようと叫んだ。
「浪岡っ、それは違う」
「違わないっ。君はいつだって、誰にでもやさしいんだ。たまたま、僕が君の周りの中で一番可哀想だっただけだろ。だから、一番やさしくしてあげようと思っただけなんだろ。それを好きだなんて言葉で取り繕わないでくれっ」
「ばか言うなっ。同情で人と付きあえる程、男に告白できる程、俺は人間が出来てねぇよっ」
「だから、それは勘違いだって!」
「勘違いだぁ〜。なら、お前が秘密を告白してくれたお礼に俺も告白してやろうか? 細川との話を聞いて、俺が一番最初に思ったことを。お前が気の毒だ、可哀想だって思う前に、悔しかった。お前の辛さを考えるより前に、俺もお前を抱きたいと思った。その気持ちを、自分より先に天王寺に見抜かれるぐらいにな。はんっ、人としてサイテーだろ。傷ついた人間をいたわる前に、自分もヤりたいだなんてなっ。そこまで自分中心で物事を考えるぐらい、俺はお前の事が好きなんだっ! 例え、お前に迷惑がられたとしてもなっ!」
 長台詞を殆ど息継ぎもせずに言い終えて、肩で息をつく冬野を浪岡は呆然と見つめていた。
 ── 冬野が? そこまで僕を──
 胸の中にじわじわと広がり始めた、暖かくて嬉しい気持ちを浪岡は、慌てて隅へと追いやった。
「ありがとう。君の気持ちは素直に嬉しいよ。でも、やっぱり君は本当の僕を知らないよ。嫌々抱かれている筈なのに、それでも僕は細川の手で感じたんだ。涙を流してお願いしますって、彼をねだりさえしたんだよ。結局、相手は誰でもいいって淫乱なんだよ。それでも、僕を好きだと言える? 否、お願いだから、好きだなんて言わないでくれ。そんな冬野、僕の好きな冬野じゃない」
 涙を流しながら告げる浪岡を冬野は思わず抱きしめた。
「ったく、融通のきかない奴だな。感じたんじゃない、感じさせられたんだ。ねだったんじゃなくて、言わされただけなんだろ。頭でごちゃごちゃ考えないで、試してみればいいじゃないか。好きな相手とのHってやつをさ。その後で、お前がそれでも駄目だって言うなら、俺はきっぱり身を退くよ」
 言うと、冬野はゆっくり浪岡をベッドに押し倒し、深い口付けを落とした──

☆   ☆   ☆

「仕ないなぁ。管理人さんに頼んで開けて貰いましょう」
 中原のもっともな提案に天王寺はゆっくりと首を横に振った。
「それは、やめた方がいいな」
「どうして?」
「鍵っていうのは、必要があるからかけるものだからだよ。君が誰かに愛の告白をしている時、それを物陰から覗かれてるのに気付いたらどう思う? 覗いている相手を撲殺したくなるんじゃないのかな? 僕は嫌だよ、花瓶で頭を殴られるのは」
 天王寺の言葉に、中原は、はは〜んと納得した。
 今、きっと、浪岡が冬野に告白しているのだと。
 実際は、その逆で、しかも告白以降、驚きの急展開で一気に先に進んでいるのであるが、中原は事情を全く知らないので、誤解するのはしょうがない。
 ── それにしても、何故、撲殺限定?
 そういう場合は、どちらかというと絞め殺したくなるのではないだろうか? などと、すぐに思考が別方向にいくのが、中原のお茶目なところだ。
 そんなところが、保健医にいたく気に入られた理由だとは、やっぱり中原は知る由もない。
「時間潰しに、管理人さんのところに、UNOでもしに行こうか」
 時間潰しに、島をもう1周しようかと提案されるよりはよっぽどましとはいえ、大の大人が3人でUNOかよ。しかも、あるのかよUNOが。そして、どうしてUNO限定なんだ。
 と、中原は大きくため息をついた。
 いい加減に、その反応が面白いから、保健医に遊ばれてるってことに気付いても良さそうだぞ、中原。

☆   ☆   ☆

「あ〜、宿題、どーしよう」
 翌日、空港の待合室で頭を抱える若者がひとり。言うまでもなく冬野である。
「僕ので良かったら写させてあげるけど」
 その傍らで、明るい笑顔を見せるのは、やはり言うまでもない浪岡だ。
「浪岡くん……。仮にも教師の前でそういう言わない方がいいんじゃない?」
 浪岡の楽しげな様子に、どうやら告白はうまくいったらしいと中原も喜んでいた。
 だが、教師が目の前にいるのに、そりゃないだろと、中原は苦笑と共に浪岡に告げる。
「そうかもしれませんね。でも、生徒をおいて夕方から3時間もどこかに消えちゃう方が、仮にも教師のすることじゃないと思いますけど」
「えっ、いや、それは……」
思わぬ切り返しにあい、あたふたしている中原に、冗談ですよと言いながら、浪岡はちょっと離れた場所から自分たちを見守っている天王寺に目をやった。
 目があった天王寺に感謝の視線を送る。
 好きだからこそ知っているのだが、冬野はそんなに器用な方ではない。
 昨夜、そんな冬野との行為がいたってスムースに進んだのは、保健医の関与なくして有り得ない。
 そして、冬野のいうように、抱かれてみて解った。
 好きでもない相手に無理に感じさせられるのと、好きな相手に抱かれるのが、どれほど違うのかということが。
 唇を合わせるだけのキスをするだけで、指先で頬を撫でられるだけで、自分が高ぶってゆくのが解った。
 そして、心がものすごく温かくなることも。
 今でも、自分のことは許し切れていないけれど、冬野がそれを受け止めてくれるのならば、それに甘えようとも思う。
 だって、自分は世界で一番、冬野を好きでいられる人間な筈だから──
 高校2年の夏休み終了間際。
 浪岡は晴れやかな気持ちで保健室を卒業した──

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●和泉澤TOP●


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