恋のトリックスター 〜その1〜 原作:諸々の事情により秘密
Novelize:諸々の事情により冴木


「はぁ〜〜〜〜」
 俺、青柳壮太(あおやぎそうた)は窓際の特等席で大きなため息をついていた。
 太陽が燦々と輝く、夏。
 夏休みを間近に控えた高校生とは思えない、しょぼくれっぷりだ。
「どーしたんだ、壮太。元気ないなー、恋わずらいか?」
「えっマジ? お前がぁ?」
 そんな、俺の様子を見てクラスメートがちゃかしてきやがる。
 いくら名門と名高い、和泉澤学園附属高等学校の生徒とはいえ、休み時間に交わされる会話の内容はこんなもんだ。
「……ほっといてくれよ」
 いいよな、お前らはお気楽で……
 悩みの無い人間なんて居るはずがないと思いつつも、微妙に失礼な感想を抱きながら、俺はうるさい友人共を排除にかかった。
 今、俺は慎重に検討を重ねなくてはならない、高校生にとっては重要な考え事の真っ最中なのだ。邪魔するでない。
「いつもと違うこのリアクション」
「これはどうやら本気ですよ」
 確実に俺の耳に入るようにひそひそ話をするとは、俺に対する挑戦か?
「お前らなぁ……」
 他にすることないのかよ。
「なんだよー。それでどこの誰に?」
「さーね」
 心配というよか、完全に興味本位で聞いてくる奴なんかにもったいなくって話せるかと、俺は素っ気なくはぐらかした。
「あれっ? それってさ、あれじゃねーの? この前霞ヶ丘(隣の女子校。お嬢様校)の学祭行った時のさー」
 ギクッ!
 隣の机の上に座って足をブラブラさせていた松原が、思い出さなくてもいいことを思い出したらしい。
「図星だな」
 松原めっ! 余計なことを!
 しかも、妙に楽しそうな口調で問いかけるとは!
「えーっ? 何それ」
「それがさー、恥ずかしいんだぜコイツ。名前とか聞いちゃってさ〜」
「わ〜〜っ! やめろー!」
 大声で遮って、松原の首を絞める。
「おごる! お前の愛するカツサンド、おごるから!」
 ああ、余計な出費が……。

☆   ☆   ☆

 松原の言う『あれじゃねーの?』はまさしく正解で、奴と連れだって出掛けた霞ヶ丘の学祭で、俺は運命の出会いをしたのだ。
 彼女は、黒目がちの大きな瞳に、柔らかそうなショートカットの髪……。とにかく! 何もかもモロに俺の好みのタイプで──
 まさしく、一目惚れだった。
 彼女からビラを受け取らなければ、絶対に見に行く訳がない合唱部の発表に顔を出したのも、もちろん下心あってのことだ。
 どんなに綺麗な声で歌うのだろうと思っておもむいた会場だったが、彼女はピアノ伴奏担当だった。
 否、だからといってがっかりしたわけじゃない。俺が運命を感じた彼女は、もちろんピアノの腕も素晴らしかった。
 大いに感動した俺は、講堂の前で彼女の出待ちをし、その素晴らしさを誉めたたえた。
 が、塚原茜(つかはらあかね)という彼女の名前を聞き出すことに成功し、よっしゃあ、一歩前進! と思っていたのは、どうやら俺だけだったらしい。
 昨日、本屋にヤンジャン(蛇足だろうが、ヤングジャンプの略)を買いに向かう途中、俺の視神経は、我が脳に残念な報告をしなくてはならなくなった。
 俺よりルックスも身長も1.1倍(当社比)はポイントが高いと思われる、しかも和泉澤の生徒と彼女が肩を並べて歩いていたのだ。
 あれって……、深く考えるまでもなく、やっぱり、そーゆーことだよなー。
 考えたってどーしようもある訳がない事柄を、やくたいもなく考えながら、昼休み、俺は人気がない裏庭をブラブラと徘徊していた。
 畜生! 午後はさぼって昼寝でもしてやるか、とヤケになりかけたところで、柵の向こうの木陰に転がっている人間に気が付いた。
 このくそ暑いのに、木陰とはいえ良く寝られるな、と、自分の考えていたことは棚に上げて、柵によしかかり、その大物の顔を覗き込む。
 ! え……っ 茜ちゃん?!
 確かにこの顔は茜ちゃんだ。どーしてこんな処に??? 
 ん? 待てよ。
 混乱している頭で、出来る限り冷静に考える。
 柵の向こうってことは……、中等部の敷地ってことだ。更に、よくよく昼寝人間を観察してみると、やけに見覚えがある──そう、自分もさんざんっぱら着た中等部の制服を着てるじゃないか。
 ってことは──
 別人!! しかも男だぁ〜。
 しかし、しかしだな。世の中に似た人間は最低3人は居るというが、これは似すぎじゃねーか。
 まじまじと見とれている内に、柔らかそうな髪が愛おしくて、思わず手が伸びてしまった。
「……誰?」
 閉じられていた瞳が、ゆっくりと開き、俺は慌てて手を引き後退った。
「わっ、ごめんっ。否、俺、別にあやしい者じゃなくて……」
 とか言ってみたものの、我ながらこのリアクションは充分に怪しいと思う。
「俺に何か用?」
 眠そうに瞼をこすりながら、茜ちゃんもどきが問いかけてくる。
 可愛いじゃないか……、じゃ、なくって……。
「えっ……、えーと……」
 用と言われると、有るような無いような。一体何を、どう説明しろって言うんだ?
「………」
 考えがまとまらず、謀らずして無言のまま数秒見つめ合う羽目になる。
 はっ! だから、男を見つめてどうするというんだ俺!
「愛の告白とかだったら悪いけど俺……」
「ちっ、違う!!」
 ほら見ろ、男をじっと見つめているから、あらぬ誤解を招いたではないか俺!
「あのっ、そう、そうだ。君、茜ちゃんの親戚筋かなんか? あまり似てたもんだからびっくりして」
 そうだ、冷静になれ俺!
 こんな近所に同じ顔が二つあって他人だと考える方が間違っている。
 そうだろう、そうであってくれ!
「なんだー、姉貴の知り合いかー」
 ビンゴ!
「いや…知り合いってホドじゃ……。いや、それはともかく、びっくりしたぜ…もう。一瞬、本人かと思ったよ」
「まあ、よく間違われるけどね……」
 誤解も解けた処で、お互いに柵によりかかりつつ、これも何かの縁ってことで自己紹介をしあった。
 コイツの名前は緑(みどり)。茜ちゃんの弟で、ウチの中等部の2年だそうだ。
 茜に緑。なかなか風流なネーミングセンスの両親ではないか。
「でもさ、俺の方が姉貴より美形だと思わねー?」
「どこがだよ」
 おいおい、先輩とタメ口かい。随分な態度じゃないか、と思いつつも口には出さない。この顔の持ち主とくだけた口調で話せるのが楽しかったからだ。
「えー? 俺の方がモテるんだぜー」
「男にか?」
「………」
 からかってやると、緑の奴はさっと視線をそらして、ノーコメントを決め込んだ。
 先刻の台詞といい、男に実際もててしまっているんだろう。
 まあ、気の迷いを起こす奴らの気持ちも解らないではない。
 性別は男なくせに、顔だけ見れば茜ちゃんと見分けがつかないとくれば……ね。
「──それにしても。マジでそっくりだよなー」
 望んでも容易には触れられない顔がそこにあると思うと、思わず緑の頬に手が伸びる。
 ……茜ちゃんと同じ顔だ──
 やっぱり見とれてしまう。
「何だよ? キスでもしたくなった?」
「えっ!」
 自分の思いを見透かされたかの様な緑の問いかけに、顔が熱くなるのが判る。多分、耳まで赤くなっているに違いない。
 否、だから、男相手に赤面してどうする俺!
「してもいいよ」
 自分の唇を指差し、緑は上目づかいで俺を見上げてきた。
 違うと解っていても、この顔にそんなことを言われて遠慮できる程には、俺の人間性は出来上がっていなかった。
 ゆっくりと顔を寄せ、触れるだけが精一杯のキスを交わす。もしかすると震えていたかもしれない。
 長かったようで一瞬であっただろうキスを終え、唇を離した処で、はっと我に返る。
 な……何やってんだ? 俺!!
「初めて?」
「えっ……」
 そう、確かにこれは相手の性別に関わらず、俺のファーストキスってことになる。
 っていうか、だから、何やってるんだよ、俺!
 ああ、今日の俺は、俺に怒られてばっかりいる……。
「正直──!!」
 そんな俺のリアクションを見て、緑がまさしく腹を抱えてゲラゲラ笑い出す。
 ……か、からかわれたのかっ、俺! しかも3つも年下の奴に!
 ショックのあまり、いよいよ自分を叱責することも忘れ、俺は踵を返した。
「帰る!」
「まーまー。怒るなって、冗談だよ」
 緑が帰りかけた俺の制服の袖をつかんで引き留める。
「冗談で済むかよ! 繊細な青少年の心を傷つけやがってさ」
「男子高校生がすねてみたって可愛くないって。なあ、腹減ってない? そーだよ、腹減ってるから怒りっぽくなってるんだよ。メシ食いに行こう」
 そーゆー問題か!
 と思いつつも、昼休みも半分を過ぎて腹が減っていることは確かだ。
「そーだな。お前もさっさと戻って給食食いな。俺はリッチにA定食うけどな」
 バイバイと後ろ向きで手を振って、その場を立ち去りかけた俺のブレザーを引っ張り、緑が再び俺を引き留める。
「今更戻って給食が残ってる訳ないだろう」
 ……確かに。育ち盛りで食い盛りな中坊の集団が、主の居ない一食分の給食を放って置くはずがない。
「何だよ、俺にパンでも買って来いって言うのかよ」
 しょーがねーから、それくらいはしてやるかと親切に思っていた俺に、緑はニコっと笑ってこう言った。
「キスのお礼に奢ってよ、A定。口止め料も兼ねてさ」
「緑〜、お前なぁ〜」
 こうして俺は、本日2回も茜ちゃんがらみで、他人に奢る羽目に陥ってしまったのだ。
 神様、お願いします。税込み620円は諦めますから、どうか、茜ちゃんとうまくいきますように……。

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