恋のトリックスター 〜その3〜 | 原作:諸々の事情により秘密 Novelize:諸々の事情により冴木 |
もっと、もっと深く── 自分が今何をしているのか、判らなくなってくる。 ただ感じるのは、これじゃ足りないという焦燥感。 考えるより先に、俺の両腕は逃してなるものかと言わんばかりに緑を抱え込んだ。 未だ成長過程にある緑の身体は、俺よりふた回り程小さく、すっぽりと腕の中に収まるグッドサイズだ。 そーゆー経験に欠けるため、途中で呼吸がままならなくなり、一端口づけを中断し、緑を抱きしめたまま息を整えた。 緑の肩に顎を乗せているその状態だと、俺の鼻先を緑の柔らかい髪がくすぐる。 くすぐったさに、顔を左右に軽く動かしたその時、俺はいつのまにか緑の両腕が自分の首に回っているのに気付く。 それがなんだか嬉しくて、ぎゅっと両腕に力を込めた後、一端緩め、緑の顔を覗き込む。 ちょっと潤んだ様子で、俺を見つめるその瞳が更に愛おしさをつのらせる。 「緑──」 名前を呼び、もう一度強く抱きしめてから、再び深く口付ける。 いくら深く口づけても、舌を絡め取っても、まだ何か足りない気がして、俺は唇を緑の首筋に移した。 左手で頭を抱え固定してから、頸動脈を下からたどるように移動し、耳たぶに軽く歯を立てる。 その間右手は、開襟シャツのボタンを2個程外し、その中に滑り込む。 そして── その、女の子のものとは確実に違う、平坦な胸に手を触れた時、俺は急に我に返った。 キスをしている分には気が付かなかった現実だが、緑は男なのだ。 でも、それに気付いた今も、嫌悪感はない。 嫌悪感どころか、経験不足のおかげでしょっちゅうするはめになっていた妄想と現実がちょっと違ったことに戸惑ってしまっただけで、やれというなら、全然このまま緑を押し倒せる。 ……俺。 本当はどっちが?── 考えてみたところで、そんなことは俺自身にも判らない。 だけど、判らないまま成り行きで──っていうのは、やっぱマズイ。何より緑に申し訳ないじゃないか。 大きくため息をついた後、俺は緑から身を離した。 まずは謝ろう。自分自身の気持ちも判らないふがいなさを。 「……ごめん」 「ごめんって……、何が?」 まるで、聞きたくない言葉を聞いたかの様に、緑は俺と視線を合わせようとしない。 緑、お前── 「だって、いいのかよ。俺はお前のこと身代わりにしてるかもしれないんだぜ?」 俺の質問に、緑は俯いたまま質問で返してきた。 「…そうなの?」 「……判んないんだよ、自分でも」 俺は今の気持ちを正直に伝える。 「……最近、お前と居ると何だか落ち着かなくて……。でも、それって単にお前が茜ちゃんと同じ顔してるからかもしれないし……」 それとも── それとも、緑にマジ惚れ……? 考えたって判らないことは解っているのに、また考えてしまう。 もしかすると、俺の学習機能はワープロ以下かもしれない。 「なるほど。まだ諦めきれないんだな、姉貴のことが」 思考のどんずまりで立ち往生していた俺に、緑がとんでもない台詞で爆弾を落とした。 「えっ」 否、でもそれは違うぞ緑。 「別にそういう訳じゃ……」 「そーなの! そーに決まってんじゃん!」 こめかみに青筋を浮き立たせながら、緑が力説する。 っていうか緑、俺にも判らないことを何故お前が決めつける…… 「告白しろよ、姉貴に、思い切ってさ。まだ可能性がゼロって訳じゃないだろ?」 「うーん。まあ、それはそうだけどさ……」 それはそうなんだけど、微妙に論点がズレていってる気がするぞ、緑。 「じゃあ、今からウチに来いよ! 姉貴いる筈だから」 「はぁ〜っ?」 「はぁ〜っじゃねーよ。いつまでウダウダ言ってる気だよ! ほら、行くぞ!」 言い終えた途端、緑が俺の腕を掴み、廊下に向かう。 「行くぞって、マジに今から行くのかよ。それは、いくらなんでもいきなり過ぎるって、おいっ、緑!」 「いーから!! 善は急げって言うだろ!」 一応腰を引いて抵抗を試みるが、何をそんなに興奮してるのやら、思いがけない体力を発揮し、緑は俺を練習室から引きずり出した。 そして── ☆ ☆ ☆ 俺が今、何処で何をしているかというと──緑んちの門前で途方に暮れているところだ。 そう、俺はとうとうここまで連れてこられてしまっていたのだ。 こんな近所に住んでいるのに、それでも寮に入れるなんて、うちの学校も案外と融通がきかないんだなとか考える。 いや、そんなことを考えている場合じゃない! 恥をかきたくないなら、今が逃げ出す最後のチャンスだ。 「やっ、やっぱ俺、止めとくよ」 今にも玄関に向かいそうな緑を引き留め、意志を告げる。 「なんだよ、ここまで来て」 ムリヤリ連れてきたのはお前だろう、というツッコミは、この際横に置いておくとして…… 「だけど、お前ホントにいいのか?」 「…なにが?」 一瞬俺をキッとにらみつけ、吐き捨てるように緑が言う。 しかしだな、緑。あれだけ奇妙なリアクションの数々を披露されると俺としても考えるぞ。 今だって、ほら…… だから、聞いてみることにする。 「なんか、こんなこと言うと自惚れてるみたいだけど、お前もしかして俺のこと……」 「…何言ってんの。俺はただ、からかってただけだよ。壮太の慌てぶりが面白かったから」 と言いつつ、その力無い笑顔はなんなんだ、緑。 「姉貴呼んでくるわ」 家に向かう緑の背中をなにげに眺めているうちに、それは確信に変わる。 しかし、緑にここまでさせるとは…… 俺のダメ男っぷりってどうよ。 これだから女にモテないんだよな、きっと。 「壮太」 緑の呼びかけに、俺は、考えている間中つま先を見つめ続けていた視線を上にあげた。 「連れてきた」 緑が指さす先には、俺を悩ませ続けた、茜ちゃんの本物が立っていた。 あ…やっぱ、どうしても見とれてしまう。 「じゃ、俺、家に入ってっから」 バイバイと背中を向けたまま手を振り、緑が席(?)を外す。 ちっ、人ごとみたいな態度とりやがってさ……って人ごとか(苦笑)。 っと、そうじゃなくて、まずは目の前の問題を片付けねば。 「あのっ……。えーと……俺……」 「学校祭で会いましたよね」 うまく話を切り出すことを出来ない俺が哀れだったのか、茜ちゃんが話をふってくれる。 「えっ、覚えててくれたんだ。俺のこと」 ちょっと、感激。 「かなり、インパクトあったから」 ちょっと、がっくり。 「はは……、そーだよな。出待ちまでして、あげくにテンション高かったもんな俺」 「そんな……」 否定しかける茜ちゃんを手で遮って、俺は言葉を続ける。 「あの日会った時から、すごく気になってたんだ。君のことが知りたくて……、君の弟から色々聞きだそうとしたりね」 だけど── 胸に手をあて、心を落ち着ける。 ほら、頑張れ俺。 「だけど、気付いたんだ……。いつの間にか、もっと大切なものができていたことに……」 ☆ ☆ ☆ 「よっ、お待たせ」茜ちゃんとの話を終え、俺は緑の部屋へと向かった。 「壮太……」 机につっぷしていた、緑がゆっくりとこちらを振り返る。 緑の様子をうかがいながら、俺はさり気なく、部屋の中を見回した。男子中学生の部屋にしては結構片付いている。もっとも、毎日居るわけじゃないんだから当たり前か。 「で、姉貴はなんて?」 わざとらしいまでに、興味なさげな口調で緑が問いかけてくる。 下手な芝居だな緑。ほら、聞いて驚け。 「ん? ああ……、『弟をよろしくね』だってさ」 「ああ、そう。それは良かっ……」 聞いてらんねーよと言わんばかりに、そっけない返事をしかけた緑の言葉が途中で消える。 いち、に、さん… 「ちょっと、待ったぁ〜! お前、何言ったんだよ!!」 きっちり3秒後、椅子を蹴倒しながら立ち上がり、緑が俺に向かって詰め寄ってきた。 そんな緑に、俺は笑顔で応える。 「いやー、なんでこんなことになっちゃったんだろーなー。世界は不思議に満ちてるよなぁ〜」 「し……信じらんねー、サイテー」 ショックのあまり身体を小刻みに震わせながら、緑はさらにブツブツと文句を続けた。 「恥ずかしーっ! たとえ本音だとしても、どーしてそーゆことするかなー」 「悪ィ。なんか、成り行きでさ……。あの状況で茜ちゃんに告白しないでいるには、本当のこと言うしかないじゃんよ」 「に、したって! もぉ〜!」 怒って、ぷいっと背中を向けた緑を、そのまま後ろから抱きしめる。 「緑」 耳元でささやくと、緑の肩からふいに力が抜ける。 「…変な奴。俺の方がいいなんて。言っとくけど、俺、男だぜ」 「それは、お互いさまってやつだろ?」 「ふーん。大した自信だな壮太」 「まあね」 そうだよ、大した自信でもなきゃ、一時期本気で憧れていた相手に向かって、あんな衝撃の告白ができるもんか。 そして、彼女に告げた言葉は、やっと判った俺の本心。 ──俺、今はもう、緑のことしか考えられないんです── FIN
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