〜 命の花 〜

プロローグ

 木々の緑が青さを増し、爽やかな風が流れる気持ちの良い初夏の午後も黄昏近く。街道に沿って植えられた広葉樹が、肩を並べて歩く旅人をいささか強すぎる日差しから丁度良く守ってくれている。
「せつなすぎる……」
 傍目には親子連れに見える2人の内、娘の方が、ため息と共に小さく呟いた。気持ちがささくれだっている時は、あまり良い天気過ぎるのも却って神経を逆なでする。
 娘──サラサは、腰まで伸ばしたつややかな直毛を緩慢な仕草でかきあげた。
 銀髪碧眼、年齢28歳。が、実際の彼女は特に童顔では無い筈なのに、どんなに多く見積もっても20歳以上には見えない。更には、気品を備えた美貌と白い肌、男性ならば思わず自分が守ってあげたいという衝動にかられてしまう、華奢な身体の持ち主でもあった。ひっくり返して言うならば、同年代の女性からは嫉妬を込めて『化け物』と言われても、致し方のない保存状態だと言えよう。
 サラサの自宅は、この街道を歩いて1日半ほど戻った、山を背負ったいささか特殊な地形のセレスと呼ばれる港町にある。
 その彼女がこんな街道をため息と共に歩いているのには、自分でも忘れてしまいたくなる様な情けない事情があってのことだった。
「何の因果で……」
 本日47回目のため息を纏って、サラサの口からため息が発せられた。
「そう、何で? どうして? 私はここに居るの? 自分の本業の依頼人を待たせてまで? これってどーしても私がしなきゃなんないことな訳?」
 その、どーしてもサラサに仕事を頼みたかった依頼人がすぐ隣に居るというのも忘れて、彼女は今更言ったところで無駄にしかならない悪態をついた。が、無駄なことは重々承知していても、人間口に出さなければ気が済まない時が存在するのである。
「大体、どうして私ばっかりがこんな目に遭わなきゃならんのよ! 元々ナサルさんはロイドの伯父さんでしょうが! だったら、自分で送ってけっつーの! 金輪際あいつの店で香油なんて買ってやらない!」
「あのー」
 3歩ほど後ろを歩いていた中年がおずおずとサラサに話しかけた。癖のある黒髪に同じく黒い瞳を持った、いわゆるおじさんで、名をナサルという。サラサの友人ロイドの親戚筋で、この国ウィンダリアの首都──近隣では花の都と呼ばれるヴァレスまで彼女が同行することになった男だ。
「ごめんなさい。ナサルさんに文句がある訳じゃないんです! なんていうか、その〜、ロイドのお願いは友人としての範囲を超えている割には見返りが少ないというか、こっちの弱みを見越した上で無茶を言っているというか……」
 振り向きざままくしたてた彼女の言い訳じみた台詞が、ナサルの耳に届いていないのは、彼の表情を確認した途端解った。なぜならナサルは前方を指さしたまま、口を半開きにして固まって居たからだ。
「どうしました?」
 ナサルの肩をつかんで問いかけつつ、サラサは指が示す方向に視線を流した。
「いきなりこうきたか」
 忌々しげなサラサの台詞に歯ぎしりの音が混じる。
 なぜなら、彼女の瞳に映ったそれは、強烈な夕日による逆光でシルエットでしか見えないとは言え、どうみてもドラゴンの眷属である特徴を有していたからである。
 ナサルの安全を気遣ってというよりは、自分の邪魔にならないように広葉樹の影に誘導してから、サラサは真っ直ぐに自分に向かって近づいてくるドラゴンの前に立ちはだかった。
「自分たちは安全な場所にいて、無関係な魔物を操って目的を達成しようっていう、その根性が気にくわないんだっつーの!」
 虫も殺さぬような、いたいけな少女(に見える)の口から、少々、否、かなり上品とは言いかねる台詞が飛び出し、次の瞬間ドラゴンに向かって右手が突き出された。
「我が名において命ずる。覚えない契約に縛られし者よ、今本来の力を思い出し、自らその呪縛を解き放ちたまえっ!」

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