〜 命の花 〜

Chapter 1

 日が暮れきってしまう前になんとか次の街に到着し、宿の食堂で一息ついていた時、今までずっと黙っていたナサルが、ドラゴンと向き合ったショックからやっと立ち直ったとみえ、聞くともなしに問いかけてきた。
「魔道士だったんですか」
「違います!」
 サラサが引導を渡した途端、ドラゴンは歩みを止め、細かい痙攣を繰り返した後、2〜3度具合を見るように翼を羽ばたかせ、彼らの聖地と言われている北の山脈の方向へ飛び立って行った。
 原因も突き止めずに、操られた魔物だけと対面して、その呪縛から解放するなど、まず滅多な実力じゃできることではない。ナサルがサラサのことを魔道士と勘違いするのも無理はない。
「でも……」
「ご存知の筈です。私の本職は刺青師です。道士に通じる力は副産物に過ぎません。それより、私は剣と武道の実力と、あなたと親子に見えるであろう外見を見込まれて、同行することになった筈ではありませんでしたか?」
 サラサの問いかけに、ナサルはいきなり吹き出し始めたとみえる汗をひっきりなしに拭きながら、支離滅裂なことを話し出した。
「いや、港で受け取った荷物を奪われるかもしれないとは予想していたんですが……。あっ、回収する必要は無いと判断されたのかも。たしかに温度管理は難しいから北の大陸で自生するのは無理。すると、私たちがヴァレスに到着さえしなければいいということか。畜生! あいつらの非道さは知ってた筈なのに……、くっ」
 何が何やらさっぱり解らない様に感じるが、それでもサラサには理解が可能だったらしい。
「まあ、これはお尋ねしなくても、先程の襲撃で想像がついていたことですが、あなたを狙っているのはプラキオンの街の手の者ですね」
 香料がきいたお茶を口に運び、ナサルの返答を待った。が、それが得られない気配を感じ取ると、サラサは自分の考えを続けて話すことにした。
「ロイドの話だと、あなたは公用でうちの街の港を訪れています。私が護衛につけられたのは、せいぜい、あなたがヴァレスに持ち帰る王家御用達の貴重品を盗賊に奪われない為、くらいに思っていました。ですけど、先刻ドラゴンに襲われかけたことで解ったことがあります。あれは異常な攻撃です。あなたの持っているものがどれだけ貴重な物かは知りませんが、魔道士にドラゴンで人を襲わせろなんて依頼をした日にゃ、大抵の物が買えるような金額が飛びますよ。あの攻撃はカップ一杯のお茶を飲みたいだけなのに、風呂桶になみなみとお湯を沸かすようなものです。ですが……」
「ですが……?」
 そこで、一息ついたサラサの台詞の語尾をナサルが繰り返した。この様子だとサラサの話を訂正する部分は今のところ無いらしい。
「ですが、お湯を沸かす入れ物が風呂桶しなないとなれば、話は別です。そこでプラキオンです。あの国は王家に伝わる強力な魔術と、門外不出の製法の魔法薬で栄えている国です。もちろんあの国の守りを固めているのは兵士ではなく魔道士と強力な結界、そして城下町の4つの出入り口に配置された、地水火風それぞれの属性を持つ4匹のドラゴン。攻撃は最大の防御ではありますが、防御が強固ならば、攻撃は必要ないとも言えます。自分でドラゴンを扱える処が相手ならば、金銭面での疑問も解決しますし、兵士を持たず、守り専門の魔道士しか居ないプラキオンが攻撃を仕掛けるとしたら、ドラゴンを使うしかないですからね。違いますか?」
「違いません。違いませんとも。しかし、こんな親父を1人襲って来るなら、金でいうことをきく、ならず者を雇ってくるのが関の山だと高をくくっていました。だってそうでしょう。ドラゴンを使えばプラキオンが関わっていると証明するようなもんじゃないですか」
 今にも頭を抱えてしましそうな様子で、ナサルはサラサに向かって主張した。
「そういう主張は襲った本人にして下さい。それだけ、プラキオンが情報の流出を恐れたんでしょう。かなり苦しい言い訳になるでしょうが、ドラゴンを扱える者がプラキオン以外にいないという訳ではありません。証拠さえ出なければ、シラを切り続けられます。ドラゴンの襲われて生き残る一般人は、まあ、いないでしょうからね。ところでナサルさん。そろそろ、ドラゴンに襲われてまでヴァレスに持ち帰らなくてはなならい、その物が何なのか教えてくれませんか? 私にしたって、理由も知らずに死ぬのは嫌ですから」
「しっ、死ぬって……」
 にこやかな笑みは絶やさず、しかし、真剣な口調を持って発せられたサラサの言葉にナサルは大げさな位動揺した。
「安心して下さい。私が死ぬときは、多分あなたも一緒ですから、怖い思いはしないですみますよ」
「…………」
 っていうか、今が一番怖いんですけど、という台詞はついにナサルの口にのぼることはなかった。
「…………」
「……………」
「………………」
「…………………」
「……………………」
「………………………」
「あんまり黙ってるとページ稼ぎの手抜きだと思われるでしょ!」
「えっ?」
「いえ、話しにくいなら、今すぐ話せとは言いません。ここは人目もありますしね。ところでナサルさん。もうおやすみになりませんか? どうやら私は、この宿で一仕事しなければならない様です」
 サラサの言葉にナサルの身がすくんだ。そんなナサルに彼女は今度は脅しではなく、本当の微笑みを投げ掛けた。
「ご心配なく。本業の方ですよ。ほら、あの窓際の席で物思いにふけっている美青年。彼には私が必要です」
 ウィンクと共にサラサに言われ、ナサルはふぅ〜っと大きく息をついた。一瞬、また化け物に襲われるのかと血が凍った気分だったが、どうやらサラサは自分を追い払って若い美男子を口説きたいだけらしい。もちろん、ナサルにそれを妨害する気はない。食堂での支払いを済ませ、そそくさと彼は自室にひきあげた。
 しかし、それはナサルの邪推であって、サラサの目的は言葉通りの意味でしかなかったのである。

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