Chapter 4
「プレキャスト(註1)してあったんなら、最初から呪文使えよ」 「ばか言わないで! あの呪文プレキャストするのに何日かかると思ってんの! 3日よ3日! しかも寝ないで! そんなに簡単に使えるわけないでしょっ! あんたこそ、コソコソつけてくる位だったら、最初から自分で護衛しなさいよっ!」 「俺じゃ無理だから、高い金払ってお前に頼んだんだろーが!」 「ふんっ、確かにそうね。低級色魔使いじゃ、出来ることはたかが知れてるもんねっ!」 「低級だぁ〜、俺が使ってるのは、最高級の色魔だよっ。だからこそ、お前が相手にする人数があれだけですんだんだろうがっ!」 「何よっ、低級だろうが高級だろうが色魔使いは色魔使いじゃない! 結局、精神的にも鍛錬された人間相手じゃ手も足もでないくせにっ!」 「あの〜」 最後の切り札を使って、敵を消滅させた後、旅を続けるでもなく、痴話喧嘩にも思える口論を延々と続けている2人をみて、ナサルがおずおずと声を掛ける。 しかし、それはきっぱりと無視された。 「とどめはさせないけど、手ぐらいは出るさ。そもそも夕べお前が安眠できたのは誰のおかげだと思ってるんだ」 「誰もそんなこと頼んでないでしょっ! 夕べカタがついてりゃ今日は楽だったのよ」 「ふーん。その割には俺が色魔使って、敵を足止めしてることに気づきもしないで、ぐうぐう寝てたんだろう」 「あんたが色魔を使う気配でイチイチ目覚めてたら、セレスで安眠できなじゃないっ! 進化したのよっ!」 「ふーん、進化? 退化じゃないの?」 「あんたの色魔以外の気配ならちゃんと起きるわよ!」 「何? それって俺が特別だってこと?」 「違うっ! あんたの色魔がよっ! もう、いいっ! 行きましょうナサルさんっ!」 何が気に入らないのか、サラサはナサルの手を引き、ロイドを置いてずんずんと先へ進む。 そして、ロイドはというと、サラサの逆鱗に触れない距離を保ってゆっくりと後からついてくる。 そんなサラサの態度に圧倒されながらも、ナサルはなるほどな、と思った。 サラサは気付いていない様だが、ナサルはロイドの伯父などではない。もともとはロイドに持ち込んだ護衛の話をサラサに振るにあたって、そういう事にしておくように釘を差されたのだ。 言うまでもなく、サラサはロイドに好意を持っているのだ。 ロイドもそれを知りつつ、サラサを利用している。 「また、やっかいな相手を……」 ナサルは思わず呟いた。 「何かおっしゃいましたかっ?!」 一応丁寧語の体裁を保っているもの、サラサの口調はものすご〜くピリピリしている。 ナサルは自分の失言に、身を震わせた。 「いえ、別に」 最早、護衛なんだか馬車馬なんだか判断がつきかねる勢いで、サラサはナサルをぐいぐい引っ張り歩き続ける。 勢いよく首を横に振りサラサの問いかけに否定の返事をしたナサルであったが、思考の流れは止まらない。 人間を色気で惑わす『色魔』を僕(しもべ)として操るのだから、人間の女性くらいお茶の子さいさいで手玉に取れなくては色魔使いなど務まらない。 その上、色魔使いは行きずりの相手ならともかく、特定のパートナーなどおよそ持つことの出来ない職業だ。 なぜなら、色魔というのは、まず例外なく、大変な焼きもち焼きだからである。魔物の意地にかけても、人間の女なんかに自分のマスターを渡してなるものか、と、すばらしくねちっこい嫌がらせをしてくれるのだ。 それゆえ、大抵の場合、見た目がどんなに良かろうと、『色魔使い』という職業を聞いただけで、世の中人間はその人物を恋愛対象として見なくなるのが普通なのだが…… 世の中には、条件では割り切れない気持ちがあることも確かである。 見る限り、ロイドが完全に割り切ってサラサを利用している風ではないことが、彼女にとってはまだ救いだろうか。 ナサルがサラサに同情するのは、自分もその気持ちが解るからだ。 ナサルは懐にしまった花の種のことを思う。 たとえこの花に特殊な成分が含まれてなかったとしても、誰に頼まれなくても、自分は寝食を削ってこの花の栽培に人生をかけるだろう。 キラキラと虹色に光る花── 自分の心を捉えて離さない物に、既に出会ってしまったのだから── FIN
註1)プレキャスト→あらかじめ呪文を唱えておき、 呪文の最後の部分だけ唱えれば魔法が発動するようにしておく事。 ※ははっ。やっぱり途中で飽きたのがバレバレでしょうか? あんまり長いと読む人が飽きるかと思って。 というのは大層面の皮の厚い言い訳です(笑)。 |