Fall


 11

「どうもしねぇよ」
 こっちの視線を気持ちごと感じとったらしい火村がふいに口を開き、私はビクリと身をすくめた。
「どうもしないて……」
「警察が手をひくと決めた事点で俺らに出来ることはなくなるだろうが」
「せやけど……」
「ああ、確かに警察から依頼された事件に立ち会うことだけが俺のフィールドワークじゃないさ。だが、この場合俺らは手を引くしかない」
「相手が大物やからか?」
「まあ、結果的にはそれも理由の一つだが、理屈としてはこうだ。フィールドワークはフィールドワークでも、これを遺跡の発掘に置き換えてみると解りやすい。ちゃんとした筋からお願いしますと頼まれて、その遺跡を調査しているいる内は、それは真っ当な仕事だ。だが、いくら調査の為でも許可なしに遺跡を勝手に発掘したらそれは盗掘。理屈は解るな」
「解る。それは解るが……」
「喉に小骨がつかえた感じで気持ち悪いってんだろ。そんなことは俺も同じだ。もちろん、室尾警部も同じだろう。だが、室尾警部自身ははどう思っていようとも、俺達に「ご足労おかけしました。事件は解決しましたのでお引き取り下さい」と言わなけりゃならない立場だ。更に言えば俺達が勝手になにかをしでかしそうだと思ったら、止めなけりゃならない立場なんだぞ。それなのに、何でわざわざこの場所で何かをしでかす相談をしなけりゃならないんだ、と俺は言ってるんだ。いいか、俺達は何もしない。だが、折角こっちまで来たんだから気の済むまで観光はするかもしれない。それだけだ。解ったか?」
「……解りました」

☆   ☆   ☆

「で、これからどうするんや」
 室尾の前ではあまりに物分かりが悪くて破裂した風船顔負けにぺちゃんこにされ、最後には火村に敬語を使う羽目になったが、生憎と過ぎたことをいつまでも反省している趣味は私にはない。
 明確な目的地があるようにスタスタとある火村の背中に声を掛けた。
「アリスはどうしたい?」
「どうしたいて……できれは風折迅樹本人に話を聞きたいところやけど、まあ、無理やろうな」
「ああ、適当な──例えば、推理作家の有栖川先生が取材をしたいってな程度の理由じゃ会って貰える相手じゃねぇな」
「いちいち人を引き合いに出すな。その例えばが臨床犯罪学者の火村先生になっても答えは同じやろ」
 私の言葉に火村は珍しく素直に頷いてみせた。
「そう、どっちにしたって結果は同じだな。でも、同じ作家同士なら話は別だろ」
「作家同士て……俺が神崎智美に会いたい言えいうことか?」
「ああ」
「そんなことしてどうなる? というか、会ってもらえんやろ」
「コーヒーが飲みたいな」
「はっ?」
 急に話を変えたかと思うと、火村は目の前の喫茶店の入口をくぐった。
 慌てて後を追った私に向かって、キャメルに火を点けながら──どちらかというとコーヒーよりもこちらの方が目的だったのだろう──話を元に戻した。
「先刻の話だけどな、会ってくれると思うぜ」
「なんで、そう思うんや? 俺と神崎智美は今までに面識があった訳やないんやで」
「そこだよ。あの隠しようだと、神崎智美は「俺」だけじゃなくてどんな作家とも面識がない筈だ。ってことは有栖川有栖先生は神崎智美の顔を知ってる唯一の作家ってことになる。作家仲間のいない神崎智美の友達になってやれよ」
「またそんな無茶を──というか、それができたところでどうなるもんでもないやろ?」
「どうかなるかもしれないじゃないか」
「せやって、君も言うてたやろ。神崎智美は被害者やて。いや、風折迅樹とは付き合いがあるみたいやから、純粋な被害者かどうかは微妙やけど、だとしたら余計口を割るとは思えんし、風折迅樹に渡りを付けてくれるとも思えんやろ。君はそれでもどうかなる言うんか?」
「ああ──多分」
 ──多分かよ。
 人に面倒を押しつけるのならば、『多分』ではなくせめて『きっと』を使ってくれ、とため息をつきながら、私は先日貰った前田淑子の名刺をホルダーから探し出し、電話をかける為に一旦店の外に出た。

☆   ☆   ☆

「えっ? いいんですか?」
 相手の返答に、私は素っ頓狂な声を上げた。道行く人の視線を集めたのが解り、顔に血が上る。
 だが、私の驚きをよそに、電話の向こうで前田嬢が涼しい声で話す。
『ええ、神崎さんからは、有栖川先生か火村先生から連絡が入ったら、こっちの連絡先を教えてもいいという伝言を頂いてます。それに──』
 周りの耳を気にしてか、前田嬢はここで声を潜めた。
『事情が事情ですから、神崎さんには作家のお友達がいません。有栖川先生、よろしければ彼と仲良くしてあげてください』
「ええ、それはもう。あちらさえよろしいんでしたら」
 私の言葉を聞いて前田嬢はあははと笑い声をあげた。
『学生時代もこの編集部でもクールビューティの称号を欲しいままにしている彼が、よろしくない相手に連絡先を教えてもいいだなんて言う訳がありませんよ。では、よろしくお願いしますね。あ! それと、もし私が週刊マガジンミステリに異動した際は、有栖川先生よろしくお願いしますね』
「ありがたいお言葉ですが、私に週刊連載は無理っぽいですね」
 お愛想だと知りつつ、真面目に返答してしまった私に、携帯の向こうで再び前田嬢の笑い声が聞こえた。
 ──笑いすぎや。

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