Don't forget -1- |
盛り上がった会場の雰囲気の中、俺達は精一杯の歌を紡いでいく。そして、精一杯踊る。 途中、客席と客席の間に設置された通路を歩く。 右からはカミセンが、左からはトニセンが、歌いながら歩く。 3分の1くらいきたころ、井ノ原は、右の通路が騒がしいことに気づいた。 嫌な不安が暗い闇となって心を覆う。 駆け寄ってみると、健が倒れていた。 少し高くなっている通路から落ちたのだった。 「健!!」 思わず井ノ原は叫んだ。 しかし、その声もむなしく、ファンたちの声にかき消され、しかも、なんと剛が健を抱えて、救護室へと姿を消していってしまった。 ボーゼンと井ノ原はその2人の姿を見ていた。 騒ぎ立てるファンに坂本と一緒に挨拶をし、井ノ原は急いで救護室に足を向けた。 「健!!」 思わず叫びドアを開けると、そこに在るはずの健の姿はなかった。 近くにいたスタッフに訊くと、たった今救急車で、st.センチュリー病棟に運ばれたという。 井ノ原は、期待を裏切られたような気になり、その場に座り込んだ。
ふと気がつくと、時計の針はもう7時半を指していた。あたりはもう真っ暗だ。 「やべっ!」 驚いた井ノ原は立ち上がろうとした。すると目の前に岡田の姿があった。 「やっと目ぇ覚めた?」 驚きを隠せないでいる井ノ原に岡田は続ける。 「ずっと呼んでんのに全然起きへんのやもん。 健君、落ちた時に頭打ったらしいで。 まだ意識もどらんって看護婦さん言ってたわ。 イノッチ病院行かんでええの?」 「う・・うん・・・。」 井ノ原は行かなくてはならないのに動けない。 「行かんくてええの?!」 岡田の声が大きくなる。 それでも井ノ原は動けない。 もし、健が死んでしまっていたらという恐怖に震えて。 「・・・・・もう!!」 岡田は苛立たしげに自分の唇を、井ノ原の唇に押し当てた。 「やっやめろよ!!」 井ノ原は即座に顔をそむけた。 健以外の人のキス・・・・。 何度も重ねた健の唇の味が、その一瞬だけは岡田にかき消された。 「何すんだよ、岡田!!!」 怒りつつも、井ノ原の目には涙が浮き上がる。 「うわー、ショックやなぁ。そんなに俺とのキス嫌やった? 俺本当はずっと前からイノッチのこと好きやったんやで。」 「え・・、だけど俺は健と付き合ってんだぜ。岡田も知ってただろ?」 「わかってるよ。それでも好きなんやでしょうがないやろ!」 岡田は顔を真っ赤にさせて言う。 「俺のことはええねん。それより病院行くかんでええの?」 ショックを隠しつつも岡田は病院に行くことを勧める。 「それよりって何だよ!俺はお前に・・・キスされたんだぞ!!」 「だから〜、さっきの忘れて!!ナシナシ!なかったことにして! それに、もう8時やで。面会時間9時までやろ。 こっから急いでも30分はかかるんやで。 それとも、もう行かへんのか?健君のこと心配じゃないん?」 最後の言葉で、井ノ原は心の何かが目覚めたかのように走り出した。 「行くに決まってんだろ!!!」 井ノ原は、すぐさま車に乗り込み、病院へと急いだ。 健が心配で・・・愛しくて、恋しくて、自然にスピードが速くなることに井ノ原自身も気付かない。 病院に着き、ナースステーションで部屋番号を聞くと、すぐに走り出した。 もう、看護婦の 「病院内では走らないで!!」 という声も、井ノ原の耳には入らない。 「健!!」 ドアを開けると、その部屋のベッドには、健が安らかな寝息をたてていた。 井ノ原はホッとして、健のそばに座った。 まだ意識の戻らない健の天使のような寝顔を見ていると、井ノ原は、 (やっぱり、俺の何より大切なものは健だ。) と思った。 井ノ原は、健にキスをしようとした。 すると、井ノ原の頭の中を、岡田の言葉が、岡田の唇の味がかすめた。 井ノ原の心に罪悪感が広がり、さっと体をひいた。 「岡田のとのキスしか思い出せない・・・。 たった一回のキスなのに・・・・。」 井ノ原はショックだった。 何度も重ねた健の唇が、本当にかき消されていた。 悲痛の表情を浮かべ、健の髪を優しくなでた。 「う・・・・ん・・・・。」 健が目を覚ました。 「健!!お前大丈夫か!?どこも痛くないか!?」 健は、何がなんだかわからない、という表情をしている。 「健?おい健!!わかるか?」 健はきょとんとして言った。 「あんた・・・・誰?」 一瞬、井ノ原の頭の中は、真っ白になった。 健が、ずっと愛しくて恋しくて、大好きだった健が、俺を覚えていない?もしかして・・・。 「あっ!!俺、冬コンの途中で通路から落ちて・・・。」 井ノ原にはわけがわからない。 冬コンの事は覚えているのに何故俺にあんな事を言ったんだ? 健は俺のことだけ忘れてしまったのか? 「け・健。冗談はよせよ。心配したんだぞ。」 井ノ原は、引きつりながらも笑顔を浮かべて言った。 健が大好きだと言ってくれた笑顔だ。 きっと覚えててくれると思った。 「だからお前誰なんだよ?!ここ俺の病室だろ?!勝手に入ってきて何、わけわかんねー事言ってるんだよ!!」 ガチャッ・・・・。ドアが開いた。 剛だ・・・。 剛は状況が読み取れず、ただボーゼンとしていた。 そんな剛に健は 「剛!来てくれたんだ!!サンキュッ!!あ・でも面会時間あと20分だな。」 と笑った。 いつもなら井ノ原に向けられるはずの笑顔だ。 井ノ原は今にも涙を零してしまいそうな顔だが、健は気にかける様子もない。 「健・・・お前本当に覚えてねーのか?こいつ・・・井ノ原のこと。」 剛の震えた声。今まであんなに嬉しそうに井ノ原のことを語っていた健はどこにいる? こんな健は健じゃない・・・。健らしくない・・・・。 「だからコイツ誰なんだよ?!剛の知り合い?!それともスタッフかなんか?!」 健は苛立たしげに問う。 井ノ原は立ち上がった。 これ以上こんな健を見ているのは耐えられなくなり、病室を出ていった。 剛は一度ゆっくりと深呼吸し、そして話し始めた。 「健。あいつは井ノ原快彦。俺達V6のメンバーで、一番よくソロを任されてただろ。」 「何言ってんだよ、剛!!一番よくソロを任されてたのは坂本君だろ!?」 「いいから最後まで聞けよ!!いいか?お前は記憶喪失なんだよ。確かに井ノ原快彦という人物は俺達V6のメンバーの1人なんだ。それは確かな事なんだぞ。 本当に覚えてないのか?」 「うん・・・。あいつ俺と仲良かった?」 剛は苦笑して言った。 「あぁ・・・。」 俺だってずっと健を愛してきたのに、健の心はいつも井ノ原ばかりに向いてた。 健の幸せを願い、井ノ原との仲も取り持ってやった。 自分の健に対する思いは心の奥深くに閉じ込めて・・・。 だが、今この時、健は井ノ原に夢中で、自分を友達としか見ていない健じゃなかった。 精一杯、井ノ原の愛に応えていた、前の健とは全然違う健だった。 剛の口からは、今までのものをすべて壊すきっかけになりかねない言葉が次々と紡がれる。 「お前は俺のことちゃんと覚えてるか?岡田や、リーダーや、長野のことは?」 健は笑いながら言う。 「うん!当たり前だろ!」 「・・・・嘘だ・・・・。」 「え?・・・・・・ッツ!?」 一瞬、健は剛の言葉の意味が理解できなかった。 聞き返す前に、剛は健の唇を自分の唇で塞いだ。 たった2・3秒のことだっただろう。だが2人にはとても長い時間に思えた。 剛はゆっくりと唇を離す。 健は驚きを隠せず、なぜか流れ出て止まらない涙を必死でぬぐう。 その様子を見て、剛の胸はチクリと痛んだ。 だが、剛の口は止まらず、次々と言葉があふれ出る。 「な・・なんで泣くんだよ。俺達何度もキスしたじゃねーか。 恋人同士だぞ俺ら。覚えてねーのか?」 健は驚いた。 だがうっすらと、自分を愛してくれた人、自分が愛した人がとても身近にいた事を覚えている気がした。 「そっか。俺達そんな仲だったんだ。思い出せねーよ、こんな大事なことなのに・・・。 でも俺は剛の事好きだから、嫌じゃないぜ。 悪かった、ごめんな。何で涙なんか出たんだろうな。」 健は精一杯の笑顔を作った。 剛の胸は激しく痛んだ。 望んでいたことなのに・・・。やっと健に大好きだと言ってもらえたのに・・・。 剛の胸は今にも張り裂けそうだった。何故なのか、理由はわかっている。 だが、今更嘘だといえば健に嫌われてしまう気がした。 剛はそのことを考えると急に怖くなった。 「そ・それじゃあ、俺行くな。また来るから。じゃあな!」 「うん。バイバイ。」 ドアを閉めてふと横を見ると、岡田が立っていた。剛はビクッとした。 「きーちゃった、きーちゃった。ええの?あんな嘘ついて。 イノッチ泣きながら走ってたで、さっきすれ違ったとき。」 岡田の口調も表情もからかうようではあったが、その瞳は剛の心を見透かすようにまっすぐ剛を見つめている。 「お前・・、俺のことからかってるのか?何だよ!かんけえねぇじゃん!!」 「関係は直接無いけど・・・。」 「なら、何で俺のことジーっと見てんだよ!こえーぞその顔!」 剛は明るく振舞う。からかうように岡田に話しかけている。だが、それは裏目に出た。 「しょーがないやろ。俺、今すっげーむかついてるんやから!剛君さっきの会話へんやで!!真実語ってないやん。」 剛は何も言えなくなった。 「剛君嘘ついてたやん!!健君と付き合ってたのはイノッチやろ。その仲取り持ったんは剛君やん!嘘つき!!」 もう、岡田の口調は穏やかではなかった。からかう口調も消えている。 その黒い目は怒りに燃え、唇は悲しみ震えていた。 岡田は、ここが病院だということを意識し、小声で叫んだ。 「俺は全部知ってる上でイノッチのこと好きになったんや!ずっと普通の友達、普通のメンバーを頑張って続けてきたし、 これからも・・・難しいとは思うけど続けていくつもりや! 健君とイノッチ別れさせて自分が幸せになったって、絶対後悔する!辛いだけやと思う! だから頑張ってるんや!なのになんやねん剛君は!?二人の親友やって、それでも満足できへんのか?! 贅沢やん!甘えるのもいいかげんにしいや!!」 岡田は一気に言いきった。肩で息をし、強い目で、剛をにらんでいる。 剛は驚いた。岡田がこんなに怒ったのを見るのは初めてだったし、岡田が井ノ原を好きだったなんて・・・。 驚きとどうじに、恥ずかしさと憤りを感じていた。 剛は怒鳴った。頭とは反対のことを。 「うっせーなぁ!!お前に関係ねーじゃん!なんだよ!!勝手にべらべらしゃべりやがって!! お前はお前で、勝手に頑張ってりゃいいだろ!!俺にまでお前のやり方押し付けんじゃーよ!!」 岡田は一瞬怯んだ。だが、すぐにその強い瞳は軽蔑と怒りを湛えた眼差しに変わり、剛の胸を痛めつけた。 「・・あっそっか。何や、結局は剛君ってそんな奴やったんや。がっかりした。俺、気分悪い。帰る。」 岡田は剛に冷たく背を向け、病院を出ていった。 「・・・んだよ・・。ちくしょー・・・。」 小さく小さく剛の嘆きが病院にこだました。 その時、一人病室に残された健は、剛にキスされた唇を、優しく優しく触っていた。 信じられない出来事に驚く気持ちと、嬉しくも何故か寂しい気持ちが入り混じった心を込めて・・・。
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