Don't forget -2-


次の日、健はまだ念のために入院していた。

病院で検査してもらったが、井ノ原のことを全く覚えていないこと以外、特に問題はなかった。

「おはよ・・・。」

井ノ原は、朝スタジオで最初に会った剛に挨拶した。

その目は泣きはらしたことが一目でわかるほど、赤く腫れ上がっていた。

剛は冷静さを取り戻していたので、井ノ原の様子は剛の心を痛めつけるには十分だった。

「おはよう!!どうしたんだよ、その目。ウサギちゃんか?!」

剛は明るく言った。自分の罪を隠すように。

「別に・・・。」

そっけない井ノ原の返事に、剛はますます心が痛くなった。

井ノ原はトイレに向かい、剛が一人で控え室に入ると、岡田がいた。

「おはよう剛君。昨日のことイノッチにゆうた?いわなあかんで。やっぱあれはヤバイって。」

 剛は驚いた。昨日とはまるで違う、いつもどうりの岡田だった。 

「俺かて昨日は言いすぎた。カッとなってしまってな。でも、イノッチと健君にはちゃんと本当のこと説明して、謝らんとあかんと思うで。剛君自身だけの問題とちゃうんや。」

岡田の言葉は剛の胸の奥深くに響く。

だが、剛の口は重く閉ざしたまま開こうとしない。

岡田はため息をつき、言った。

「まぁ、すぐには言いずらいかもしれへんけど、ちゃんといわなあかんで。

 メンバー内で、ギクシャクすんの嫌やろ?ただでさえ健君大変なんやで。」

「あぁ。わかった。」

剛は今日は素直に岡田の言葉を受け入れた。

受け入れると同時に、真実を言おう、歪みを正そうと、決心した。  






夜の9時、仕事を終えた剛は病院へ向かった。

剛がドアを開けると、健は嬉しそうにとびついてきた。

「剛!!今、Mステ見てたよ!!剛カッコ良かった!俺も出たかったな〜。」

「バカ!静かにしろよ!もう面会時間過ぎてんだから。」

剛は小声で怒鳴った。

「あ・そっか。そーだな。」

健は少し舌を出して、へへ・・と笑った。

その笑顔がたまらなく可愛くて、剛は本当のことが言えなくなりそうだった。

どうしよう・・・。言うべきだろうか・・・。

言わずにこの笑顔を独り占めにしようか・・・。それは駄目だ・・。でも・・・。

「げ・元気になったんだな。いつ退院できるんだ?」

「明日には退院できるらしいぜ。でも俺もう少しこのままでいたかったな〜。

 剛とこうしていられるなら、退院なんかいつでも良いや。」 

その言葉で、剛の心の何かが動いた。

・・・もう、どうだっていい。

健だって、何も覚えていない井ノ原が恋人よりも、俺のほうが幸せになれる。

俺が健を好きで、健も俺を好きなら何も問題ないじゃねーか。

剛の心にはもう罪悪感のカケラさえ残っていず、勿論井ノ原のことを話そうという気はすっかりなくなっていた。

剛は妙にすっきりした気持ちで、健の額にキスをし、病院をあとにした。






さて次の日。ここは病院の近くの公園。

今日は健が退院した日だ。

普通なら、嬉しく感じるはずなのだが、井ノ原の心は厚い黒雲がかかったようにどんよりしている。

健が、自分を全然知らない他人を見るような目で見るからだ。

「ご〜お♪」

井ノ原の目の前で、健が剛に抱きついた。

目の前が真っ白になっていく。

今、誰が何をしている?何をやっているんだ?

よくわからない。

井ノ原は自分の目と耳を疑った。

「何やってんだよ!!」

とっさに出た言葉だった。

「あ・井ノ原さん!」

健は走ってきて笑顔を作り言った。

「この前はすみませんでした。俺、何も覚えてなくって。

 同じメンバーなんですね。よろしくお願いします。」

何で健は俺に敬語を使うんだ?なぜ俺のことを覚えていないんだ?

井ノ原の目に涙が浮かび上がった。堪えることのできなくなったキモチがとめどなく流れ出る。

健はおろおろするばかり。

剛は少しだけ罪悪感がわいた。

「悪ィーな、気にすんな。そっか、覚えてねーか・・・。」

目を真っ赤にさせて井ノ原は健に言う。

「ねー剛、井ノ原さんは俺達の関係知ってるの?」


何の関係?まるで今までの俺達のような会話じゃねーか・・・。

「えっ知らねーよ。言うなよ!!」

剛はとっさに言った。

「ご・剛・・健?・・・何言ってるんだ・・・?」

「何でもありません、気にしないでください。」

誤魔化すように微笑む健に、井ノ原は怒鳴った。

「俺に敬語なんか使うなよ!!」

井ノ原の目には、たくさんの涙が溜まっている。

それを必死に零すまいとする井ノ原の姿に、剛はまた胸が痛んだ。

だが、自分の隣には恋人となった健がいる。

本当のことを言って、この幸せを失うことが怖い。

 健は少し驚いたが、メンバー内での敬語は確かに変だと納得した。

だが、次の瞬間。

「健は覚えてないかもしれねーけどなぁ、俺達付き合ってたんだぞ!!」

「え・・・?」

健はその胸に、今まで考えもしなかった感情が浮かんだ。

剛の言葉を疑ったのだ。

今まで誰よりも優しくし、誰よりも親切にし、誰よりもあたたかいキスをくれた剛だからこそ信じたかった。

だが、大粒の涙を目に溜め、悲しそうに自分を見つめる井ノ原が嘘をついているとは思えなかった。

一度浮かんだ疑い、すぐに心の奥深くに沈めることなど健にはできなかった。

健はその瞳に悲しみと小さな怒りを込めて、剛を見つめた。

本当なのか?と問いかける健の強い目。

剛にはもう、世界の終わりだと思うくらいだった。

剛は何も言わなかった。何も言えなかった。

健は今度は井ノ原を見つめた。何も言わず、ただじっと。

戸惑いと同時に、強く真実を求めている。健の瞳がそれを語っている。

井ノ原は、ゆっくり口を開いた。

「俺と剛はこの後仕事だから、今夜9時に岡田も連れて、お前のマンションに行くよ。

 俺もまだ混乱してるし、その時に話そう。」

「うん。わかった。」

「あ・お前、自分のマンション覚えてるか?」

「うん。俺が忘れてるの、井ノ原さんの事だけみたいだ。」

井ノ原は心が痛かった。

「そっか・・・。」











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