THE GREATEST BIRTHDAY -1- |
七月一日。 もうすでに夏とはいえ、朝はまだ比較的涼しい。 妙に爽やかな風が吹いている、そんな日のことだった。 とある雑誌の次号の表紙を飾る写真の撮影のために、六人全員が揃うことになったのは。 最近はグループ全体としての仕事より、二つに分かれてコンサートのリハーサルがあったり、個人での活動が多かったりして、全員が顔を合わせるのは久しぶりだった。 中でもそれを楽しみにしていたのは健。 剛の計らいで、いわゆる恋人同士となった井ノ原と久々に会うのを彼は心待ちにしていた。 しかも今日は特別。 明日誕生日を迎える健は、偶然にも明日オフが重なる井ノ原に泊まりにくる約束をしてもらって、これ以上ないくらい幸せな気分だった。 「健、健。気をつけろよ、顔にでてる。」 そう剛は言うが、嬉しい気持ちは抑えきれない。 ところが。 「あれ、まだ井ノ原来てないの? 珍しいこともあるもんだね。いつも一番に来てる人が。」 一度「用事がある。」と言って楽屋を出ていった長野が戻ってきた時に言った科白の通り、当の井ノ原本人が来ていなかった。 時間にうるさくて、普段なら遅くても三十分前には必ずいるはずの井ノ原が。 集合時刻まで残り五分を切って、今まで幸せ気分全開だった健も次第に不安になってくる。 まさか事故に遭ってたりしないよねと、どんどん悪い想像をしてしまう。 と、そこへ、 「悪い、遅くなった!!」 井ノ原が息を切らせて楽屋に飛び込んできた。 よほど急いで来たらしく、肩で息をしているのが楽屋の一番隅にいた健の目にもわかる。 とりあえず、無事だったことに健は安心した。 「おはよ井ノ原。どうかしたの? お前らしくないじゃん。」 まず声をかけたのはリーダー坂本。 井ノ原が答える間もなく、その後を他のメンバーが口々に言う。「道、混どったんか?」 「何か忘れ物したとか。」 「残念だったなー。もし遅刻したらしばらくそれでからかえるかなって思ってたのに。」 「よかった…。事故に遭ってやしないかって、心配したんだよ。」 皆好き勝手なことを言って、と井ノ原は思ったが、たった一人、健の言葉にだけは少し胸が痛んだ。 声が震えるのを他の人に悟らせないよう必死に抑えているのがわかったから。 「ごめん。電車が遅れてたみたいでさ。もう間に合わねーかもって思ったけど、何とかセーフだったみたいだな。」 「電車? 車はどうしたんだよ。」 最初の『ごめん』は健一人に向けたものだったのだが、訊いてきたのは剛。 とりあえず井ノ原は答える。 「ああ、車検。」 「車検ん!?」 五人の声が見事にハモった。 思わず井ノ原は、おぉ、素晴らしいチームワーク、なんて思ってしまう。 「俺の車、六月に車検だったの忘れててさ、一昨日慌てて出したばっかなんだよ。それで、今日は電車。」 「おーい、忘れんなよそんな事ー。」 すかさず長野がツッコミを入れたところに、タイミング良く雑誌記者の女性が入ってくる。勿論、ノックしてから。 「そろそろいい? こっち、準備できたから。」 「あ、わかりました。すぐ行きます。」 やはり、こういう時受け答えをするのはリーダーである坂本。 各々支度をしてぞろぞろと楽屋を出ていく中で、一番後ろにいた健に井ノ原はそっと耳打ちした。 「ごめん。折角明日どこかへ遠乗りしようって言ってたのに、約束反古にしちまって。」 同じように健も井ノ原の耳元に囁く。 当然、身長差があるから少し背伸びして。 そんな様子を可愛いなあと思いながら、井ノ原は健に合わせて少し屈む。 「いいよ。でも、明日はずっと一緒にいようね。」 囁く健の声がいつもに増して可愛らしくて顔がほころぶ。 井ノ原は軽くOK、と答えて健の顔に自分の顔を寄せた。 が、あと少しで唇が触れ合うというところでいきなり声をかけられて、井ノ原は心臓の止まる思いがした。 「おーい井ノ原ー。」 呑気な坂本の呼びかけに仕方なく振り返ると、いきなり本が飛んできて、井ノ原は慌ててキャッチする。 後輩グループ《嵐》が表紙で笑顔を振りまいているそれは、今回自分たちが表紙となる雑誌の前号だった。 前号とは言っても、実際全国の書店・コンビニ等に並ぶのは今月の末なのだが。 「今日のインタビューの参考にしてねって渡されたヤツ。時間あったら目ぇ通しとけよ。俺達はお前待ってる間に先見たから、あとはお前だけ。」 「あ、あぁ…悪い…。」 せっかくのチャンスを台無しにされて、井ノ原はちょっとぶっきらぼうに言うが、坂本は大して気にもせず行ってしまう。 健と目があって思わず苦笑すると、さっきのことを思い出したのか健は顔を真っ赤にした。 キスなんて数え切れないほどしてるというのに、未だにこんな表情をする。 やっぱりこんな可愛い顔は他のやつには見せたくないと、井ノ原は改めて思った。
とりあえず全員での撮影を終えて、次は個人の撮影となった。 まずは剛と健が呼ばれて少し暇になった井ノ原は、渡された雑誌のチェックをする。 すでに印刷されてしまっているのだから何か間違いがあってもどうしようもないのだが、一応全国で売られるものだから自分がどう写っているのか、何を話したのかわかっていないと結構怖いものがある。 取り敢えず自分やメンバーのページを読んで、危ういところがないと確認して、井ノ原は他のページを読み進める。 暫く読んでいると、ふとある文章が目に留まった。 それは、自分たちの後輩でもある《嵐》のメンバーの一人、二宮和也のコメントだった。 誕生日に健から電話をもらった時のことらしく、彼の言葉そのままではないだろうがその文章からはその時の嬉しさがにじみ出ていた。
…何? 健がコイツに電話しただって? そういえば俺、誕生日にあいつから電話もらったことねーぞ。 いつだっけ、健が言ってたよな。 『俺、人見知りするから人に電話番号とか、住所とか聞けないんだよね。こんな仕事してんのに、なおらないんだ。』 そんなあいつが自分から電話かけるなんて。 いくら後輩だからって、これでも俺はあいつの恋人だぞ。確かに秘密だけど。 …ここで考えてたって判らない。後で健に訊こう。
内心穏やかでない井ノ原だったが、撮影中は平常通りを装って何とか乗り切ることができた。 撮影を終えると、そこに健が待っていた。 剛はさっさと戻ってしまったらしい。 「終わった? 井ノ原くん。」 健はいつものように笑顔で井ノ原を迎える。 いつもならつられて笑顔になるところだが、今の井ノ原にはそんな健の笑みも忌々しいものでしかなかった。 井ノ原は自分の中に、膨らんでゆく不快感と苛立ちを感じたが、 それを抑えようとする気は起こらなかった。 「ね、今日電車だったら、一緒に帰らない? あ、もしかして何か別の用事があって、一度家に帰らなきゃいけないとか。」 楽屋へ戻る間中、健はウキウキと井ノ原に話しかけるが、そのせいか井ノ原の機嫌がどんどん悪くなっていくのに気づかない。 井ノ原は健の笑顔や楽しそうに話しかけてくる声に対して無性に腹立たしさがこみ上げてきて、健の問いに言葉を返せずにいた。 そして、楽屋についた時、健の声音が変わる。 「どうしたの井ノ原くん。何か変だよ。」 何度話しかけても答えてくれないことに普段の井ノ原と違う空気を感じ取ったのだ。 一応、外では誰が聞いているかわからないので普通に接していたが、二人きりとなると話は別だ。 今は楽屋に他のメンバーもいない。 人目を憚る必要がなくなって、本音で話し合える。 それは井ノ原も同じだった。 持っていた雑誌を乱暴にテーブルに放り投げる。 バサッと音がして、健は井ノ原の行動の意図が掴めなくて言った。 「井ノ原くん…、ねえ俺何かした? 朝はいつもと変わんなかったじゃん。何か、気に障ることでも言った?」 不安げな声、表情。 「別に、そんなんじゃねーよ。」 井ノ原は突き放すように言う。 その声がいつもと違って、怖くて、健はますます不安な思いを募らせる。 「でも、怒ってる。言ってくんなきゃわかんないよ。」 「じゃあ言ってやるよ!」 苛立ちが最高潮に達してしまった井ノ原は、急に声を荒げた。 「その雑誌見てみろよ。お前、二宮に誕生日電話したんだってな。」 先刻放り投げた雑誌を指差す。 「お前、仮にも俺と付き合ってるくせになんだよ。こんな、『電話もらっちゃったんだよね〜。』なんてさも嬉しそうに言われたら俺の立場ってもんがねえじゃねーかよ。」 井ノ原は一気に続けた。 「それともお前、俺より二宮の方が大事だってのか? 俺に誕生日電話くれたことが一回でもあったか?」 「それは…。」 健が何か言おうとしたが、井ノ原はそれをも遮って言う。 「自分で電話番号聞けないって言ったのお前だろ? 後輩だって例外じゃねーだろ。俺に何も言わずによくそんな浮気まがいのことできるな!!」 井ノ原の声音があまりにも強くて、健は思わず涙がこみ上げてきた。 「そんな…、怒鳴んなくたって、いいじゃん…。大体井ノ原くんだって…、キンキの剛くんとか他の人、家に呼んだり電話したりしてるじゃない。この間だって二人でパーティーしたんでしょ? 俺が仕事で行けなかったとき……。お互い様だよ…っ。何で…? どうしてそんなことで怒んの?」 健の潤んだ瞳に一瞬怯んだ井ノ原だったが、まだ怒りは治まっていなかった。 「今他の人は関係ないだろ。お前はどういうつもりなのかって訊いてんだ。少しは俺の気持ちも考えろよ!」 この強い言葉に、健は涙を抑えきれなくなった。 涙が止めどなく溢れてくる。 「…もういいよっ。井ノ原くんのわからずや!!」 言うが速いか、健は井ノ原に背を向け楽屋から飛び出していく。
長かったのでとりあえずケンカしたところで区切りました。次回は剛様が出張ります。 |