MIDNIGHT DRIVE


「ふぁ〜ぁ…。」

 移動用ワゴン車の中で、井ノ原は大きなあくびをした。

 外は既に真っ暗で、明かりは街灯と対向車線を走る車のヘッドライトだけ。

 新曲発売のイベントを終えて帰る途中だった。   

 機材やら何やらで色々と運ぶ物が多かったので、彼らはワゴン車を二台用意してもらっていた。

 この車に乗っているのはドライバーと助手席のマネージャー、そして一番後ろの座席に座っている井ノ原と健だけである。

 中央の席には大きな荷物が置かれており、他のメンバーはもう一台の車に乗っていた。

「ふぅ……。」

 今度は溜息をついた。 

 今日のイベントは別に踊ったりしたわけではなかったが、大勢で盛り上がった後とはそれなりに疲れるものである。

(……まぁだ着かねーのかよ…。)

 会場を発って約二時間、未だ走り続ける車に井ノ原は文句をつける。

 一応、黙々と運転し続けるドライバーのことをおもんばかって、声には出さない。

 しかし暇だった。

 何か音楽でもかかっていれば少しはマシだっただろうが、それすらもなくてとにかく井ノ原は暇だった。

 車に乗って一時間程は健やマネージャーと会話していたのだが、二人ともいつの間にか眠ってしまったらしい。

 疲れていたし、何もすることがないし、俺も寝るかと思い、目を閉じても何故か寝つけなくて今に至る。

 ふと、井ノ原は隣で眠っている健へ視線を向けた。

 健は子供のような顔で寝ている。

 元々可愛らしい顔は青白い月の光に照らされて神秘的で美しく、時折対向車のライトを受けてよりその度合いが増す。

(もし天使や天女ってモノがいたら、こんな感じなのかな……って何考えてんだ俺。) 

 井ノ原は頭をよぎった乙女チックな表現に自分でも恥ずかしくなり、慌てて正面を向いた。かなり挙動不審。

 しかし、普段思いつきもしない単語を思い浮かべるほど、それほど健は可愛かった。

 それは欲目なのかもしれないけれど。

 おそらく自分以上にこんな健を見ているであろう剛や岡田に少し嫉妬する。

 もう一度健の顔を見つめようとした時、健が井ノ原に寄り掛かってきた。

(わっ、うわ───……。)

 突然のことに驚いて出しそうになった声を井ノ原は慌てて抑える。

 落ち着いて井ノ原は改めて健の方を向いた。

「……ん………。」

 健は気付かず、安らかな寝息を立てていた。

 心なしか微笑んでいる気がする。

 触れ合っている肩から、健の温もりが伝わってきて、井ノ原は頬を綻ばせる。

(…まだ、着かなくてもいいかな……。)

 車は高速道路をひたすら走り続けている。

『東京まであと五十キロ』の看板が過ぎ去ってゆく。

 ただ、今は暫くこのままでいたかった。











END











 実はこれで終わりではなかったりします。その後(と言っても大したことありませんが)を知りたい方は次のページへ。このラストが気に入っている方は見ない方がいいかもしれません。私はどちらとも言えないので。

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