ナイトの憂うつ


 まあ、あいつは元々あーゆー性格だし。

 俺たちが恋人同士だってコトをあの人達は知らないわけだし。

 だから別に誰が悪いとか、そーゆーんじゃないんだけど。

 だけど、さ。

 目の前で散々可愛がられているあいつを見てるとハラハラするっつーか、ドキドキするっつーか。

 いくらあいつの本命が俺だと分かっていても、あいつは可愛いから。

 欲目じゃなくてホント可愛いから。

 俺も、あいつでさえも気付かない間に持って行かれそうな、そんな気がして。

 それもこの仕事を続けている以上、一度や二度じゃなくて。

 …いつか俺、胃に穴あいたりするかもしんない…。


《某月某日:井ノ原快彦 心の日記より》






「でさあ、剛のヤツなんて言ったと思う?『バカお前ぜってーソレおかしい』だよ? ひどいと思わない?」

「まあ、剛らしいっちゃらしいじゃん。今更言ったところでどうにかなるもんでもないだろ」

「むぅ…。そりゃそうだけどさ、ちょっとぐらいフォローしてくれたってよくない? 何も皆の前でさ」

 健はぷうっと頬を膨らませる。

 都内、某スタジオ。

 俺、井ノ原快彦とその最愛のハニー、三宅健は周りの人間(特にグループ内)からしたら腹の立つぐらいの仲睦まじさ(自慢!)を見せつけながら楽屋に向かっていた。

 実際、健は心底幸せだったのだろうが(だって俺と話してるときの健っていつも以上に可愛いんだもん)俺は、普通の会話をしながらもどうも集中できないでいた。

 普段健と話しているとき誰かに呼ばれても気付かないくらいに熱中する(一応、自覚はあるんだよ?)俺にしては、非常に珍しいことだった。

 それというのも、二人で歩いていると近くにいたスタッフや偶然通りがかった記者っぽい人なんかがいちいち立ち止まっては振り返るからだ。

“自分たちを”ではなく間違いなく“健を”。

 その率、ほぼ100パーセント(男女問わず)。

 俺たちは有名人なんて見慣れているハズの人々から、普段ならあり得ない注目を浴びつつ楽屋の前までやってきた。

「んーでねー、岡田がねー。」

 健はまだ楽しそうに俺に話しかける。

 どうやらカミセンでの取材の時のことらしい。

 しかし俺は楽屋の扉に貼ってある紙を見て、さらに不安に襲われた。

 その部屋を割り当てられたアーティストの名前がでかでかと書いてある。

 いつもなら『V6様』とあるそこには、さらに大人数が集まることを確信させるグループ。

 一年に一度お祭りのように集まるグループの名前が書いてあった。

 その名も『J−FRIENDS様』。

 これから起こることがなんとなぁく予測できるのが悲しいけど……とりあえず扉をノックする。

「はぁ〜い。どぉぞ〜。」

 聞き覚えのある声がして、ゆっくり扉を開けた。

「よお〜いのっち久しぶりぃ〜。」

 早速ハイテンションな挨拶をしてくるのは、先刻の間延びした返事の主、TOKIO国分太一。

 俺が反射的に久しぶり、と返すと、同じ楽屋内にいた長瀬と山口くんが各々久しぶり、だの元気してた、だの声をかけてくる。

 見たところ残る二人はまだ来ていないようだ。

 ふと、俺の方に向かって歩み寄っていた太一くんが、その後ろの陰に気付いた。

「!?」

 太一くんが怪訝な顔をしたことに気付いたときには既に遅かった。

 俺が口を開く前に太一くんが言う。

「ちょっとぉ井ノ原くん、ダメじゃん楽屋に女子高生連れ込んじゃ。」

 その言葉に、とりあえず挨拶だけして読んでいた雑誌に再び目を落としていた二人が驚いて顔を上げる。

「あの、こいつは。」

「ねえキミ、ここは関係者以外立ち入り禁止なんだよ、分かってる?」

 言いかけた俺を遮って太一くんは後ろの『女子高生』に話しかける。

 俺は深い溜息をついて彼の肩にポンと手を置いた。

「…太一くん。」

「何?」

「…コイツ、健なんスけど。」

「は?」

 再び太一くんが目の前の『女子高生』に目を向けると、今まで俯いていた健は顔を上げにっこりと得意の天使の微笑みを見せた。

「…………健?」

 しばらく絶句していた太一くんは、目の前の人物を頭のてっぺんから足の先までゆっくりと見てからその名前を発した。

 マジで? 太一くんの口からぽつりと漏れた一言に俺は深く頷いた。

 そう思うのも無理ないな、という意味を込めて。

 今日の、というか現在の健の格好。

 上半身は白い長袖のブラウスに紺のニットのベスト。

 下はといえばグレーの短いブリーツスカートに白のルーズソックス、茶色の革靴。

 普段しているものとは別に、明らかに女物と分かる小花のブレス。

 極めつけは背中まである長い茶髪、もとい金髪。

 そんな格好を特に低いわけではないが長身とは言えない、化粧を施してより可愛くなった健がしているのだ。

 本物の女子高生と見間違えても決しておかしくない。

 むしろ何も知らない人間に一度で健だと判れという方が無理な話だろう、うん。

「うっそぉ、健? ちょぉ、何? マジで似合う、超可愛い〜。」

 状況を把握したらしい太一くんは、止める間もなく健を力一杯抱きしめた。

 やっぱり…。

 今更だけど、この格好のまま連れてくるんじゃなかった。

 そんな俺の心の内を健は知るはずもなく。

 元々スキンシップの好きな健のこと。

 全く嫌がる様子もなく、逆に嬉しそうにされるがままになっている。

「ちょっと長瀬、達ちゃん、見てよ。健だよ? 超可愛くない?」

 当たり前だよ元から可愛いんだから、特に俺の前ではね。

 俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 自分たちが付き合っていることは原則としてグループ外に漏らさない、というのが健と付き合う時にしたメンバーとの約束だったし、そうでなくても太一くんに知られたらどうなるかわかったもんじゃないし。

 雛を見つめる親鳥のような目の太一くんに抱きしめられる健をこれ以上見るのが忍びなくて、俺は近くのソファーに腰を下ろし、雑誌を読み始める。

 …何この写真、もっとマシなの無かったのかよ。

「ちょっと太一、お前ばっかズルいぞ。なあ健、こっち、こっち来い?」

 二人の様子をじっと見ていた山口くんが健を手招きで呼び寄せてる。

 すると健は、するりと太一くんの腕を抜けてひょこひょこと山口くんの近くまで寄っていった。

「ん〜♪ ホント可愛い。女の子みてえ。」

 健を抱き寄せるや否や頬擦りしている山口くんに、やっぱり健は嬉しそうにきゃらきゃら笑っている。

 気にしない気にしない。

 あえて俺はそっちを見ないようにした、ところだったのに!

「ねー、ホント可愛いよねー。いいなぁいのっちは。」

「…何が?」

 いつの間にか山口くんの隣まで来ていた太一くんが俺に向かって話しかけてくる。

 急に自分に話を振られても今は困るって!

 まさか、バレた?

 少しの不安が胸をよぎっちゃうって!

 しかしそれもどうやら杞憂だったらしい。

「こぉんな可愛い子と一緒に仕事できてさぁ。羨ましいったらありゃしない。今日だって一緒の仕事だったんでしょ?」

 その内容に内心ほっとしながら言葉を返す。

「ん、まあ。昼間はロケがあって。でも太一くんだって嵐やジュニアと番組やってるんでしょ?健より若いコいっぱいいるよ?」

 言ってしまってから風俗店の呼び込みか!? と思うようなセリフに気付き、一人心の内でツッコミを入れてしまう。

 しかし太一くん達はそんなこと気付きもしなかったらしい。

「でも同じグループ内にいるのといないのとでは全然違うよねぇ。うちの長瀬なんて昔はあんなに可愛かったのにいつの間にかこんなデカくなっちゃって。」

「悪かったっスね。」

 俺なんてそっちのけで好き勝手喋りまくっている。

 そんな中でもニコニコ嬉しそうに山口くんにくっついている(というより、山口くんが放そうとしないだけか)健と目があった。

 なんとか健を取り返したいと思いつつも、やはり太一くんの大きな声に遮られてしまう。

「でもさー、ほんっと可愛いな健。…どうお嬢ちゃん、お金あげるからさぁ、今夜お兄さんと遊ばない?」

 太一くんに口を挟んでも無駄だということは重々承知しているから、今回も諦めようとしたところでのあまりのセリフに、俺は飲みかけていたコーヒーを吹き出してしまった。

「うわっ、ちょっと何してんのいのっち。拭いといてよ。」

「何してんのって…そっちこそ何言ってんの?」

「えー!? 何って『援助交際ごっこ』じゃんねぇ? どうよこの、いかにも遊んでますっ、男何人も引っかけてますって雰囲気。」

 あながち間違ってもいないところが恐ろしいんだけど、それでもやはり心臓に悪い。

 そういえば、今日のロケ中も…。

「そういえば、今日それ何回も言われた。」

 しばらくされるがままだった健が口を開く。

 は!? という顔をする三人。

 俺は昼間を思い出して頭が痛くなった。

「最初はメイクさんでしょ。次にスタッフさん達。挨拶する度に言われてさあ。」

 指折り数える健の姿は、本物の女子高生のようだ。

 過去に付き合った男の数とか数えてそうな、そんな感じ。

「極めつけはね、通行人さん達。機材の調子がちょっと悪かったみたいで、回復するまで近くの、あっロケ地公園だったんだけど、気に寄っかかってたのね。そしたら若い男の人にさっきの太一くん見たく声かけられて。それでその人だけじゃ終わんなくって、4,50代くらいのオジさんとかこわそーなお兄さんとか、一人追っ払ってもまたすぐ別の人が誘いに来るんだよねー。」

 キャハハと笑いながらその時の様子を語る健だったが、“そいつら”を“追っ払った”のがこの俺であったことは言うまでもない。

 健にナンパ目的で男が近づく度に必死に守り通したおかげで、何とか無事にロケを終えることが出来たのだ。

 実はその度ごとに健はますます俺に惹かれていったらしいんだけど、これは後日、剛から聞いた話なので今の俺は知らないわけ。

「でもそれって、健が相当イケてるってことじゃん? よかったじゃねーか。」

 再び健にスリスリしながら山口くんは言うけれど、本当にそれでよかったのかどうかは全く以て謎だ。

 そんでもって健も。

「えーそぉかな、オレってイケてる〜?」

 なんて可愛らしく小首を傾げて言ってみせるもんだから、力が抜ける。

 …健が女装する度にこうだ。

 どっと疲れるというか何というか…まぁとりあえずさっきのコーヒー拭かないと。

「なー健、次俺も〜。俺んトコにもおいで?」

 俺が流し場に布巾を取りに行っていると、今度は長瀬までもが健を構おうとする。

 それを聞いた山口くんが健を放すと、あいつはそのまま長瀬の胸に抱きついた。

「〜〜〜っくぁ〜〜〜。可愛い〜〜〜。」

 ぽすっと音がしそうな勢いで胸に飛び込んできた華奢な体を、これまた音がしそうなくらい強く長瀬は抱きしめる。

 俺はこぼしたコーヒーを拭きながら横目でその様子を窺う。

「やっ、ちょっと長瀬くん、痛いよぉ…。」

「そーだよ長瀬。健可哀相だよ? もすこし優しくしてやんないと壊れちゃうよ。」

 きつく抱きしめられて苦しそうな健を見て、太一くんが多少長瀬をたしなめるけれど、それでも放してやれとはいわない。

 なんだかんだ言いつつ長瀬には甘いんだよなTOKIOのメンバーって。

 俺たちも人のこと言えないのはわかってるけど。

「ごめんごめん、つい力入っちゃった。」

 慌てて力を緩める長瀬。健はほっと息をつく。

 今まで太一くんや山口くんの腕にすっぽり収まっていた健は、長瀬の腕の中にも収まってしまっていて、何かいい感じの恋人同士みたいだった。

 気に入らない反面、微笑ましくも感じてしまうのは、やはり俺も長瀬を弟みたいに思っているからだろうか。

 長瀬は腕の力を強めたり緩めたりして感触を確かめるように健を抱きしめていたが、ふと心底不思議そうに呟いた。

「…だけど不思議っスねー…。」

「は? どうかした?」

 突然の長瀬の言葉に太一くんが訊き返す。

 長瀬は二、三度健を強く抱きしめると、こんな事を言いだした。

「健って、女の人みたいに柔らかいわけでも、そこらの男みたいにゴツゴツしてるわけでもないんだよね。何つーか…。」

「…長瀬くん、それってボクが太ってるってコト?」

 言い淀んだ言葉が引っかかったのか、健は潤んだ瞳で長瀬を見上げる。

 ああ、そんな目俺以外に見せるんじゃねーよ。

 お前は気付いてないかもしんねーけど、その瞳は男とお姉様方を落とす強烈な武器になってんだって。

 そらみろ長瀬のヤツ顔赤くなってるぞ。

「いやあの、そーいうことじゃなくって、なんだろう。そう、お前いい感じに筋肉ついててさ、女ほどじゃなく柔らかくって、すっげー抱き心地いいの。」

「女の子より?」

 おいおい健、何か論点間違ってねーか?

「んー、多分女の子よりいいと思う。俺の体にジャストフィット、って感じ?」

「違うよ長瀬、オレにジャストフィットだってば。」

「それこそありえねー。俺だって俺。」

 あああああ。何なんだ一体。

 頭を抱えるとソファーの向こうで俺だ俺だ言ってる三人の間から健が抜け出して寄ってくる。

「どうしたの井ノ原くん、大丈夫?」

 大丈夫じゃねー。

 お前、ちょっとは気が付けよ、俺の恋人だろう?

 俺の目の前で可愛がられてんなよ。…可愛いけど。

 色々なことがぐるぐる頭の中を回ってると、何も言わず健が抱きついてきた。

「健?」

 どしたの急に。

 俺が目を丸くしているのがわかったのか健はふにゃって微笑む。あ、可愛い。

「オレが一番フィットするのは、井ノ原くんだからねッ!」

 そういって頬にキスしてくれた。

 しかもチュッなんてイヤらしい音つき。

「〜〜〜健〜〜〜。」

 感極まって俺は健を抱きしめてしまった。場所も考えずに。

 すると当然。

「「「あああ〜〜〜〜〜っ!!!」」」

 そう、奴らの叫び。もちろんこれだけで治まるはずもなく。

「いのっちズルい! あんたはいつでもできるでしょ、そんなコト!」

「そうだよこーゆー時くらい俺たちにやらせてくれたって、なあ?」

「井ノ原くん…俺のこと嫌いですか?」

「やかましい。これは俺のなの!!」

「!! 井ノ原くん…。」

 三人は俺のキワドイ発言を聞き流してまだギャーギャー言ってる。

 ファンが見たら泣くよ、マジで。

 健は健で、俺の独占発言にうっとりしてるし…ってめちゃくちゃ可愛いじゃん。

 うるさいったらありゃしないんだけど、こーゆーのって平和そのものって感じ。

 可愛い恋人に、心置きなく騒げる仲間、友人達。

 楽しいけど、幸せだけど、でも不安がなくなった訳じゃない。

 目を離すと連れて行かれそうな気がするのはいつものこと。

 だから健、ずっと俺から離れないで。











END











 すみません、最後は無理矢理でした…。しかも訳分かんないし。半年以上もほったらかしにしてあった駄文なので、修正はしましたが逆にそのせいで更にこんがらがってるかも(笑)。半年。10ヶ月近く、お前は何をやってたんだって話ですよ。ただ、とにかくこの時はお姫様状態の健くんを書きたかったんですよ。そしてTOKIOの皆さんを出したかったのですよ。ということで許してくださいな。えー、実はこの話、これで終わりではないです。もう一つのバージョンとして考えてたものがあるのです。それをラスト直後の話として見て頂きたいと思います。そうです。まだでてきていないあの二人が登場いたします。無理強いはしませんので、見たいという方のみ先へお進み下さい。

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