不思議なものを見た――ライエルは思った。
しかも自分に都合の良いもの。
真摯なライエルの告白を受けたカーマインは、さっと目元を紅く染めると、直ぐに顔を両手で隠してしまった。
「カーマイン?」
呼べば、ぴくりと微かな反応が返る。
――もしかして……。
嬉しい予感を胸に、ライエルはそっと、顔を覆ったカーマインの手をどけた。
現れたのは、目元だけでなく赤く染まった頬。そして、潤んだ目。
「……返事は?」
尋ねると、やはり言葉はなく首を振られる。
どっちなのか判らない。というか、拒絶されているとは認めたくない。
「返事を……カーマイン」
名を呼び、伸ばした手で頬を撫でる。
すべすべとすべりの良い肌は、ライエルの手に酷く馴染む。
きっと体の方も……。
許可を得られたら、触れられる。
期待を持ってライエルは、更に答えを求めた。
当然、肯定・同意以外に聞き入れるつもりはない。態度がライエルの求める反応を示しているだから、答えだってそうあるべきだ。
だが、カーマインは強情だった。
「やだ……言いたくない」
吐息に混じったかすれ声で言うと、やはり首を振った。
「何故?」
「……言ったら、するだろ? 今日はもう、無理……」
落ちた――とライエルは思った。
気付いていないのだろうか? それがこそ、答えだと言うのに。
言ったらするということは、その答えはライエルが喜ぶ類のもの。
今日は無理、ということは、今日以外ならしても良いということ。
即ち、肯定。
カーマインは、既にライエルを全面的に受け入れいている。だからこその、この答え。
思ってもみなかった大きな喜びが、ライエルの全身を沸騰させた。
無理――なんて。そんな言葉だけで止まれるなら、男なんてやってない。
残念だが、男の癖に男の性(さが)を理解していないのが悪いのだ。
カーマインに悟られないようにそっと体を移動させると、逃げられないように腰を固定する。
両足で挟み込んだ腰は、思った以上に細く、途切れた記憶の向こう、その奥の狭さを彷彿させた。
昨夜は本当に、この体を味わったのだ。だが、酔った記憶力ではその味をはっきりと思い出せない。
「カーマイン……少し手を、上げてくれないか?」
意図も告げずにそう言えば、こういうことに経験の薄い――というか、昨夜まで全くなかったらしい――カーマインは素直に両腕を頭上に上げた。
したり、とライエルはその両手を、片手一本で拘束する。
「え?」
愕いたカーマインが、まさかと思い至った時には既に体はライエルに捉われ、動くことも出来なくなっていた。
「なんで! もう無理っ!」
うるさい口を、キスで塞ぐ。
暴れる体は腰に乗せた体重で押さえ――。
キスの最中に頬から滑らせた手を、首から胸に。
伝い落ちる触手に、カーマインの体が快感の予兆に震える頃には、抵抗は全くなくなっていた。
ああ、そうだった……とライエル。
カーマインの味は、こうだった。
行為が進む程に、途切れた記憶が甦る。
汗に濡れて滑る肌。感覚が深まるごとに妖しく揺れる腰。その中心で絶頂を望み震える象徴。
ただ触れるだけで快感を示して震える体は、腕の中で妖しく踊る。
一度も触れていないはずの象徴は、既に先走りに濡れて淫猥に光を弾いていた。
今は陰りを何度も行き来するライエルの指も、濡れて光る。
今は二本の指に攻められているカーマインは、妖しく身を捩り、与えられる感覚から逃れようとするかのようだ。
「も……だ、駄目……」
必死に懇願するカーマインを無視し、ライエルは尚も潜めた指に力を込める。
中で指を曲げ、広げ、その甘美な圧迫感を味わう。
「や……やぁ……も、や……っ」
拘束を受けた両手と腰。不自由ながらも唯一動かせる足で宙を掻き、体内に渦巻くうねりから逃れようとする。
酷く愛しい。
なぞるように、見つけたカーマインのイイところを引っかき、更に鳴かせながら、ライエルは指を引き抜いた。
ヒクヒクと顫動を繰り返すそこに、己の滾った欲望を押し当てると、細く整ったラインの肉体が全身で跳ねる。
薄く開いた涙を湛えた瞳がライエルを見て、首を振った。
「もう、無理……だから……」
既に昨夜散々愛され、体は疲れていた。しかも、まだ方々に痛みが残る状態での結合は、カーマインに恐怖をもたらす。
だが、止めてやる気はない。
「酷くはしない……」
心にもないことを告げ、切っ先で狭い場所を押し開く。
「んっ!」
圧迫感と微かな痛み。
ライエルにも伝わってくるそれを、少しでもやわらげるべく、恐怖で縮んだ象徴に手を這わせると、吐き出される吐息の色が変わる。
欲の色を滲ませたカーマインは、はげしく首を振り、過ぎた快感を逃そうとした。
一瞬反れたその隙を逃さず、ライエルは押し込まれた切っ先に力を込め、更に奥に進む。
「う……ぁあ……」
痛みと快感。せめぎあう不可解な感覚に支配され、既にカーマインからは制止の言葉は聞こえなくなった。
ただ荒く吐息を繰り返し、その最中に上げる声が、甘くライエルの耳を喜ばせ……。
奥に収めた欲の証で抽挿を繰り返す頃には、ライエルの動きに合わせ腰を振り、きつくライエル自身を締め付ける。
「カーマイン……」
青く滲む瞳を見下ろし名前を呼び、一際強く突上げると、カーマインは身を硬直させてライエルに答えるように強く締め付け……。
「う、ぁっ、あ、ああっ!」
放たれた欲望が叩きつけられる壮絶な感覚に、我を失ったカーマインは高く声を上げ、自らも白濁を吐き出すのだった。
過負荷によってか、気を失ったカーマインを、いまだ内に収めたままでライエルは見下ろす。
ぐったりと力の抜けたカーマインには、色濃い疲労が残っているように見える。
哀れには見えたが、後悔はなかった。
やっと手に入れた。
鈍くて、その割りに身持ちが固くて。
誰からも好かれ、誰もがその心と体を狙っていたカーマイン。
「参ったな……」
長い間の願いだったそれを手に入れて、だがライエルは困惑する。
手に入れたら、ただ満足だけが残ると思っていた。なのに、手に入れた今心にわきあがるのは……。
「まだ、足りない……」
もっと欲しい――と貪欲に求めてしまう自分。
無理はさせたくないと思うのに、それに反して、どこまでも――それこそ壊れるまで、抱いて抱いて抱き潰したいとも思ってしまう。
もう一時だとて離れたくない。このままここに……。
だが残念ながらカーマインは他国の人間で。しかも国家の要職を担っている。
相手が女であれば、恐らくは独占できる方法があるのに。
どこまでも貪欲になる自分に、ライエルは苦笑を禁じえない。
どちらかといえば、何事にも淡白でいられた自分はどこに行ったのだろう?
思いながら、ライエルはそのままカーマインの横に身を落とした。
目が覚めると、目の前に困惑気味の背中があった。
「どうした?」
声をかけると、振り向かない細い声が、言う。
「抜いてくれ……」
「は?」
「だから! 抜いてくれ!」
言われて、ああ、と思い出す。
「駄目だ……と言ったら?」
「…………困る」
「だろうな。だが、抜く気はない。目も覚めたことだし……」
身を起こして見下ろせば、驚くカーマインの赤い顔。
「な、何?」
「もう一戦……」
「もう、絶対に、無理……っ」
激しく拒む唇を封じて、ライエルはニヤリと笑う。
まずは体から、離れられなくなってもらおうか?
そんな風に思いながら――。