想いの違いなのだ、と。そう達哉が言った。
それはある意味では正しくて、ある意味では間違っている。
そう――間違っている。
腕の中に達哉を抱き、本来ならば許されない行為をしている。
「間違ってるんだ、達哉……」
何度も呟きながら。
声は聞こえない。達哉に触れている間、大人しくしている。なのに何故だろう。手が達哉の首に向かってしまう。
濡れた音を立てて、何度も突き上げながら、それでも首に手が回り、油断すると締めてしまいそうになる。
「いい……よ……」
荒い呼吸の中で、達哉が言った。
「殺しても……良い……」
それで永遠に、達哉が克哉のものになるならば……。
そういう意味を込めた達哉の言葉に、克哉は首を振る。
達哉を殺す。それは、二人分の命を奪うことになる。
「生きていて欲しい……」
どんな世界であっても。
それはエゴなのだけど……。
首から意志を持って手を離し、変わりに達哉の足を抱え上げる。
片足を肩に担いで、角度を変えて腰を打ち付ける。
挿入角度が違ったからだろう。良いところに当たったのか、達哉が高い声を上げて腰を跳ね上げた。
「に……さん…………」 荒い呼吸の中、何度も呼ばれる。
「達哉……名前を。僕の名前を……」
兄弟なんかでいたくない。
弟を愛する行為が、背徳のものだと思いたくない。
「達哉、僕の名前を……」
懇願するように告げて、克哉は再び体勢を入れ替えた。
達哉に腰を跨がせ、互いに向き合う。
少し背が高い達哉は、克哉の頭を抱き囁く。
「克哉……」
喘ぎに掠れた――艶を含んだ声だった。
「愛しているよ、達哉……」
克哉も達哉の腰を抱き、ベッドのスプリングを利用して動きを再開する。
崩れそうになる体を支えて、克哉はどこまでも達哉を味わい、達哉は抵抗するでなく兄の動きに身を任せていた。
ふと、呼び声が変わったのに気付く。
もう何回目だろう。達哉の中に数度欲望を放って、それでも飽き足らず、抜かずに再び互いを高めている時だった。
「あ……にき…………?」
喘ぎに紛れながらも、掠れた声の――呟きに近い声。
「達哉?」
ベッドに四肢を縫いとめ、腰だけを上げさせた格好で貫いていた克哉は、驚いて達哉の顔を覗きこむ。
互いの体は、汗と愛液でしとどに濡れている。
それを不思議そうに見ながら、達哉は兄に疑問の目を向けていた。
「ここは……?」
「……達哉なのか?」
「当然だろ? それよりなんで俺……」
状況が飲み込めていないような達哉に、克哉は説明する手間を惜しんだ。
何か言われる前に止めていた動きを再開して、質問する為の口を別のことに使わせる。
忌み嫌われるのも、質問攻めにされるのも、まだ先にしたい。
それに――まだ、足りない。
どうせ後でなじられるのにせよ、1度きりならそれなりで、全てを味わい記憶しておきたかった。
「愛してる……達哉」
何度も囁き続けた言葉を最後に、克哉は激しく攻め立てた。
ふと目覚めると、兄が自分の腰にまたがって、首に手を回していた。
力の入らない手。
「力が入らないのか?」
尋ねれば、克哉は頷く。
「悪いな……やっぱり僕では、お前を救ってやれない」
「そんなことはないさ。何度も救ってもらってる」
「そうか……」
兄は薄く笑うと、達哉の腰から退こうとした。
それを止め。
「愛してるって、言ってくれないかな?」
達哉は囁く。
「え?」
驚いたように振り返る克哉に、達哉はもう一度同じ言葉を告げる。
「どうしてだ?」
尋ねてくる克哉に。
「愛してないのか?」
達哉は逆に、不思議そうに尋ねる。
「それは……」
「愛してるなら、言ってくれ。そしたら俺が、魔法の呪文を教えるよ」
達哉は笑う。
弟の笑った顔を、もう随分と克哉は見ていなかった。
「笑ったのか……達哉」
「ああ。何時だって笑える。兄さんがいれば」
「僕が、いれば……」
克哉は達哉と視線を合わせ、大切なものをかみしめるように、囁いた。
「愛してるよ、達哉」
達哉は淡く笑って、目を閉じる。
染み入るような言葉に、求めていたものをもらった気がした。
再び目を開いた達哉は、強く輝く瞳で克哉を見つめて。
「こんな世界だけど、俺は兄さんと一緒に生きられて幸せだと思う。だから、自分に責任を感じて俺を救おうと考えないでくれ」
「達哉……」
「こんな世界でこんな命だけど、これからも兄さんと一緒に幸せでいたいと思う。だから兄さん、何があっても生き延びてくれ」
達哉は手を伸ばし、克哉の両手を握り締めた。
「達哉……」
克哉は暫くじっと達哉の目を見つめた後、頷いた。
「判った。何があっても、僕は死なない……」
瞬間、光が迸った。
「ヒューペリオンが呼び出せなくなった」
克哉は言った。
晴れ晴れとした顔で、一時は弟を殺すかもしれないと言っていた時の翳りは微塵も残っていなかった。
「きっと"向こう側"の僕が、ペルソナ遣いになったんだろう」
そう言う克哉の傍らには、達哉がいる。
数日間記憶を失っていた達哉は、覚えている記憶の最後に、強く助けを求めたと言った。
兄の変調がショックで、それをどうにかしたいとは思ったが、原因もわからず困惑しながら、必死で助けを求めたのだ、と。
そして達哉の願いが達哉を呼んだ。
そう結論付けて良いのだろう。
と克哉もパオフゥも思う。
「そういえば、お前達が帰った後、あの部屋凄かったんだぞ」
からかい混じりにパオフゥが言えば。
「そ、それは済まなかった」
兄弟揃って頬を染め、頭を下げる。
「まさか、マジで兄弟でできちまうとはよ……」「い、いや僕も、まさか達哉が答えてくれるとは……」
「だろうなぁ」
今宵一晩限りと、鬼畜の限りを尽くし犯し続けた達哉はと言えば、疲れて眠って目覚めた翌朝、気付いたら最中だったのには驚いたが、別に嫌ではなかったし、克哉の気持を受け入れる覚悟もあると告げた。
克哉は逆に驚いたが、そうなればなったで、兄弟は幸せで。あれからパオフゥのマンションの一室を買って、今では同棲している。
克哉をあれだけ悩ませていた声は、もう聞こえず、結局何がなんだか判らないまま、全ては終わりを迎えた。
「きっと達哉が上手いことやってくれたんだろうぜ」
達哉のいない場所で、パオフゥはそう克哉に告げた。
それに克哉は頷き、達哉の言葉の真実を知る。
「想いの違い……」
「なだ、そりゃ?」
「達哉が言っていた。今回のことは、想いの違いが招いた出来事なのだと」
「どういう意味だ?」
「それはおそらく……」
達哉が言っていた、克哉がもう一人の克哉の思考に引きずられていた、というのは間違いない事実なのだろう。
声は常に「殺さなければ、救えない」と言っていた。
「向こうの僕は、おそらく命を奪ってでも達哉を救いたいと思っていたのだろう。大切で大切で、最愛の人だったから」
「そんなに酷い世界なのか……」
「そんな時に僕は、"向こう側"の僕の境遇と近い事件を担当した。手に入らないからと殺してしまった犯人と、殺してでも弟を守りたかった僕。そして、最愛の達哉という弟がいる僕。全ては一直線上に結ばれ、混同し、殺さなければ殺されてしまう、だから先に殺さなければ……そういう思考に至ってしまったのかもしれない」
全ては想いの違いだ。
大切だから、手に入れたい。
大切だから、守りたい。
大切だから――。
全てが混ざって一つになって、克哉の身に声は響いた。
唯一つ同じだったのは、大切だという事実だけ。
「まるで籠の鳥だな」
パオフゥは笑う。
「どういう意味だ?」
「鳥籠にいる鳥には、二つの選択肢しか残されていない。外に飛び出すか、それとも一生を鳥籠の中で過ごすか」
「守る為に殺すか、それとも自分を殺すか……」
「極論だが、同じだろ? お前達と」
世界を挟んで一人の克哉。
「そうかもしれないな……」
"向こう側"の克哉は、鳥籠から飛び出すことが出来たのだろうか?
克哉は思いながら、隣にいる達哉の手を握り締める。
どうせなら、崩壊した世界でも幸福に。
たった一人の人だけを得て、それで幸福に生きられることを祈って……。
ちょっと設定がおかしくなって。
意味が通じなくなってすみません。
途中のエピソードを一つ、忘れてしまいました。
がっくり。