「それで、何を泣いていた?」
尋ねられて、クラウドは目を見開く。
「何か嫌なことでもあったのか?」
「いいえ……そうじゃなくて……」
体が触れ合い、互いに熱を放出するだけで、クラウドの憂いは半ば晴れていた。
熱烈なルーファウスの求愛は、クラウドの「飽きられた」という疑いを減らし、今はただ満たされた中にいる。
だけど。
「あの……ルーファウス様は俺なんかのことは気にしないで、幸せな結婚をして下さい」
やはりクラウドの中に芽生えた――子供が生める相手――の一角だけはしつこく残っていて。
「なんだって?」
驚いたように振り替えるルーファウスの視線から、クラウドは逃れる。
「だって、俺、子供……」
「確かに子供かもしれないが、それは私の中では既に関係ないものだ」
きっぱり言うルーファウスに、クラウドは首を振る。
「そうじゃなくて、俺が、子供を生んで上げられないから……」
「は?」
「俺は……あの……ルーファウス様には相応しくないし、子供も生めないから、今のうちに他の人と……」
途切れ途切れのクラウドの言い分を、ルーファウスは理解した。
「寝言は寝てから言ってくれ」
「え?」
「私は愛のない人間と結婚はしない。それは、何度も父に言っていることだ」
「でも……最初は愛がなくても、何時かは……」
「それで、クラウドは私から離れたいのか?」
「いいえ、そうじゃなくて……」
離れたくない。離れたくはないが、何時か必ず別れは来る。
それは、ルーファウスが本当にクラウドに飽きたときかもしれないし、クラウドがソルジャーになった時かもしれない。
気持ちが擦れ違う――ことはあってほしくないが、人間の心なんて、永遠はありえないし、それに……ルーファウスが神羅を継ぐなら、そこには必ず後継者の影がなくてはならないのだろう。
「ならば、クラウドが私の妻になれば良い。幸いなことに、ミッドガルは男女差がはげしく、同性結婚も認められている」
「でも!」
「子供なんて、人工的に作れば良いじゃないか? 不服か?」
「いいえ……でも……」
頑ななクラウドの心を和らげるようにか、ルーファウスはそのまだ子供っぽさを持った体を抱き、囁くように告げる。
「私の母は、父と愛し合って結婚した」
「ルーファウス様?」
「良いから。聞いて」
「はい……」
あやすように背を撫でながら、ルーファウスの独白は続く。
「母は本当に父を愛していたが、父は仕事と母と天秤にかけた末に、仕事を選んでしまった。子供の頃は、だから母と二人、酷く寂しい思いをしたものだ。私は父の愛を知らず、母を失くしてからは、母の愛情もない、空っぽの――金だけが溢れた家庭で一人で育った。側にいるのは、愛情とは無縁の使用人達だけ。勿論、彼らだってそれなりに私を気遣ってくれたけれど――だが、欲しいものはそんなものじゃなかった。純粋に、愛されたいと思った、私自身を、たった一人だけでも良いから……」
ぎゅ、と力の篭るルーファウスの腕を、クラウドは愛しいと思う。
クラウドごときに、こんな話をしてしまう遥か年上の相手を、かわいそうで、とても、愛しいと思った。
「これまで、純粋な愛情を与えてくれたのは、クラウドだけだ。クラウドならば、私の求めるものをくれると思った。そして、与えてくれた。だから私は、何があっても、クラウド以外は選べない」
「ルーファウス様……」
懇願するような響きを持つ独白に、それを拒むことはクラウドには出来なかった。
何故なら、誰よりもクラウド自身が、ルーファウスを愛して愛して、愛しぬきたいと思ったから。
たとえ永遠に側にいられないとしても、最後に戻る場所はルーファウスの側が良いと思った。
長い人生を別のことをして過ごしても、最低でも死ぬ時は側にいて、そして――。
「好きです……」
クラウドは告げる。
永遠に自分を縛り付ける言葉を。
そして、永遠にルーファウスを縛り付ける言葉で。
乱れたシーツの上で、クラウドは真剣に考えた。
どうすれば二人で幸福になれるだろうか?
ゆるぎない愛情で、ルーファウスを包むことが出来るだろうか?
幼いなりに、懸命に考えた。
だが、まだ答えは見つからない。
だから今は――幼さで誤魔化して、不器用な愛情を持って二人で居よう。
そう決意した。
クラウドの驚きのうちに、結婚式は行なわれた。と言っても、神羅社員はエレノアとツォン、そして二人のいきさつを知っているタークスの一部人間だけ。
後は、ルーファウスの使用人達。
ごく一部の人間達に囲まれただけの些細な結婚式はとても幸福で、クラウドは泣きそうなくらい幸福だった。
幸福は、何時だって砂のようにサラサラと零れていくもので、例えば何時か崩れてしまうものだとしても、クラウドはこの幸福を、永遠に忘れないでいようと思った。
ルーファウスが切に望んだ入籍に関しては、クラウドは待ってくれと願った。
何時か、もっと自分に自信がもてたら――。
今は待たせるかもしれないけど、でも絶対に答えるから。
そう、約束して。
この時は、まだ誰も知らなかった。
これから起きる悲劇の幕開けに。
そして――クラウドの最大の哀しみの行方を……。
この時は、まだ……。