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秘書:寂しくないサヨナラ 4

 固く抱き合って、触れ合って。
 感じたのは、やっと戻ってきたという感慨。そして、ゆるぎない愛情。
「会いたかった……」
 喉を詰まらせて言うクラウドに、ルーファウスは頷く。
「私も……会いたかった」
 会いたくて会いたくて、心が死にそうだった。
 会おうと思えば会えるのに、なのに一度とて連絡すら取らなかった。
 一度でも声を、顔を見てしまえばもう二度と手放せなくなることは判りきっていたから。
 だから……。
「少し……背が伸びたな」
 泣きそうになる顔を、どうにか笑顔に変えてルーファウスが言えば。
「はい……少しだけ……ルーファウスさまに近くなれて、嬉しい……」
 既に涙に濡れた声でクラウドは答える。
 背の差がどうでも、二人の仲には変わりないが、クラウドはより近くルーファウスの顔が見れて嬉しいと、そう言うのだ。
「私も、嬉しいよ」
 懲りずに唇が重なる。
 深く――更に深くなる口付けを、留めたのはボートからゆっくりと降り立ち、暫くは様子を見ていたツォンだった。
 既に呆れ混じりの声で「そろそろ帰らないと、準備が滞るが?」と告げる。勿論、クラウドにだ。
「帰る? このまま残れば良いだろう?」
 不満そうに言ったルーファウスに、ツォンは苦笑すると。
「何の荷物も持ってきていないのですよ」
 と答えた。
 なる程確かに。
 クラウドは身一つでやってきたようで、スーツは身にまとっているが荷物は持っていない。
 慌ててやってきたのだろう、ツォンは制服の上着すら羽織ってはいなかった。
「副社長室の資料を全て移すのに、かなり時間がかかったんです。残りを明日までに整理して、クラウドに持たせる予定だったんですが……」
 呆れ混じりにクラウドを見ると、クラウドは頬を紅く染めた。
「直ぐにでも行くと言ってきかない。あなたが待っているから、と。全く無謀も良いところだ」
 愚痴りたくもなるだろう。
 何しろタークスの主任を動かしてやってきたのだ。
 だが、人選は正しかったと言えるだろう。
「また、明日……」
 クラウドが涙に濡れた頬で微笑んだ。
「また、明日来ます。今度はもう、離れないために」
 もう二度と、離れないために。
 決意の透けたクラウドの表情に、ルーファウスは頷いた。
「待っている」
 もう一度強くクラウドを抱きしめて、ルーファウスは名残惜しげに離れた。
 クラウドは背を向け、ゆっくりとボートの方に。
 だが、ボートに乗る前、思い出したように振り返ると。
「ドミンゴさん達も来ます。良いですよね?」
 言った。
「え?」
「皆さん、ルーファウス様のお世話がしたいんだそうです」
 にっこりと笑うクラウドの笑顔の向こうに、実家に戻した者達の笑顔がダブる。
 執事のドミンゴを始めとした、シェフのロドリゲス、女中のマカリス、運転手のケネス。
 ケネス以外、誰もがルーファウスが子供の時から世話をしてくれた者達だった。
「俺も、皆さんが一緒の方が良いし……」
 彼らを呼び寄せる権利は、本来はルーファウスにある。
 クラウドはその了承を取ろうとしているのだ。
 勿論、ルーファウスに否はなかった。
「一緒に来ると良い。丁度人手も不足している」
 特に、身の回りの世話をする人間は。
「ありがとうございます!」
 嬉しげなクラウドを乗せて、ボートは走り出す。
「また明日!」
 走り去るボートを、その姿が見えなくなるまで見送ったルーファウスは、自らも嬉しげに車に乗り込んだ。
 今は自分で運転しているが、いずれケネスが運転してくれるようになるのだろう。以前のように。
 そうだ……。
 ルーファウスはいたずらっ子のような表情を浮かべる。
 すぐさま新社屋に入ると、神羅本社にホットラインを繋げる。
「人事に」
 呼び出すのは、人事の最高責任者。
 副社長直々の人事に深く頭を垂れた人事最高責任者は「では明日にでも……」とホットラインを切った。
 ついでに、今日コンパートメント入りしたばかりのエレノアに通信を繋げる。
「はい?」
 不審げにルーファウスからの通信を受けたエレノアは、ルーファウスから飛び出した言葉に驚いた。
「しかし……そんな大人数を受け入れられるのですか?」
「元レストランを改造したものだから、社員半数位は受け入れられる。どの道ケネスもいるんだ。来るだろう?」
「はぁ……」
 なんだか良く判らないながらもエレノアは頷き――。
「では、明日にでも……」
 不審そうなそぶりを隠しもせず、頷いた。
 全ては明日。
 幸福は目の前にあり、ルーファウスは浮かれた。
 何もかもが順調で、順調すぎて怖いくらいだった。
 それまでルーファウスを悩ませてきた疲労は吹き飛び、浮き足立ったまま自宅へ。
 その自宅で、ルーファウスは頭を抱えるのだ。
 曰く――。
「ダブルベッドがないじゃないか!」
 という、下らない悩みで。



 そしてこの時はまだ、誰も知らなかったし、予想もしていなかった。



 運命なんて、本当は存在もしない。
 身に降りかかる不幸で傷ついた己を慰めたくて、全てを諦める理由として、それは言葉として使われるだけだ。
 または、身勝手な想像の産物でしかない。
 紡がれる時の糸は、いつだって一人一人の歩む道筋がその原料となる。
 運命などではない、全ては、行動の末の必然に過ぎないのだ。
 そしてそれは、巨大な落とし穴となって個人を飲み込む。
 この時、クラウドがルーファウスの元に戻る決意をしなければ。
 少なくとも、ソルジャーになっていれば。
 起こらないはずの未来もあったはずだ。
 けれどそれは、確実に彼らの足元を蝕み始めるのだ。
 ゆっくりと――時を越えて……。




 二部完

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