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秘書:帰りを待つ人 3

 クラウドと別れ、どれだけの日々が過ぎただろうか。
 水上都市の建設具合を眺めながら、ルーファウスは考える。
 仕事が身に入らない。まるで自分ではないみたいな体の重さが、ずっと気になっている。
 少し具合が悪いのかもしれないな。
 既に見知った者が誰一人としていない生活の中、ルーファウスは明かに疲れていた。
「副社長、こちらをご覧ください」
「ああ……」
 これから水上都市に入る人間のリストだ。
 新たな社屋に出来上がる部署の、その先駆けとなる人物達。
 全て――ルーファウスが選んだ人材。
 社屋が出来上がったあかつきには、まずはルーファウスの周辺の人物達が水上都市に移り住むことになっている。
 まずは、秘書のエレノア。
「ん?」
 ルーファウスはリストの一部にありえない名前を見つけて驚いた。
 クラウド=ストライフ。副社長秘書の名目でその中にあった。
「悪い冗談だ……まだソルジャー資格試験が……」
 水上都市に移る寸前、軍部から上がってきた報告書の中に、適性検査に通った候補のリストがあった。そのリストの中には、勿論、クラウドの名前があったはずだ。
「ありえない……」
 リストを持つルーファウスの手が震える。
「ありえない……絶対に……」
 誰よりもソルジャーになりたいと望んだクラウドを知っていたからこそ、引き裂かれるような胸の痛みを抑えて尚、送り出したのだ。
 なのに、そのクラウドが、適性検査に通ったのに自分の下に戻ってくる?
 そんな都合の良いことがあるとは、どうしても思えない。
 ルーファウスはそのリストを破り捨てた。
 後にいかに必要になるものであろうと、その名が冗談のように載っているそれを、傍においておきたくはなかった。
 思うだけで胸が痛いのに。
「クラウド……お前はどうしている?」
 見上げた空は青。クラウドの瞳の色。
 もう直ぐ、水上都市の社屋が完成する。
 クラウドを送り出してから、そろそろ半年になろうとしていた。



 社屋と一部住居部が出来上がってからは、忙しさに目が回る程だった。
 先陣を切る社員の移住が開始し、まずはエレノアが多くの資料と共にやってきた。
「お久しぶりです、社長」
 とうに40を超えているエレノアは、更に美しさに磨きがかかったように微笑んでいる。
 風の噂によると20も年下の恋人が出来たとか。
 まさか、ツォンではないだろうな? と世間話のついでたずねると、意味深な笑みを見せて答えなかった。
 まさか……。と思い、あの苦労性な総務部調査課の主任の顔を思い浮かべる。
 と、エレノアは笑い出す。
「あの堅物は別の方と交際中ですよ」
 との返事。
 どうやら半年の内に色々とルーファウスの知らない変化が生まれているらしい。
「とにかく、良く来てくれた。まずは居住区に入ってくれ。希望通り、二人用のコンパートメントを用意しておいた」
「ありがとうございます」
 エレノアはルーファウスの用意した車に乗り込む寸前、思い出したように言った。
「クラウドも来ますよ。明日の便で、残りの資料を持ってきます」
「え?」
 驚き振り向くルーファウスに。
「リストに名前を載せたはずですが……ご覧になりませんでしたか?」
 ルーファウスの驚きっぷりに不審そうなエレノアが尋ねる。
「だが、ソルジャー資格試験は……」
「……諦めたんです」
「え?」
「クラウドに、タークス主任経由でルーファウス様が水上都市に移ると知らせました。その後直ぐ、クラウドは秘書室に来て――」
 取り乱して大変だったのだ、とエレノアは言う。
 なだめ、落ち着かせるのに半日かかったのだ、と。
「ルーファウス様は幸せですね。クラウドは言ってましたよ。自分の将来よりも何よりも、ルーファウス様と一緒にいたいのだそうです。例えいつか捨てられても、恋人として扱われなくなっても、それでも傍にいたいと、そう言っていたので、私の権限でクラウドを第一秘書に戻しました」
 ふ、と笑うエレノアは、まるでかつてルーファウスが憧れた母親像そのものの笑顔で告げた。
「明日。来ます」
 その後車に乗り込み、エレノアは去っていく。
 残されたルーファウスは、呆然と立ち尽くした。
 心は踊り、愛しさに溢れている。
 だがそれでも、本当にクラウドはソルジャーを諦めたのか?
 そんな疑問も残る。
 今度こそ。
 ルーファウスは電話を手に取る。
 エレノアが言ったタークスの主任。彼に、確認を取る為に。
 震える手は、それが本当であって欲しいとの願いから発する緊張の証である。
 コールをする間中、ルーファウスの心臓は高い音を響かせていた。
 そして……。
「はい? 総務部調査課主任室です」
 聞き覚えのある声。
「クラウド……」
「…………ルーファウス様?」
 時が止まった。
 ドクンドクンと音を立てる心臓の音だけが、脳に響く。
「本当に……ルーファウス様ですか?」
 クラウドの声も震えている。
 半年の間、ずっと聞きたいと思っていた声。そして、会いたいと思っていた相手。
「クラウド……来てくれ、今…ここに……」
 はらはらとルーファウスの頬を雫が伝った。
 震える声は涙に濡れ、電話の向こうからも、不自然な呼吸の音が聞こえた。
「……行きます、今すぐ!」
 電話が切れる。
 既にミッドガルから水上都市へ渡る便はない。
 だが、ルーファウスは待った。
 そのまま、海の風が体に吹き付けるその場所で。一心にミッドガルの方を見つめながら。
 そして――。
 ひた走るボート。その上に、金の髪をはためかせたクラウドの姿が見える。
 隣に乗っているのは、おそらくツォンだろうか?
 マリーナにたどり着くボートから、クラウドの小さい――少しばかり背が伸びただろうか?――体が埋め立てた地面に踊り立つ。
 直ぐに走って近づいてくる姿に、ルーファウスも走り出していた。
「クラウド!」
「ルーファウスさま!」
 変わらない声。姿。
 そして、誰よりも愛しい――。
 差し出した腕の中に、細い体が飛び込んでくる。
 固く抱きしめ合った直ぐ後には、逃れられない恋慕と共に唇が重なっていた。

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