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秘書:恋愛談義 2

「私は――そうだな。愛し愛されれば、それで構わない」
 にっこりと笑ったルーファウスの笑顔は、クラウドの胸に、今も刻まれている……。

 ソルジャー適性検査に臨む為、クラウドは数日前から移り住んだ兵舎の中でぼんやりしていた。
 既に適性検査は済ませ、今はその結果を待っている。
 資格試験を受けるのにも、この適性検査は必要で、ここで通らなかったら資格試験受験資格も得られない。
 それは判っている。判っているのだが……。
 どうしてもルーファウスの顔が脳裏から離れてくれない。
 真実、ソルジャーになりたいはずなのに、なのに、ルーファウスのことを思うと、ソルジャーになどなれなくても良いと思ってしまう自分に、クラウドは困惑していた。
 ソルジャーになるのが最終目標のはずだった。
 なのに満たされた毎日を過ごし、あまりに幸福だった時間が、その目標を否定するのだ。
 心はルーファウスの元に飛び去り、新たなる目標がそこに、ルーファウスの元にあるような、そんな気持ち。
「まさか……」
 クラウドは苦笑して己の考えを否定する。
「俺は……ソルジャーになるんだ……」
 固く決意を口にして――いるはずなのに、心のどこかがそれを否定する。
 笑っていて欲しい。愛して欲しい。それと同じ分だけ、微笑みと愛を返すから。
 この体全てを使って、ルーファウスを喜ばせたい。
 もっと共に過ごしていきたい。
 言葉が口から飛び出しそうになる。
「や……だ……俺は…ソルジャーになる……んだ」
 呟く言葉の空しさに、クラウドは気付かずにいた。



「エレノア。水上都市の建設直後、私は先に向こうに移ることにする」
 唐突に飛び出したルーファウスの言葉に、エレノアは驚いた。
「一体どうしたんですか? まだ居住区も建設されてはいないのに?」
「基盤は出来ている。大規模居住区は後に工事するとして、現段階で出来あがっている水上レストランを私の住まいにリフォームするよう、既に指示は出してある」
 以前は、秘書のお疲れ会に使われていた、神羅社員しか使うことの出来ないレストラン。社員と言っても、幹部クラスや、幹部クラスに招待された者しか使えなかった。
 今後は水上都市に住まう者が自由に使える施設になるはずだったそれ。
「急ぎすぎではありませんか?」
「何がだ?」
「工事手順としては、まず社屋から始まるはずですよね?」
「多少回り道しても問題ないだろう?」
「あちらで、何かしなくてはならない仕事でもあるのですか?」
 慎重に言葉を選ぶエレノア。
 引き出したい言葉がある――このことに、ルーファウスは気付いてはいない。
「あるな。水上都市の全権を握る者として、工事から見届けるべきではないか?」
 型通りの返答である。
「しかし、それは副社長が手配した工事責任者の仕事ではありませんか?」
「私がしたら問題があるのか?」
 ここだ。
 エレノアはルーファウスの瞳を覗きこむ。
 その視線は鋭く、しかしエレノアの視線を微妙に避けたルーファウスには読み取れなかった。
「問題はありませんが、副社長の態度が問題――といえば問題ですね」
 タークス時代に鍛えた言葉で、エレノアはルーファウスを追い込もうとする。
「私の態度?」
「ええ。まるで――何かから逃げたいような、そんな後ろ向きな態度に見えます」
 ふ、と口元を軽く微笑みの形に変えたエレノアを、瞬間、大きく見開いた目でルーファウスは振り向いた。
 青い瞳は驚きと多少の嫌悪を含んでエレノアを見返している。
 普通の人間なら、こんなルーファウスの瞳を見れば、その背後にある権力に怯えるところだが、あいにくエレノアは普通の人間ではなかった。
 彼女にはもう、失って惜しいものはない。というより、失うことに怯えるものは、既に彼女の精一杯でもって守られて安全な場所にある。それ以外のものは、エレノアには最終的に不用なものだ。
 そう――秘書の仕事ですらも。
 ひるまない女性秘書に、ルーファウスは吐息する。
「君には関係ない」
「私には関係ないかもしれない。けれど、私の愛するクラウドには関係のあることです。あなたは、クラウドの行く末を見届けないままに、逃げるおつもりですか!」
 一度は愛し合った仲で、これからもそうだろう。
 クラウドはきっと、それが何時になろうとも、必ずルーファウスの元に戻ってくる。
 エレノアは確信していた。
 しかし、ルーファウスの瞳は歪んだ。
「……私だとて、逃げたくはない。だが……いないじゃないか……クラウドはどこにも、私の腕の中に、今――いない……」
 ついに吐き出された、エレノアが引き出したい言葉の一部。
 しかしエレノアは、後悔していた。
 目の前で寂しげに語るルーファウスは、一度与えられた至福を失い、今にも崩れ落ちそうに見えた。
「過ぎたことを、大変申し訳ありませんでした」
 エレノアは謝罪し、ルーファウスに背を向けた。
 このルーファウスは見てはならない。見ても良いのは――その権利を持つのは、クラウドだけだ。
 そっと後ろから響く音に耳を傾け、ルーファウスが秘書室から出たことを知る。
 エレノアは、ため息を吐いた。
「あっちを立てればこっちは立たず――まるで世の中みたよいよね。そうは思わない? クラウド?」
 小さく呟き、ルーファウスが残した水上都市への移住に関しての書類を見る。
 常になく乱れた文字は、確かにルーファウスのものだ。この乱れた文字を直すのも、クラウドにしか出来ないことなのだ。
「人生とプライドの天秤か……難しいわね……」
 エレノアは呟くと、何時ものごとく総務部調査課主任室にホットラインを繋ぐ。
 うんざりした声で答えたツォンに、エレノアは魔法の呪文を唱えたのだった。



 適性検査の結果を見た時、クラウドは愕然した。
 驚きの中に、微かな絶望と安堵が混じる自分の不可解な心情に、混乱したのだ。
「なんで……俺……」
 検査結果の通知を持つ手が震える。
「なんで……絶望なんて……そんなこと……」
 あるはずがないのだ。
 仕方ない結果だし、でも、悪くはないはずなのに……なのに。
 会いたい――。
 圧倒的な気持ちが湧き上がる。
 口を開けたら、そこから飛び出してきそうな程の気持ちの奔流。
「ルーファウス……様……」
 側に行って、抱きしめて……互いを熱く高めたい。
 泣き叫び、あの腕の中で安堵を覚えた頃が、そんなに昔のことではないのに、酷く懐かしかった。
「俺……俺は…………」
 結局はそういうことなのだ。
 なるべくして、そうなったのだ。
 クラウドはやっと、己の気持ちに整理をつけた。
 兵舎を出、事務室へ向けて歩き出す。
 電話をしなくては。懐かしい秘書室に。
 エレノアに連絡を入れて――そして。
 帰るのだ。温かい腕の中に。
 見られただけで安心する。あの微笑のある場所に……。



 運命は過酷だった。
 思いもしない落とし穴が、何時だってぽっかりと口を開けて、落ちてくる愚か者を待っている。
「俺は、一緒にいられるだけで良いです」
 互いに抱きしめあいながら、下らない恋愛談義をしていた頃が懐かしい。
 ルーファウスは水上都市へのリニアに乗り、クラウドは兵舎のベッドの上で、膝を抱えて丸くなっていた。



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