訪れたニブルヘイムの惨状は、とてもではないが、一言でどうと言い表すことが出来ない程に酷いものだった。
「セフィロスとザックス。他兵士達は?」
知らせを受けて直ぐに飛んできたルーファウス自らが、現場指揮をして事態の収拾に当たる。
とは言っても、ニブルヘイムの住人の全てが息絶えており、収集もなにもない。
「魔晄炉の方へ向かったようです」
「では、処理班を全て魔晄炉に向かわせるように」
「は」
ルーファウスと共にやってきたエレノアは、元タークスの目で、じっくりと状態を観察している。
「何か判ったか?」
「いいえ……ただ、そうですね。人為的に起こした火事にしては、随分と火の回りが速いようにも思えます。風を使ったか、それともあらかじめ油が撒かれていたか……まさかとは思いますが、可能性としては、炎の魔法を使った恐れもあります」
「そもそも生存者がいないからな。証言は得られまい」
「それなんですが……戸籍登録された住人と、見つかった遺体の数が合いません。どこかに生存者がいると考えられます」
「魔晄炉か?」
「恐らく……」
エレノアは神羅屋敷の入り口から、魔晄炉方向へ出る街の出口に向かっている複数の足跡を指した。
「この足跡は、ソルジャーのものです。神羅から支給された軍靴の足跡と合致します。それから、こちらの……広場の方から続いている足跡は、神羅の兵士に与えられている軍靴の足跡です。こちらの兵士の足跡は、一度そちらの家に向かった後で、ソルジャーの足跡を追っています。そして、その家はクラウドの実家」
「では、この足跡がクラウドのものだな?」
「恐らく……」
ルーファウスは足跡が乱れて続く、魔晄炉への出口に向かった。
「我々も向かうぞ」
「はい……」
少し遅れて到着したタークスの一団に街の指揮を任せ、ルーファウスとエレノアは魔晄炉へ道を辿る。
驚いたことに、魔晄炉へ向かう一直線であるのだろう山間の橋が落とされていた。だが、足跡はその橋に向かって伸びているのである。
「……どうやって向こう側に渡ったのだろうな?」
目をすがめ、落ちた橋を見るルーファウス。
エレノアは首を捻り。
「……飛んだ……としか思えませんね?」
「どうやって?」
「それが判るなら、苦労はしません。ですが、橋を渡れた可能性だけは低いと思います」
「それは何故だ?」
「宿の残骸から、報告書が発見されました。それによると、最初の魔晄炉調査の時点で橋が落ちたのだとあります」
「では、この足跡が最初の魔晄炉調査の時のものだという可能性はないか?」
「……判断できかねます。ですが、この辺りは突風が激しく吹きます。最初の魔晄炉調査からは一週間以上の日数が経ています。風が足跡を少しずつ消していく中で、それ程長く、足跡が残っているでしょうか?」
「……」
残るわけがない。
こうして事件発生の一報から、二日足らずでやってきた時点で、既に足跡は消えかけているのだ。
「飛んだ――か……」
有り得ない判断から思い起こされる可能性の欠片が、ルーファウスの脳裏に甦る。
殆ど封印と化した資料の中から発掘した、ジェノバプロジェクトとセフィロス。そして現存するソルジャーの生体組成についての資料だ。
クラウドの体検査を依頼した医者から届いた「人間にはありえない組成」のクラウド。
しかしそのクラウドの生体組成は、ジェノバプロジェクトで使われたもの、そして、セフィロスのものと酷似していた。
更に、ソルジャーとセフィロス。そしてクラウドの相違点。
資料を比較し導き出された結論から言うなら、クラウドとセフィロスは同じもので出来ていて、彼らとソルジャーは異なるものであるのだ。
そして、クラウドとセフィロスは、ジェノバプロジェクトで使われた「異質なるもの」と同じであった。
今は科学部門が管理しているという、ジェノバという「異質なるもの」は、かつてそれが持つ細胞が人体を凌駕するものであることから、数々の人体実験によって実験体の人間に移植されてきた。
そしてその細胞を得たものは、魔晄を浴びたソルジャーよりも高い戦闘能力を示した。
当時から、通常の人間を超えた頑強さを求めていたプレジデント神羅は、その実験に多くの資金をつぎ込み、己自身も人間を超えた人間になりたいと望んでいたようだ。
人間を超える人間は、金を生む。
だが、最初は成功しているかに見えた実験も、時を経るごとにその欠点を晒し始めた。
ジェノバ細胞には、目には見えない大きな欠点があったのだ。
いや、ジェノバ自体にとっては、欠点ではない。人間に移植された後に欠点となるもの。
――回帰と支配。
ジェノバの細胞を埋め込まれた人間は、その埋め込み作業が成功したとしても、ジェノバ本体への回帰を願い、ジェノバに支配される。
己の意思を持たず、ジェノバに支配されたものは、いかに頑強な肉体を持っていても利用価値は見出せない。
捨て駒の兵士にするならまだしも、支配されるべきはジェノバではなく、神羅でならなくてはならないのだ。
故に、ジェノバプロジェクトは失敗と共に幕を閉じた。
後に実験体は全て破棄された――はずだったのだが……。
資料からすると、セフィロスはその実験体の残形であるらしい。
そして、何故か、クラウドも。
だが、クラウドと神羅の間には、自身がソルジャーとなる為に神羅を訪れる以前に関わりはなかったはずである。
ならばどこで?
ルーファウスはエレノアの指し示した、魔晄炉への遠回りの道をたどり始める。
こちらには、新たに一人分のソルジャーの足跡が見つかり、エレノアが判断するに、それはザックスというソルジャーのものではないか、とのことだった。
かつて、ニブルヘイムの神羅屋敷では、ミッドガルでは行えない非合法な実験がなされていた――との記述があった。
ルーファウスですらが、まだ幼いとさえ言える頃のことである。
そこで、数人のソルジャーと数人のタークスが、行方不明になった――と報告書に記されていた。
何があったのか、それは予想でしかない。が……。
その神羅屋敷で、クラウドは偶然にも実験体にされたのではないか?
幼い体に、ジェノバの細胞が埋め込まれ、クラウドは知らず「人間では有り得ないもの」となった。
人間では有り得ない――。
だがそれでは、神羅の医療チームの行動が理解出来ない。
彼らは一度ならずもクラウドを診察している。一度は入院までしているのだ。
だが彼らの誰も、クラウドが普通の人間では有り得ない組成の持ち主だとは言わなかった。
「言えなかったのか?」
神羅の医療チームは、科学部門下にある。
ジェノバプロジェクトは、いわば科学部門が総力を上げて行っていた実験だ。勿論、医療チームも関わっていた。
全て破棄したはずの実験体が、時を経て目の前に現れた時の驚愕はいかほどだっただろうか?
勿論、全ての社員が当時のまま勤めているわけでないから、一部の社員の間では、クラウドの体はさぞや不気味なものに映っただろう。
しかし、クラウドの体調検査に対しての返答は、異常なし――だった。
いや、本当に異常はなかったのかもしれない。
そう、クラウドを人間として検査したから、エレノアの知り合いだという医師は「人間には有り得ない組成」という回答を送ってきた。
だが、神羅の医療チームで、もともとジェノバプロジェクトに関わっていた人間から見たら、クラウドは「人間には有り得ない組成」ではあっても「ジェノバプロジェクト実験体としては、何も問題ない」ということになるのかもしれない。
「あそこです」
見えてきた魔晄炉入り口を指差して、エレノアは表情を厳しく変えた。
ルーファウスも、遠く見える魔晄炉を凝視する。
「あれが、ニブルヘイム魔晄炉」
質素な作りだが、内部は当時の技術では最高水準のものが使われた。
この魔晄炉で、異常が発見されたことから、この事件は始まる。
一歩踏み入った魔晄炉の内部は、こもる血の匂いが変化し、吐き気がするほどの悪臭を放っていた。
思わず口を塞いだルーファウスに、平然とエレノアはその先を示す。
「あそこに一人――少女が。そして魔晄炉奥へ向かう扉の前に一人――兵士が。カプセルの上に、ソルジャーが一人倒れていたそうです」
「彼らはどこに?」
「少女は重態で直ぐに病院へ。ソルジャーと兵士は、死亡していたそうです」
「……クラウドは?」
「遺体を回収した医療チームの話によると、ソルジャーはザックス。兵士はクラウドと共に任務を受けたピピンという青年兵だそうです」
「そうか……」
では、クラウドはどこに?
ルーファウスは幾つもカプセルが並ぶ、その中を見た。
「成る程……こういうことが行われていたわけか……」
エレノアもそれを習い、眉を寄せる。
「最低ですね」
「……そうだな……」
そのままルーファウスは奥の小部屋に向かい、そこに、ジェノバとプレートのかかった、人形の残骸を見つける。
ここに、ジェノバがいた。
それを、セフィロスは知っただろう。そして、クラウドも……。
「魔晄炉の稼動を止め、カプセルの中身を抹殺しろ。全カプセルを新たなものと交換した後、再度魔晄炉を起動する」
「了解……」
魔晄炉の隅々を探しても、クラウドの姿はない。
その痕跡すら、残されてはいない。
「クラウド……どこに、いる?」
切なく響くルーファウスの声に、答える者は、誰も、いない――。